軌跡のアウトライン(仮称)

レイ

第1話 "信者(ぼく・わたし)は救われたの?"

「死ぬ気でやれ。死ぬ以外はかすり傷」

「嫌なことは今のうちにやっていれば楽になる」

「我慢していればいいことがある」

 そういう当時の"名言"を、信じていた。でも心と体は、突然矛盾を犯す。世間を知らない人間は、その原因を知るわけがない。間違いにも気づけない。


 大人は人生を長く生きているのだから、子供より色んなことを知っているのだ。でも、それが本当に正しいことなのかは別。とある言葉を思い出す。


「時に正しさは人を殺す」


 この世には"無知は罪"という言葉がある。それが、己のことだとするなら、なんという大罪人だろうか。


「死ぬことより、生きる方が怖い」


 無知な僕は、その言葉の意味を、早く身をもって知るべきだったのだ。


 "弱きを悪とする"、"正しい"大人たちさえいなければ。


 熱射が過ぎ去ったとはいえ、わずかに温もりが混じる、少し冷えた風が吹く季節。人で賑わう機械によって動かされる町・ノドンス。建物の合間から湧き出る蒸気は日常的に見るし、錆びた歯車はぎこちない噛み合わせで音を鳴らして、時々燃料の匂いが香ばしいと思うことがある。


「やれー!! てめぇに五十万賭けてんだぞ!!」


「マジで負けたらクソだぞお前!!」


 そして、ここの男達は血気盛んで、たまに町中でチャンバラ大会を開いている。それが今日、決勝試合。町は二つの木製の剣の掠れる音が反響する。カンカンと耳に心地良い音も響けば、ガツンと折れる音が刺さることもある。体格差のある大人と青年が剣を交えているのだ。そして、青年は相手のその大きな身体の僅かな隙を突くように剣で押し出し、大人は足を崩しながら場外へと弾き出される。


「勝負あり!」


 審判の判断の元、野太い歓声が響き渡る。その反面、呆れて捨てるように何枚かの紙を投げては観客席から去る人間も。青年は自身の汗を強引に拭き取ってはリングから素早く降りた。


「ソレル! これで何連勝だ!?」


「覚えてねぇ」


「打ち上げいこーぜ!」


「帰れ。俺は寝る」


 そう吐き捨てて、ソレルという名の青年は、その黄色い歓声の場から離れた。錆びてボロボロな橋を渡っても、川の水は相変わらず濁っている。


「いつになったら"掃除"してくれるんかね」


 ソレルはぶつくさと呟いて、橋を渡る。恐らく、皆同じ愚痴を吐いて、誰一人触れたがらないのだ。

 裏路地に近くなると燃料と金属と、生ごみの腐敗した臭いが青色の錆びた大きな箱から漂う。使えなくなった貴金属と、ここ数週間放置されてる痩せ細ったりんごや萎れたキャベツ、その他の生ゴミが殴り込まれている。ネズミやカラスが漁るので、一方の面では"目に見える"ゴミの消化に役立っているらしい。

 突然、ソレルは自分の足を止め、振り返る。


「……おい、何をしてる」


 ソレルの声は、こちらに向けられている。慌てて僕は裏路地の入り口から姿をソレルに見せた。腐敗臭からの解放感と、勘づかれた気まずさが複雑に入り乱れる。


「あ、そ、ソレル……」


「……なんだ、ミントか」


 物陰から見ていた僕の名前を、ソレルに呼ばれた。


「あの、えっと……。まだ、あんなことしてんの……?」


「あのなぁ、喧嘩が苦手なの分かるけど、それを一々人にとやかく言うのは御法度だぜ? ここはそう言う町だろ」


 確かに、僕の町は真面目に働くものがいる反面、博打などで盛り上がる人から外れた者も多くいる。それでほとんど住んでるのが荒くれ者か、まともでそこそこ強い人間だが、弱々しいのは僕だけ。大人しくしていると言えば、ほとんど外に出ずに部屋に引きこもっている。でも、ソレルは競技場に出ては賭け事にされて、正直それを知ってからいても立ってもいられなくなったのだ。


