浮浪少女、森ノ中

高所から落ちたせいで足は動かない。


奥の方向からは何かが忍び寄る音が聴こえる。


徐々に大きくなる足踏みをする音。


私の呼吸も徐々に荒くなっていった。


普段神を信じない私だが、ここばかりは神に祈りを捧げた。


「どうか神様、こんな私をお救いください。学校を抜け出した私に許しを与えてください。」


両手を力一杯に合わせ、目を瞑り、心の中でただひたすらにそう祈った。


何度も何度も祈った。


瞑っていた目を開けた。


私の1m程先に腰の曲がった老婆が立っていた。


しかしその老婆はなにやら温かい目でこちらを見た。


そして口角が少し上がったのを見た私は今までの緊張がほぐれるかのように大きいため息をついた。


しかし、神は存在したのだ。


身勝手に浮浪の旅に出た少女を神は見向きもしなかった。


ほんの少しだが、老婆の背後に金属製の光沢があった。


一瞬にして緊張のほぐれた身体は凍りついた。


「動物は死を覚悟すると動けなくなる」と本に書いてあったのを思い出した。


死にたくない。まだ死にたくない。


なぜだか虫や動物の気持ちが少しわかったように感じた。


一瞬にして人間に殺される生き物の気持ちである。


私の目には少々涙があった。


老婆は隠し持っていた金属製の何かを背後からスッと取り出した。


全長おおよそ20cm程の出刃包丁だった。


しかもそれだけではない。


辺は暗かったためそれこそはっきりは見てなかったものの、先端から根元にかけてなにやら黒ずんだ、まるで血跡があったように見えた。


それを大きく振りかぶった老婆。


包丁の刃は横たわる私に向かって鋭く尖っていた。


そしてその刃は私に向かってものすごい速さで近づいてきた。


ここで一生の終わりか。


そう悟りかけたその時ふと我に帰った。


万事休す、身体を横に回転させ包丁を避けることに成功した。


老婆の顔は眉間にシワがより、鬼のような形相で私を凝視した。


なんとしても逃げなければ死ぬ。


そう考えた私は唯一動く腕を使って地面を掻いて逃げた。


しかしそのスピードは亀同然だった。


老婆はみるみる私に近づいてきた。


このままでは追いつかれて確実に、、、


私は動かないはずの足を両手でしっかり押さえながら立つことができた。


転んでは立って、転んでは立ってを何度も繰り返した。


生まれたての子鹿の様な無様な格好だったがそれどころではなかった。


私は死ぬ物狂いで道路から大きく外れた山の中へと逃げていった。


300mほど走ったところで振り返ると包丁を持った老婆の姿はなかった。


これまでにない達成感と安心感を同時に感じた。




「ゴツッッッッ」




目が覚めるとなにやら狭い箱のようなものに仰向けになって閉じ込められていた。


私の肩と箱の側面の隙間は5cm程しかない。


そのため身動きも取れない。


確かにあの老婆からは逃げ切った。


森の中には誰もいなかったはず。


何故ここに私は閉じ込めかれてるのかさっぱりわからなかった。


しかし、この箱に唯一の希望があった。


なにやらこの箱には蓋のようなものがあり、それと箱本体との間にほんの少しの"隙間"があった。

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