【大公神官、生意気なメスガキを分からせる旅に出る】ヒーラーを見下す奴らは徹底的に躾ける必要があるようです

はるのはるか

第1話 女神の御告げ

「はぁぁ〜……」


 もしも神が人間とはかけ離れた存在なのだとしたら、それはただ種族が異なるという違いしかないと俺は思う。


 あの目その目で神の姿を見たことがないから、より一層神が高貴な存在だと認識してしまうのだろう。


「はぁぁぁ〜〜〜〜っ」


 二度目のため息は長く明らかにわざとだ。


「ため息を吐いたところで俺には分かりません。何か言いたいことがあるのなら言葉で伝えろと親に言われなかったのですか」


「……私に親なんかいないもん。神は突然にして生誕した瞬間から神なんだよ。両親に恵まれて育った人の子とは違ってずーっと独りなんだから」


 まるで不貞腐れた子どものようにねちねちと小言を吐いていく。


 これが女神なのだから、本当に人と神にそれほどの違いはない。


「最近、いやーな女が増えたと思うの」


「いやーな女……?」


「そう、いやーーな女!剣士だとか魔法使いだとか、自分を偉いと思い込んでる女がヒーラーの子たちを虐めてるのをよく見るの。これって重大な問題だと思わない?」


 先ほどのため息はそのことについて悩んでいたということか。


 ……いや、それはただ構って欲しいだけの合図か。


「そうですね。聖職者とまではいかないにしても、ヒーラーは私の部下でもありますので、無視するというわけにもいきません」


「でしょでしょ。で、この問題をアランに任せたいんだよ!」


「それは構いませんが、他に任せられる人がいるんですか?俺以外の聖職者とまともに話すこともできないですよね?」


 神と対話することのできる者自体、この世界で限られた数しかいないが、それでも他に数人はいる。


 ……が、彼らは一度もこの女神と対話をできていない。


 神からの御告げを聞くことができるが言葉を交わすことはできていない。


 それは、この女神が拒否しているからに他ならない。


 神のくせして人見知りなのだ。


「べっ、べべべ別に私には沢山の信者がいるし、なんならちょっとやばい宗教団体だって私のことを崇拝してるんだからっ」


「信者の数の話はしていません。話せませんよね、誰とも」


「ううっ………だって、みんな私に対して堅苦しいんだもん。私のことをお偉い神かなんかと勘違いしてるし、どう話せばいいか分かんないよ。でも、アランは私に対しても普通に接してくれるから、その……気が楽っていうか」


 そりゃあ誰だって神と対話するとなれば堅苦しくもなる。


 貧弱に見えるがこれでもこの世界の創造神たる最高神なのだ。


 紛うことなき最も偉い神である。


「──それは、まぁ俺はあなたを崇拝しているわけではないですから」


「えっそうなの!!?」


 神ならざる驚愕の表情を見せた女神。


「はい。崇拝していなければ信仰もしていません」


「なっ………じゃあなんで神官なんてやってるの」


「神から選ばれたからでしょう。まさに女神であるあなたから」


 俺の返答に対し、怪訝な表情を浮かべている。


「どちらかというと、敬愛しています。あなたは俺にとって敬愛の対象、とでも言うのでしょうか」


「敬愛……えっ、それって私のことを愛してるという意味?」


「そうですね、俺はあなたを愛してますね」


 真正面から女神の顔を見てそう伝えると、女神の顔は途端に赤く染まり上がった。


「〜〜〜〜っ///わっ、私も……その、……愛しています。………きゃっ、言っちゃった!」


 何やら一人で騒いでいるが、俺は会話の序盤の内容へと引き戻す。


「それで、俺は虐められているヒーラーを助けに行けばいいんですね」


「ん〜〜、助けるっていうか、虐めてる方を叩き潰しちゃおうよ」


 手にグローブを発現させてシュッシュっと空を殴っている。


 創造神たる女神が人を叩き潰すと言っている。


【この世界に生まれた人間を、創造神は平等に扱っている】これを真っ向から否定している状況に、俺は今まさに立ち会っている。


「まっ、やり方は全部アランに任せるよ。この世界に散らばっている数多の生意気なメスガキを躾けちゃって☆!」


 親指をグッと突き出しながらどこからかピカンッという効果音が聞こえた。


「……分かりました。そうなるとしばらくここの教会からは離れることになるので、対話はできません。しばしお別れです」


「うん。これはアランに与えられたやるべき事だから、頑張ってね」


 手を振っているその姿は、まるで見送りする母親のように落ち着いている。


「……毎日のように俺に話しかけてきている神が数日、数十日間と耐えられるはずがないと思いますが」


「べ、別に……っ」


 だんだんと堪えていた涙が溢れてきたのか、いつの間にか滝の如く涙が零れ落ちている。


「別に寂しくなんかないもぉぉん……っ、これまでずっと独りだったし、別に何も変わらないから……っ。うわぁぁぁやっぱ寂しいよぉぉぉ〜!!!」


 初めは自分で耐えていたくせに、それもできなくなったのか号泣した顔で抱きついてきた。


 涙と鼻水でグチャグチャだ。


 神は気まぐれと言うが、些か情緒不安定である。


「教会は他にも幾つか点在しています。早くても数日後にはまた話すことができるかと思います」


 何もここでしか話せないというわけではない。


「ぐすっ……約束だよ。絶対教会に寄ってね、無視とかやめてね……」


「さすがに女神を相手に無視はしません」


「忘れないでね……」


「はい、忘れません」


 ゆっくりと神域とのリンクが切り離されていき、そうして目の前は教会の中へと戻っていった。


 身体には女神に抱きつかれた時の感触がまだ少し残っている。


 何故だかしんみりとした雰囲気での別れ方をした。


 我が敬愛する女神に抱きつかれたことに幸福を感じながらも決して表にその感情は出さない。


 初めて口にして愛していると伝えたが、それを女神がどう思っているのかは分からない。


「……支度するか」


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