「だって、あんなの賭博じゃん……。札束投げてる人だって……」


「俺は俺なりの楽しさがあるんだよ。金なんか気にしないし、殴り合えばいいんだ」


「だからそういうのが……!」


「わーったよ、いつものだろ?」


 僕は思わず驚いた顔をして見せた。どっちかというと期待通りに進んだから。その"いつもの"というのは僕が描いてる妄想のワンマンショーだ。と言っても、観客は半ば強制参加のソレルのみ。思わず僕は口角を上げ、ソレルは僕を見て、呆れるようにフッと笑う。


「また新しい話か?」


 そう言ってソレルは悪戯に僕の頭を大袈裟に撫でまわし、僕の帽子がズレる。


「うん……。思い付いて、話したくなっちゃったから、いてもたってもいられなくてさ……。あ、それで昨日思い付いたのが、宇宙開拓を進めるヒーローがねーー」


「あーあーその前に! 水浴びしてくるから、その後でな」


「あ……、ごめん。なんか、いつも僕ばっかりで……」


「ただの暇つぶしさ。伊達にお前の近所のお兄ちゃんやってねぇぞ? 俺の懐の深さ舐めんなよ!? そっちから頼んどいて謙遜は烏滸がましいぜ」


「そ、そうだよね!」


「それに、だんだんお前の話が少しずつ面白くなっていくの好きだから。この前のやつだって続き気になってたし」


「ホント!?」


 思わず声を上げてしまい、己の口を塞ぐ。いつもの気分がハイになる癖が出てしまった。すると、どこかからこちらを笑う声が聞こえた途端、僕の足がすくむ。その時、僕の聴覚が急に弱くなる。僕の耳をソレルが何も言わずに塞いでくれていることに気がついた。そのまま、足を動かすと、ソレルはある方向に瞳を向けて睨みつけると、足音が急に遠くなる。


 ーー情けない。誰かの声が頭の中で聞こえる。耳栓が開放されると、代わりに耳元でソレルに囁かれる。


「……公園で、続き聞かせてくれ。面白いの期待してるぞ」


 僕から離れたソレルは微笑みながら言った。


「スケッチブック、忘れるなよ! お前に限って、そりゃありえねぇけどな!」


「う、うん! 待ってるよ! あ、でも急がなくてもいいから!」


「おーう! 待ってろよー! ミント先生!」


「先生じゃないってば!」


 そうして、僕から離れ、そこの建物の角にその姿が消えた。


 ◆


 ソレルとは長い付き合いだ。その理由は単純で、僕の描きものに興味を抱いてくれている。それだけのことだ。でも、よく僕の妄想は人に理解されなかったから、誰にも見せられない中、唯一興味を持ってくれたのもソレルなのだ。


「まだかな……。いや遅いな。もう一時間は経ってるけど」


 待ち合わせの山の上の広場の、そこから町が見える芝生に座っていた。今日も僕が一方的に趣味で作った話を、ソレルに見てもらいたかったのだ。それにしても、何回スケッチブックを眺め返しただろうか。もう待ちくたびれすぎて、謎絵まで描き始めてしまった。


 空を飛ぶオムライス爆弾。ハンバーグと衝突事故。

 時計塔を宇宙へ発射。

 虹色のカブを食べて宇宙を感じて涙を流すサイ。その涙は感動ではなく、カブの臭いが強烈ゆえ。

 生命が宿り、手足が生えてきたマンゴスチン。

 宇宙の真理を知りそうだけど、痒いところに手が届かない表情の目線。


 絵を描きながら思うのは、僕が冒険譚をまとめる冒険家になること。様々なシーンを思い浮かべては、現実に引き戻される。


「これ、ソレルに見せるには一生の恥だな……」


 僕には、モノを作る才能はないことは自負しているつもりだが、よく良いものができたと思うと、自身を過大評価してしまう癖がある。それでよくソレルに呆れられるのだが、それでもスケッチしたものを見せたくなる。一時期、積極的に誰彼構わず人に見せていた自分を死に物狂いで止めたい。


「ヤバい……、普通に黒歴史……。いや現在進行形で黒歴史作ってるのかな僕……」


 思い返せば、やることできること少ないくせに偉そうにしていた時期が恥ずかしくなる。それでも、ソレルが僕に構ってくれるのが楽しみだった。他にも聞いてくれる友人はいたけど、自然と仲が合わなくなって消滅した。今にして思えば、期待していた言葉が出て来なくて頭に来てしまったことが何回かあって、そのせいだろう。当然、僕のことを理解してくれる人間はいない。


