第14話 きようさ
「
「俺との約束の前に、誰かが呼び止めてたみたいで───それより、そちらの方は」
椅子に座ってエレキギターを抱えるタケの横には、同じようにエレキを抱える目つきの悪い男の姿。前に一年の下駄箱で先輩のことを取り囲んで、何かを問い詰めていた連中の一人だ。
「警戒しなくていいよ、マジで君だけは興味がないからさ。ここの部屋に忘れ物を取りに来たら、偶然ギターの練習をしてる子がいたから、少しコツを教えただけ。もうお暇するよ」
男は矢継ぎ早に聡平へ言葉を投げると、ギターをケースにしまって背負った。
「ちょっと待ってください」
「何? 君と話すことなんてないと思うよ」
「今日。田中先輩のことを呼び留めたのはあなたか、あなたの知り合いですか?」
「くどいね。田中って誰、知らないよ。もし、そうだとして、『はい、そうです』なんて言うと思うわけ?」
男は最後まで嫌味たらしく、スタスタと部室から出ていった。
「珍しいな。
「そんなに嫌われることをした覚えはないんだよね。誰だってああすると思うし。それで、あいつは本当にギターのコツを教えただけ?」
「……ああ。それだけだ」
「そっか、それなら良かったよ。なんかごめん」
「志之が謝ることなんてないだろ。今日だってオレが付き合ってもらうんだし」
「そう? でも俺にも利があって練習してるだけだから、何があったとしても遅刻は遅刻だよ」
「律儀だな……」
家で缶詰めになって、曲作りに没頭するのはまだ早いと俺の直感が告げていた。今回は先輩のためじゃなくて、バンドのための曲なので、どうせならタケやタナショーが発する音のイメージも自分の中で確固たるものにしたい。だから、俺にとっても大切な時間なのだ。
二人は予定通りギターの練習をした。聡平が練習フレーズのお手本を弾いて、茸木がそれをなぞっていく。茸木はとにかく弾けるフレーズを増やすこと、聡平は彼の得意不得意を見極めること。それがこの練習会の主な目的であった。そして、今日の締めくくりとして簡単なセッションのようなものをすることになった。志之がベースに持ち替えて、茸木が練習したフレーズに合わせて、即興で音を足していくのだが……。
「うーん、なんか上手く合わないね。当たり前かもしれないけど、凛くんみたいにはいかないか」
「だな。弾けば弾くほど、
「それはそうなんだけど、タケも充分凄いと思うよ」
「え?」
「いやさ、ゼロの状態からこんな短期間でここまで弾けるんだから、とっても凄いってこと」
「そうなのか。未だ
伝えたいと思った。先輩の歌に引っ張られて、操られるようにして弾いたことがタケの音楽は始まった。そうだったとしても、今彼が出している音の全てが先輩の力ではない。彼の音はしっかりとタケの音として俺の耳に届いているのだから。
「俺も音楽始めたて……というか今も全然実感湧かないよ。足元グラグラだし、上手くなってる気もしない。でも案外そういうもんじゃない?」
「ありがと。
タケの返答を受けて、心の中でも言葉としても。非常にキザなことを言ってしまったことに気がついた。体の内側からじんわりと熱くなる感覚がする。
「こ、これはやさ、優しさじゃなくて、その器用さが羨ましいってことだよ!」
「ああ、分かってる。オレのギターが志之の心に会心の一撃を叩き出したわけだ……」
「へ?」
「…………そのーきようさが高い程、出やすいもんだからさ。え、知らない?」
「えー! そんな落ち込む!? とにかく俺が言いたいのは期待してるってことだよ!」
「ああ」
「カッコいいこと言ったのに、もう全然締まらないじゃん!」
志之の悲しみの叫びが部室には響き渡った。
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