BL世界にモブ少女として転生した私は、スキル【空気に溶けこむ】で、たくましく暮らそうと思います! 

うなぎ358

第1話、トイレそれは異世界への扉、


 今日は朝から仕事先でトラブルに見舞われたせいで残業が終わる頃には、日付が変わってしまっていた。


 社内の電灯を切ってから薄暗い中、手探りでロッカーに行き手早くコートを羽織りマフラーを巻いて手袋をつけ帰り支度を整えると、ハンドバッグを手に持って会社の総合玄関を出る。


 ふわふわと雪が舞い踊る空を見上げる。


「うぅ〜……寒いはずだよー」


 ふぅ、と溜息を漏らして歩き出しす。深夜と言う事もあって人通りは少ない。


 降り積もった雪で足元が不安定で、気を抜くと転んでしまいそうだ。その上、吐く息も白く、気温が氷点下にまで下がってると分かる。完全防寒していても体がブルリと震えてしまう。


「こんなに雪が降るなんてニュースで言って無かったよね?」


 街灯が雪に反射してるおかげで、夜道がぼんやり明るく感じるのだけは嬉しい。積もり続けるサクサクの雪を踏みつけながら、少し小走りで駅に向かう。当然、終電は行ってしまった後なので、駅前ロータリーで客待ちをしているタクシーに乗り込んだ。愛想の無い運転手に、自宅の場所を告げると直ぐに走り出した。車内は暖房が効いて暖かい。コートを脱いで膝にかけると、ホゥと息を吐く。窓の外は、木々に色とりどりの光が灯り流れ瞬いて幻想的だ。


「世間はクリスマスかぁ」 


 イルミネーションを堪能しながら、三十分ほどで家の前に着いた。


 自宅の玄関を入ると、ようやくリラックスできる。真っ先にリビングに向かい室内灯とテレビ、そして寒い日に欠かせないストーブと炬燵つけて、コートとマフラーはキッチンの椅子に引っかけ、ハンドバッグはその辺に放り投げた。それからいつものように冷蔵庫からビールを出して、プシュと音を立てて開ける。


「ふぅ……。やっぱりこの一杯はやめられない!」


 一気に半分くらい飲んでから、ビールを手に持ったままリビングの中央に置かれた炬燵に入って、パソコンを起動させメールを開く。


 ポン!


 軽い着信音と共にメールが届く。


『夕陽真穂路ユウヒマホロ様。異世界に迷いこんでみませんか? Yes、No』


「なによコレ? 新手の詐欺?」


 たった一行だけのメッセージ。差出人の名前も件名も無いけど、自分の名前を知られてるのは気持ちのいいものじゃない。ただの迷惑メールだろう。と思い削除する。


 ポンッ!


 しかし削除して、すぐにメールが届く。


『夕陽真穂路様。異世界に迷いこんでみませんか? Yes、No』


 内容は先ほど消したメールと同じモノだ。


 その後、何度も同じ内容のメールが届いては削除を繰り返した。しかし送信相手に、へこたれる様子は全くない。


 ポンッ!