「あ〜〜……、無理……」


 誰か僕を殺しておくれと願わんばかりに、思い出して発狂してしまうのを全力で抑えている。ソレルは僕の話を、僕の気が済むまで聞いてくれる。きっと、彼は優しいから。優しすぎて、他で発散しているはずだから。


『え、そこで宇宙人に出くわすのか? もっと後だと思ってたぜ』


『ほぉ、割と好きな展開だな。でも、この人物がちと可哀想な気がするな。ちょっと、救いが欲しい……な?』


『いやヤバいだろ爆弾蹴飛ばすって! か弱さのギャップエグいって』


『ヤバい、絶対ないと思ってたけど、この人物箱推ししそうだ……。なあ、もうちっと話凝ってくんね?』


『現実と話は別だ。お前はひたすら自分の話を面白くして俺を笑わせてみろ。腹抱えて笑ってやるからよ』


 僕の話にいろんな意見をくれる。嬉しいところ、僕が気付けなかったこと、何もかも。制作の趣味はないソレルだからこそ納得する意見が聞ける。それが、ソレルの好きなところ。


「……ふふ」


 ソレルの言葉を思い出して、思わず笑みが溢れる。けど、彼は僕の自己満足に付き合わされてるだけ。その付き合いは、幼馴染だからってだけで。その優しさに僕は漬け込んで、介護してもらってるだけ。そうじゃなかったら、彼らと同じように自然消滅する。それでも、僕はソレルに話を聞いてもらって、スケッチブックに鉛筆を走らせて……。分かってる。ソレルが相手にしてくれて、一人でいるよりこんなに楽しくて……。ソレルが大変なら、僕は好きなことをして楽しんでもらうだけ。


「本当に、楽しんでもらえてる?」


 僕はとある考えが思い浮かんで、走らせていた鉛筆が止まる。

 いつか自分の足で外に出られるんだろうか。


 ーーというか、外に出ても良い人間なのだろうか。僕みたいな人間は、外に出ていいんだろうか。


 深いため息をつきながら芝生から立ち上がった瞬間、周囲の空気が揺れた。


「!?」


 肌に熱風が触れ、火傷してしまいそうなほどだった。町のど真ん中から一際大きな煙が立ち上がる。いつも見ている蒸気とは違って、それは真っ黒な煙。それも一箇所だけでなく、二箇所、三箇所、四箇所……。布についたケチャップのシミのように、炎は広がっていく。よく見ると、人ではない何かが密集しながら、町の人たちを追い回している。一軒の住宅と同じくらいの大きなカマキリのような全身黒ずみの化け物が、人間の体を腕の刃で上下真っ二つに切り離していた。まるでだるま落としのように、下半身が立ったまま、上半身が地に転がる。


「うぉぇ……!?」


 その光景がはっきりと見えてしまい、驚きと吐き気が同時に起きた。その瞬間、背後から悲鳴が聞こえた。


「はっ!?」


 その同じものと思われる化け物がすぐ後ろに複数いて、縦長の瞳がギロリと不自然で不気味な動きをしながら威嚇していた。逃げ回る子供は串刺しに、大人も応戦しようとして、そいつに腕と首まで切り落とされる。


「な、あ……!!」


 僕は山から降りる道へ、揺れる町の光景に目をやる余裕もないまま、その足を加速させていた。爆発音と、金属とレンガが壊れる音が風を切る音の間に差し込む。この際なにが起きたかとかどうでもいい。


「ソレル……!!」


 無我夢中で走り、町に出た時には、もうほとんどの建物が半壊していた。あまりの壊滅の速さに全身が恐怖する。僕はソレルがいるであろう、水浴びをする水場へと再び走り出した。


「ソレル、ソレル!」


 水場にソレルはいない。代わりに、住民たちの人だったものが転がっていた。それは水場だけじゃない。役場も船泊場も、何もかも。嫌いな奴の顔もマネキン人形のように転がっていた。


 ーー嫌だ、嫌だ!!

 

 赤色の海の上でも気にせず僕は必死に探す。ソレルがいないというだけで、不安が加速するばかりなのを何とかして脱したい。それなのに僕は嫌な想像ばかり繰り返してしまう。


 ーー有り得ない!! そんなの絶対に……!!


 ど真ん中の広場にたどり着いた時、化け物に囲まれてる中にナックルで殴り返す青年を見つける。それがすぐにソレルだと気づいた。


 ーー良かった、死んでない! 


