ツバキの話・薮椿の首が落つる頃

 庭を眺めていると、桜の花から覗く、二つの椿の花が目に入る。血のようにどこまでも赤い椿と、清潔な布よりも純白な椿。いずれも根本から取れて、地に沈む。

 俺は、自分の首元が気になる。痛みもかゆみもないが、風にあたる度にむき出しの首が取れそうで、気がついたら俺の目線は地面に近くなる時が来るような感覚。

 あの斬られた野郎共の夜を思い出しちまう。ちょうど、椿の花のように。


「入れ。今日からお前はここに住むことになる」


 豚箱のような日々。陽は見えるが、外の風を通さない。俺の知る流れる水は、これが綺麗なものだと思っていた。

 物心がつき始めた頃、俺は伊吹組と呼ばれる大人たちの屋敷にいた。親の顔を覚えている俺には、何も知らない、ただその世界全てだと。そこにいるのは俺を優しく迎えてくれる大人だと。でもそれが歓迎の笑みではないことを知った。


 日々の集会。男たちの威圧感に慣れない俺に、それを気に入らない者は俺を躾けた。泣く暇など、与えられることなく。立ち止まって仕舞えば、命はねぇ。

 他のシマのカチコミ、そして借金の取り立て。暗殺。失敗したものは、小指を詰められるか、首を晒されるか否か。それらを直に見た俺は、もう慣れた頃には、涙が枯れてしまった。

 俺の憧れた大人の世界は意図も容易く崩れた。


「クソッ、クソが……ッ!!」


 ◆


「あ、おじいちゃん! 来て! 目を覚ましたよ!」


「ここは……?」


「お主、名前は?」


「……矢部、椿です」


 解放されたと思った今でも、首への恐怖を拭えずにいる。しかし、外界を知らない俺でも感じ取れるような居心地の良さ。


 手に、目に、口に、それらに何かが張り付いている。温かい物に触れる度、目の奥が燃える。


「……」


 それは興奮。首を斬られることを恐れた俺の中で芽生えた、孤独を埋め尽くす欲望。嬉しさとは裏腹に、他者ほ首を斬るのを想像するだけで快楽が湧き出てくる。その快楽は怯えだと分かった途端、己の弱さに虚しくなった。俺は知っている。虚無から生まれる欲望は傲慢だと。どう振る舞っても、あの野郎共の二の舞になる事に変わりはないんだ。

 だからこそ、そうなる前に、⬛︎⬛︎を罰することを決心した。


 "俺は災厄、災厄は俺"


 この教訓は、俺だけのもの。誰に教えることではない。これはただの、己を制する束縛。必要悪とされる呪怨は、世から手を引いて孤独に滅ぶべきなのだ。


「ツバキおじちゃん! トマトいっぱいだね!」


「今年は豊作だ。お前らの大好きなトマト料理、たくさんできるぞ!」


「やったー!」


 なぜなら、俺はいつか己の首を落とすために存在する、赤黒い"ツバキ"なのだから。

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