『夕陽真穂路様。異世界に迷いこんでみませんか? Yes、No』


「……もしかして答えるまで送り続けるつもりなの?」


 まぁ、どうせ悪戯に決まってる。なので、どちらを選んでも問題は無いはずよね。


『Yes』


 カーソルを合わせクリックしてみた。


 カチッと音を立てただけで案の定、特別な事は何も起こらなかった。


「……やっぱりただの悪戯ね! それにしても今日は寒いわね」


 面白い事が起きるのを期待しなかったと言えば嘘になる。けど現実的に考えれば、何も起きないのは分かりきっている。


 炬燵に潜り込ませた体をモゾモゾ動かす。


 寒いとトイレに行きたくなるものだ。炬燵から出るのは躊躇われるが、我慢もできない。仕方なく立ち上がりトイレに向かった。


 用をたし便座から立ち上がり、水を流すレバーをひいた瞬間、目の前にパソコンの画面のような青い半透明のディスプレイが現れた。


 ポン! と軽い着信音と、ゴボボォ〜と排水される音と共に、


『夕陽真穂路様。お待たせしました。ただいまから異世界へご案内いたします』


 大きな赤い文字が写し出され……。


 次の瞬間。


 世界が反転した。さながら皿の上に乗せられ、そのまま皿をひっくり返されたような感覚だ。


「うわぁぁぁ〜……!!」


 そのまま頭から真っ逆さまにトイレの便器の中へと、もの凄い勢いで吸い込まれるようにして落ちていく。あまりの急降下に、目も開けていられなくなってギュッと目を閉じる。墜落感はジェットコースターよりも、バンジージャンプに近いかもしれない。


「なんで今!? しかも便器に吸い込まれるって、一体どんな嫌がらせなのよー!」


 真っ暗闇に、私の叫びがむなしく響き消えていく……。



 ◇



 ドシンッ! 


 リアルな衝撃に思わず「うぅ」と、うめいてしまった。


「イタタ……」


 かなり激しく尻餅をついてしまったようだ。尻をさすりながら、ゆっくり立ち上がり目を開けると、いきなり修羅場が展開されていた。


 畳敷きの部屋の中、四隅に配置された蝋燭の揺れる仄かな炎に反射して、鈍くギラギラ輝く小刀を手に持った男女が、目の前に座る小さな男の子に向かって切っ先を向ける。


「貴方を嫌いだからじゃ無いの。お家の為、そして世界の為なのです」

「そうだぞ。アキハナ、コレは名誉な事なんだ」

「はい。母上、父上、アキハナは分かっております」


 男女の低く響く声は静かだけど逃げる事は許さない、そんな強い意志を感じさせる。男の子の方は姿勢を正して正座をして、声変わり前の澄んだ声で答えてから目を瞑った。


「さみしい思いはさせない。我々もすぐに後から逝くからな」

「はい」


 もしかして、一家心中と言うヤツなのか? 


 と、思ったが私は見てしまった。小刃が振り下ろされる直前、男の子の体が微かに震え閉じた目尻から雫が滑り落ちるのを。


「逃げるよ!」


 悩むより考えるより、体が先に動き出した。男の子の手を握って立たせると走りだす。


「おい! 誰だ!! 待て!!」 

「待ちなさい!」


 男女が焦ったような金切り声で叫びながら、私たちのすぐ後ろをドタバタと追いかけてくる。


「なんで! なんで助けたんですか?」


 男の子が私に問いかけてきた。走るスピードは緩めない。


「助けた意味なんて決まってるわ! あんた、本当は死にたくないんでしょ?」


 今度は私が問う。すると握った手に力がこもり「……死にたくない」と、か細い答えが返ってきた。


「よし! じゃ、手を離さないで!」

「……分かりました」


 広い広すぎる屋敷を、襖を足でバスンッ! と大きな音を立てて蹴倒しながら一直線に外を目指す。


「あの先を曲がると外です」

「了解」


 言われた通り曲がると、外への玄関が見えた。その玄関の引き戸も足で蹴倒す。


 ガシャーン!!


 玄関の引き戸のガラスが、激しい音を立て割れ飛び散る。


「ヤバッ」


 人が集まってきてしまうのでは? と、思わず振り返る。けれど屋敷には男女と男の子以外の、人の気配を全く感じない。  


「行くよ」

「はい」


 外へ飛び出すと、闇のように真っ暗で雨まで降って、おまけに雷まで鳴っている。けどそんな事を気にする余裕は無い。二人で裸足のまま雨でぬかるんだ道を泥を跳ね上げながら、手を繋ぎ振り返ることなく駆け抜けていく。

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2024年11月30日 00:08

BL世界にモブ少女として転生した私は、スキル【空気に溶けこむ】で、たくましく暮らそうと思います!  うなぎ358 @taltupuriunagitilyann

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