「ソレル!」


 安堵した僕の声に呼応するように、ソレルは叫ぶ。


「何してるんだ逃げろ!!」


「これはなんなの!? 一体どこから!?」


「こっちが知りてぇよ!」


 狼狽える僕に、魔物は刃を向けるのを見た。ソレルはその間を潜り抜け、僕の目の前へと辿り着かれる。


「ここはもうダメだ、町を出るぞ!」


「で、でも……」


 僕の真横から、魔物から刃を向けられる。その瞬間、魔物の顔面が爆発した。


「っ!?」


 その爆風を前に、手のひらサイズのかぼちゃ頭のぬいぐるみが上から現れ、三角に掘られた両目が僕を見ていた。


「イケ、ココハ危険ダ」


 かぼちゃ頭のぬいぐるみがそういうと、僕に背を向け、火の玉を魔物に放つ。


「えっ、えっ?」


「もたもたするな! こっちだ!!」


 戸惑う僕を遠くから呼んでくるソレルに急かされ、かぼちゃのぬいぐるみに振り返ることなく、ソレルの方へ駆け出した。その近くには銅色の車があった。


「く、車……!?」


 無駄に装填しているガス排出パイプが多く、前方のフロントグリルの厚みがありすぎて、いかにも一般人が乗るものではない。僕は知っている。これは不良が乗る改造車体だ。


「乗れ!!」


 正直躊躇ったが、その背後からさっきの魔物が襲ってきているのがわかり、急いで助席に乗ろうとするが、高さがありすぎて足が攣った。するとソレルに僕の手を引き持ち上げられ、無理やり座らせられた。


「動けよ〜……!!」


 僕は矢継ぎ早に動かせるボタンとレバーを動かしまくるソレルを、不安に見守ることしかできない。


「ソレル!!」


「今行ける!!」


 アクセルを踏むソレルに呼応するように車はエンジンを焚き付けさせ、走り出した。


 ◆


 悪夢だ。その言葉で十分過ぎるほどに、先ほどの出来事が受け入れられなかった。それまでは、皆楽しそうにしていただけだったのに。僕たちは、車に乗っていつの間にか町からかなり離れ、乾いた空気が吹く荒野を走っていた。さっきまでパイプに音がなってたのだが、ソレルが焦りながら押したボタンで、それは止んだ。


「この車って、まさかソレルの?」


「知らねぇ奴」


「これ、誰かに頼んで……」


「るわけねーだろ……! 緊急事態なんだからよ……!!」


「でも、捕まったら……!!」


「命とルール、どっちが大事なんだよ」


「あっ……」


 ソレルの声質で、僕の発言の非常識さが物語っている。人は命の危機を感じると、法律とか信条とかどうでも良くなってしまうという事態に直面しているのだ。ここで謝ることすら非常に思えた。そもそも、僕自身この状況が未だに飲み込めていないのだ。


「どこに、行こうか……」


「別の町だ、助けを借りるんだよ」


「でも、あれは……」


「無理でも試すんだよ。駆除してくれる組織がいるかもだろ」


 僕はただ頷く事しかできなかった。当然僕にできることなんて、たかが知れてる。そんなことに嘆こうとしたら、突然、ボンネットの上に大きなものが落ち、ボディが歪む。


「ァっ!!」


 ソレルは急ブレーキを踏んだが、僕は振り回される反動で、外に投げ出され、地面に打ち付けられる。


「ソレル! 大丈ーー」


 肩を痛めながら顔を上げると、ボンネットに乗っている魔物が目に入る。その魔物の刃には、夕日に反射している赤いものがべっとりとついている。そして、車の前の窓が割れていて、そして赤いものが全面についていたことで、僕は理解してしまった。


「ソレル……ッ!!」


 反射で見えなかった車の中が見えたときには、ソレルだったものは上を向いてあんぐりとしていた。最悪なことに、追いかけてきた魔物は一体だけじゃない、道路のカーブ沿いから顔を出してきたり、己の羽で羽ばたかせて上空から飛んできたりと、僕たちを完全に囲っていた。


「そ、そんな……」


 非現実的な光景が目の前に広がっていく。景色が、虫の大群のように魔物で埋め尽くされていく。


「なんで、こんな目に……!!」


 咄嗟にそんな言葉が僕の口から出てきた。

 "こんな目"? 今回これが初めての光景なのに……、なんのことだ? 

