仄かな快楽
憑弥山イタク
仄かな快楽
唇は濡れ過ぎたが、宮へ続く喉はあまりにも狭い。何せ私の喉は未開拓。行く手を阻む肉の膜さえ残っていたが、たった今、そんな膜も大きく広げられた。
中指よりも長く、親指よりも太い獣が、私の宮へ向かってグイグイと突き進む。私の狭い喉に締め付けられてか、獣は脈打つように悶える。それでも獣は動きを止めず、それどころか、締め付ける私に抗うように前後へ動き続ける。
唇が痙攣しているのが分かる。ぴちゃぴちゃと水遊びをするかの如く、唇は唾を垂らし、獣の身までを濡らす。
私の体が、痛みを感じる。皮膚を破られるような強烈な痛みが、身体中を駆け巡る。いくら唇を濡らしても、異物が侵入してくれば、熱いし、痛い。
快楽を凌駕する痛みに、私の目から涙が零れ落ちる。私の顔は赤くなっているのか、それとも苦痛で白くなっているのか。私には分からない。けれども私の顔を見つめる彼の顔は、少しだけ幸せそうだった。
けれども彼は、私の反応に満足していないらしい。故か、彼は私の首に触れ、両手で触れて、挙句は締め付け始めた。
痛みに悶える私を殺すつもりなのか。いや、それとも、首を締める手を首輪に見立て、隷属同然に私を独占したいという表れなのか。いずれにせよ、締め付ける手は決して優しくはなく、彼の表情にも、僅かながら嗜虐の色が混ざっていた。
首を絞められれば、呼吸が苦しくなり、血も回りにくくなる。このままずっと、こうしていれば、きっと私は失神するのだろう。最悪、このまま彼に殺されてしまうのかもしれない。
それでも私は、彼の手を拒めなかった。
今までになく嬉しげで、今までになく艶かしい彼の微笑みが、酷く魅力的で、涙に歪む視界だろうと彼から目が離せなかった。
いつの間にか、唇から垂れる唾の量は増え、獣の首元とぶつかる度に卑猥な水音を鳴らす。痛いはずなのに、苦しいはずなのに、私の体は、何故だかこの状況に悦んでいるらしい。
首を絞められた弊害か、自然と私の口は開き、僅かな吐息と共に舌が顔を出す。下品な犬のように舌を曝け出す私を見て、彼はさらに満足気に口角を上げる。
油断をすれば白目を剥きそうになる。今にも意識を失いそうである。なのに私は、気付いてしまった。頭の奥底、いや、腹の奥底にある私の本能が、確かに快楽を感じている。
彼に首を絞められる現状に、彼が私を見て嗤う現状に、彼の鼠径部が私の股に当たる現状に、私は、確かな悦びを抱いている。
痛いし苦しい。それは変わらないのだが、その痛みも苦しみも、彼に愛されている証拠であると、私の本能が理解してしまったのだ。
殺されそうな恐怖よりも、苦痛の中で仄かに香る快楽に、私の脳は犯されてしまったらしい。
快楽とは、麻薬に等しい。
知恵を身につけたアダムとイヴも、こんな快楽を知ったのだと思えば、楽園を追放されても仕方がないのだろう。
何せこんなにも痛く苦しいのに、1秒毎に終わりへ近付くこの時間の方が、余程の苦痛に思えてくるのだから。
痛みに紛れる仄かな快楽が、私の顔を下品にさせる。
苦しみに紛れる仄かな快楽が、私の心を堕落させる。
どうやら私は、もう昨日までの私に戻れないらしい。
仄かな快楽に、私の脳も、膜を破られた唇も、下腹部の宮も、何もかもを犯された。
きっと私は、白く穢された後にも、あの仄かな快楽を求めて、また苦痛を味わうのだろう。
人は私をマゾだ変態だと云うだろうか。
構わない。快楽を伴う痛みを、心から求めてしまうのがマゾの本質ならば、私は既に、マゾなのだから。
仄かな快楽 憑弥山イタク @Itaku_Tsukimiyama
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます