第2話【パン屋さんのハロウィーン】

「みんな!今日は張り切って行くよー!」

 いつにも増して店長が気合の入った号令をかけた。そうか今日はハロウィーン当日だ。この日のために私は【バイト募集】の貼り紙を書いたんだ。おかげでたくさんの新しい仲間が加わった。振り返ればあの羞恥心も懐かしい…。いや、いまだに恨めしい。

「えー、あの貼り紙、ヤマノさんが書いたんですか?あたしアレ見て応募したんですよ!」

 仕事前に談笑していたら大学生のフジサキさんから告げられた。ウソだろ。いまどき求人サイトから以外で応募なんかあるんか?

「なんで?家近いの?」

 家の近所でバイト探すなんて考えられんけどな。知り合いに絶対見られたくない。

「前のバイト先がこの通りの向こうで、行き帰りで通ってたんです。雰囲気フインキよさそうなお店だなぁって思ってて」

 雰囲気ふんいきな。いちいち訂正せんけどな大学生。私が面接したら落とすけどな。

「同じ駅でバイト鞍替えしたの?」

「クラガエ?前のバイトは辞めてきました。なんかギスギスしてて、こっちの方が楽しそうだったんで」

 カジュアルな生き方。うらやましいわぁ。

「はい!みなさん!今日は仮装してきたお子様たちにお菓子を配りますよ〜」

 お店では商品とは別にクッキーやらチョコレートやらを用意していた。ちびっ子たちにお菓子を配る商店街のイベントにこの店も参加しているのだ。

「はいそして!一緒に来たお父さんお母さんには、必ずこのクーポン券!50円OFFのクーポン券を渡してください!それでお時間あるようなら中入ってもらって、お買い物もしてもらいましょう」

 川越カワゴエ店長はちゃんと商売人である。玉栄商店街に根ざして30年。Boulangerie Joyeuse(ブーランジェリー ジュワユーズ)は地元で人気のパン屋さんだ。

 それだけに、今回のハロウィーンイベントには一つ懸念があった。


「ぶーらんじゅ…じぇ‥り、じゅじゃ、じゅやいーしゅさん、トリックオアトリート!」

 この店の前に来た子どもたちのテンションが一様に下がっていく。商店街の決めたルールで、お菓子をもらう子たちは必ずお店の名前を言ってから「トリックオアトリート」と叫ぶことになっていた。街の人にお店に興味を持ってもらいたいという計らいなのだろうが、ウチのお店では裏目に出た。

 私も何度か聞いたことがある。

「店長、このお店の名前、読めないんですけど」

 バイト募集の時もつづりを2回間違えた。

 今日は店先にデカデカとカタカナで貼り出したが、このフランス語は子どもたちには難易度が高い。言うだけで時間がかかるので、店の前に長蛇の列ができている。それを見て敬遠する親御さんもいる始末だ。

「もういいわ、パン屋さん!パン屋さんでいいから!」

 見かねた店長が三度みたび号令をかける。店頭の貼り紙は「ブーランジェリー ジュワユーズ」に横線を2本引いて、その上に「パン屋さん」と書き直された。 それからちびっ子の流れもスムーズになり、なんとか目標の集客も達成しお菓子のカゴも空になった。


 閉店後、店長は項垂うなだれていた。さすがに店長自慢の30年の看板も形無しだ。

「フランス語なんだけどね。陽気なパン屋さんって意味なの。でも商店街の方もいつも『パン屋さん』としか言ってくれないのよね。名前、変えようかしら」

 バイトの私に言われたぐらいで本気で変えるとは思わないが、ちょっと遊んでみようという気になった。店長に向かって店名の案を出す。

「普通にベーカリーを入れた方がいいと思うんですよね。フランス語よりまだなじみあるでしょ。ハッピーベーカリー…はダサいか、陽気なベーカリーぐらいかな」

 店長は閃いたとばかりに目を大きく開けてこちらを向いた。

「じゃあ!『BAKEベイク 川越 BAKEベイク』は?」

「店長、それだけはやめましょう」

 店長はやっぱり陽気なパン屋さんだった。

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