 訳のわからぬ気持ち悪さが込み上がる。しかし、これが何故か自分へ向けられたものだと分かった。そんな僕に、魔物は目をギラつかせる。ジリジリとこちらに距離を詰められる。恐怖のあまり、咄嗟に目を瞑ろうとした。


 ーーザシュッ!


 突然、その魔物の頭に何かが突き刺さる。一瞬にして、その魔物は黒い液体を吹き出して、霧散した。


「……え!?」


 理解が追いつかない僕の背後から軽快なリズムで歩み出たのは、僕と同い年くらいの少女。左手には変わった鋭利な刃物。すると、さっき倒れた魔物から少女のもつ刃と同じものが飛び出て、それが少女の右手に戻ってくる。ガシッと握られた血染めの刃から血が飛び散る。


「待たせたな勇者よ!」


「えっ、何……??」


 一気に押し寄せられた情報量を整理するのは苦手だが、この状況はその意味で僕には地獄から抜け出せていない。

 その少女の言う"勇者"って僕のことだろうか。回らない頭で少女に指で僕自身に差してみると、得意げに頷かれる。


「我こそ神の使い、マリー!! 君は選ばれし勇者! それなりの力が宿ってるはずだ!」


「僕が、力? へ??」


 少女は名乗りながらも、近くの魔物を踊るように首や腕を刎ね飛ばす。そのおかげで、空が見えるまでには魔物の数が減った。


「早くするのじゃ! お前の持つその鉛筆は何のためにある!?」


「鉛筆???」


 少女に僕の上着のポケットに指を差され、その中のものを取り出す。僕が普段使いしている何の変哲もないただの鉛筆。それを武器と呼ぶには程遠いようにも思う。


「これでどうすればいいの!?」


「願いを言え! 君の胸の奥で騒ぐ願いを!」


「願いって言われたって……、そんなのないよ! だって、そんなの僕には……!」


「ご飯が食べたい! お風呂に入りたい! 何でもいい!」


「そんな安っぽいの!?」


「世の中、決まりに従わなくたって、安っぽい願いで何とかなるのさ! もうルールを破って、自由に考えるのだ!!」


 全く意味のわからない言葉を投げかけられる僕は、ただこう叫んだ。


「だったら、逃げたい! 助かるところに、逃げたい!!」














 しかし、何も起こらない。


「ちょっと!? 何も起こらないんだけど!?」


「逃げたいわけじゃないのかもしれないよ! 願いはやりたいことだけじゃない! なりたいものも含むんだよ!」


「なりたいもの……?」


 こんな状況で、冷静にそんなことを考えるなんて異常だ。ソレルがそこにいるのに、敵に囲まれているのに、それなのに、僕は考えることができた。この鉛筆は、僕の想像を描き出す。そして、意味不明なものばかり生み出す。そんな時、僕が思い描く理想。それは。


「僕は、世界を知りたい……、世界を知り尽くす、冒険家になりたい!!」


 すると、握りしめていた鉛筆が発光し始めた。その光の中で、鉛筆は形を変えていく。少し長くなり、先はさらに尖っていく。削りの腹部分が膨らむ。光が弱まると、それは鉛筆ではなく、万年筆へと変化を遂げていた。


「えっ? なにこれ!?」


 それも普通のより一回り大きな万年筆で、持ち手の端には透明な電球が取り付けられている。そもそも持ち手の形状が丸か六角かが定まっていない。


「魔法のステッキが解放された! 存分に戦え!」


「それ魔法少女じゃないの!?」


 とは言ったものの、剣でも杖でもないただ万年筆を握りしめる僕にどうしろと? と文句を言いかけた所、魔物はこちらを待つことなく襲いかかる。


「ま、待って! 来るな、来るなぁ!!」


 僕は咄嗟に万年筆を大振りした。突然、魔物と僕の間に、金属を削ったような火花が飛び散り、魔物はのけ反る。万年筆を見ると、ペン先が淡い光を放って、消えてしまった。


「これって、魔法?」


「油断しちゃダメ!」


 この万年筆が手にあるからなのか、魔物が少しだけ弱そうに見えてきた。でも、少女の言葉が不思議と、緊張感を程よく絞められる。


「これって、どうすればいいの!?」


「思った通りに! そのペンは、どうすれば意味を為すのか!」


「それって、用途ってこと……?」


 その言葉の通り、万年筆で空中に円を描く。筆先には密集してる魔物。それらは、描いた円によって胴体を縛られ、すかさず魔物たちの胴体に重ねるように空中に横線を引いた。魔物はその横線の模る切り傷を喰らって、悶え始める。普段察しの悪いのに、少女の言葉がまるで僕の神経に直接届けているように、理解できる。しかし、斬られただけで、大したダメージは与えられていないようだった。


「た、倒せな……」


「任セロリ!」


 少女はその動けない魔物たちを斬り尽くして、霧散させる。


「まだ行けるか勇者よ!」


「もう無理!」


 怖さに耐えられない勢いで叫んだ。


「十分!」


 想像の通りに図形を描き、魔物が身動きを取れない状況を作り、少女はすかさず切り裂いていく。僕と少女はお互い初対面のはずなのに、恐ろしいほど息が合いトントン拍子で魔物を薙ぎ払っていく。


「まだいるぞ!」


「えっと、えっと……!!」


 僕は次の手を考える。そこで、ソレルを待っていた時に描いた落書きを思い出す。スケッチブックを取り出し、その中の"オムライス爆弾"に万年筆の筆先を当てる。すると、それはぼんやりと消えた。


「!」


 上空から風を切る音が聞こえた。見上げると、無数の黄色い物体が勢いよくこちらに落ちてくる。よく見るとそれは、僕と似た画風の正真正銘のオムライス。それらは魔物に直撃して爆発に巻き込まれて燃え散っていく。

 とはいえ、戦闘経験のない僕の息も絶え絶えになってきた所、視界にいる魔物は全滅したようだった。


「は、はぁ……」


 呼吸を整えると、万年筆はいつの間にか鉛筆の姿に戻っていた。まだ心臓が煩い。早く、ソレルのところに……!


「ミント!!!」


 少女から目の前で叫ばれた時には、僕の目の前の影が大きくなっていた。振り向くと、そこに大きな刃が迫ってきていた。しかし、刃は僕の頬を掠めるか否かの距離で止まり、黒く変色して散った。そこに、僕の声ではない声が息を荒げていた。ナックルを付けたソレルが、己の血まみれの胴体を押さえながら腕を伸ばしていた。


「ミ、ント……」


「ソレル!」


 僕が呼ぶのと同時に、ソレルは前方に倒れた。駆けつけて、彼の名前を呼びながら、仰向けに向かせる。


「待ってて、今止血を……!!」


「ミント……」


 行き場を失った僕の手を握るソレルは弱々しく口を開く。しかし、苦しいのか声を出すのがやっとのようだ。


「なに!? なんて言ってるの!?」


 僕はソレルの口元に耳を近づけた。


「……う、いい。いいん、だ。お前は……」


「何言ってるのさ!」


「……る、さい。頼、む……、そっと……、し……」


 そうして、ソレルの握る手が地に落ちた。最後の言葉に僕を呼ぶこともなく、目を閉じた。


「ソレル、待って目閉じたら……!! 待って、嘘だ嘘だ……、冗談はやめろってば……!!」


「……ダメよ、死んだわ」


 少女の声が、ソレルを撫でるように冷たく、僕の体は硬直する。


「死、ん……?」


「……ごめん、私が間に合わなかった」


 何故か、僕の口から否定の言葉が出なかった。なんども嘘だと嘆きたがってるのに、頭の中は"死んだ"と理解していた。人の不幸話や訃報は聞き流す程度なのに、それを目の前にすると、胸の奥と視界が滲むような感覚。


「……」


 少女は何も答えない。さっきの能天気な雰囲気とは似つかないほどに、真剣な風貌で。


「……その子を、寝かせよう」


「……」


「誰にも邪魔されないような、静かに眠れるところに。できる?」


「……うん」


 マリーの先導の元、近くの岩場の裏の影まで運ぶ。まだ、温度がわずかにあったが、それはすぐに冷めてしまった。元からある筋肉も、冷たくて硬くなる。だんだんと、それがソレルじゃなくなっていく。

 その影にそれを埋め、名前を削った丸太を刺す。荒野に落ちていたものなので、拙いものになってしまった。ちょうどここは、人が通っても目につかない所だ。


「……」


「……」


 僕の目からは、涙が出ない。悲しくないわけじゃない。ただ、気持ちをどう表せばいいのか分からないまま、数十分立ち尽くしていた。親や大切な人を失った人はこんな気持ちだったんだろうか。そして、しばらくして、何を言えば良いかわからない僕はこう呟いた。


「これからどうしよう……」


 すると、少女は間髪入れずこう言った。


「旅をしよう」


「えっ?」


 予想外な発言に、思わずこの場に似合わない間抜けな声が出てしまった。


「これからいろんなところ旅して周る。そして、敵を倒して人を救おう!」


「救うって……、なにそれ……?」


「君は思ったよね。なんで、町に魔物が襲ってきたのか」


「え、うん……」


「それはすべての国を統治する神に異常が起きたから。それだけの話なんだけど、普通の人には手に負えない程にね、そこでミント!」


「え?」


 簡潔にまとめられるが状況がうまく飲み込めないままに、僕を指名される。


「君は選ばれし勇者! 神を助けられるのは、君しかいないのだよ!」


「は!? 無理だよ!! だって相手は神様でしょ? 僕に、そんなこと……できるわけない……」


「さっき君は"冒険家になりたい"と言ったよね? 今がその時だよ」


「言ったけどさ……」


 なんとなく返した言葉はそれだったが、不思議と気持ちが少し緩まっていく。でも、"旅"と言われても一向にその気になれない。


「君は家族はいるの?」


「え、なんで」


「いいから」


 少女から突然そんなことを聞かれる。


「い、いないよ……。小さい頃に亡くなったから。それに、僕一人っ子だし、町で仲が良か……話せてたのソレルくらいだし」


 どうして僕は、こんな自信を持って"仲良し"と言えないのだろうか。自分の烏滸がましさが妙に腹が立ってしまうからだろうか。それとも、幼馴染と思っておいて、目の前で見殺しにしてしまったからだろうか。

 煮え切らない答えに、自分でも情けなく思う。しかし、マリーは優しい顔で言った。


「じゃあ尚更出ようよ! ……残酷だけど、でも君は外に出る勇気を得た。そのスケッチブックの中のお話広げるために、作者が外に出ないとね。"世界"という作品に触れてさ。税金とか住宅ローンとかそんなの全部忘れて!」


「そんな、僕だけ美味しい気分で外に出るなんて……」


「君は、この機会を捨てる? その子のこと、その子の気持ちに背を向けられる?」


「……」


「"冒険家になりたい"は、嘘?」


 明らかにこの葬式のような気分に似つかないテンションなのに、不思議と僕を安心させる。高低差の激しさに気が抜けてしまったからだろうか。


「行きたい。行くよ、旅に」


 だからこそ、僕が決断する時は、意外と少しだけ気分が緩かった。ソレルも前に言ってた。


『もっとその話を面白くするには、外の世界をしらねぇとな』、と。


「足を踏み出した時点で、君はサイキョーだよ。ノリキだろうがそうでなかろうが、言い出せた時点で偉すぎる!!」


「そ、そう……?」


「素直になりな、この豚野郎」


 何で今罵られた? しかしながら、自分の思いを素直に言ってみると、悪い気はしなかった。寧ろ、少しだけ自信が湧いたような気がした。でも、旅といっても今のところ目的がない。それを少女に問いただす。


「その、どこに行こうか……えっと……」


「私は神の使い、マリー! さっき名乗ったのに……」


「いや、あれは大変だったからショックで頭に入らなかったっていうか……」


「アイムソーリー眉ソーリー! 表情分かんなくなるくらいJOLLY JOLLY!」


「……」


 ネタが古すぎる。


「まぁとりあえず、次の町まで行こう。まず最初の目標はそれでね!」


「……そうだね、うん。行こう」


 こうして、流されながらも、マリーと呼ぶ少女と共に、長い旅路に足をつけることになった。何も用意出来なかったけど、進んでいこう。どこまでも。


 ソレルもきっと、そう願うはずだから。


 ◇

 とある子供の日記。

 みんなでおたのしみ会のじゅんびをしていたのに、いちばんみんなにおこってた⬛︎⬛︎くんがふざけてあそんでたので、みんなでしかりました。これからもしっかりしていきたいです。


 せんせいのおへんじ

 リーダーシップがあるね! ⬛︎⬛︎くんはたるんでるからたいへんだろうけど、がんばってね!

 ◇

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