第8話(2/2)突然ですが、ボランティア活動に励みます!

「みんな、設営ありがとうね。ここからはこれを着て子どもたちの面倒を見てちょうだい」


 彼らが鶴見つるみという女性から渡されたのは黄色のエプロン。それを着て行うのは工作教室のお手伝い。ボタニカルアロマキャンドル作りの補助をする。「ちびっこ工作教室」と書かれた立て看板をスペース前に出して、待ってはいるが一向にお客さんは訪れない。寂れ始めた商店街の小さなイベント。


そもそも訪れる人が少ないという問題はあるが、この場所は端っこも端っこなので、ここまで人が流れてこないことが何よりの痛手である。そのことに気が付いた聡平そうへいは呼び込みに行こうとスペースから離れようとする。


志之しの待って。ここの機材を全部ステージに上げて、セットまで終わらせておいて。茸木なばきは……箱の中の折り紙でなにか作っといて。ボクが田中と呼びに行ってくるからさ」


 穏やかで温かい声に呼び止められた。先輩は自分の胸に手を当てるとはにかんだ。機材をステージに。頭の中で反芻する先輩からの指示。


「はい!」


 俺は気がつくと、機材を置いたステージ下へと足を動かしていた。


 りんの指示の元、それぞれが動き始めた。意味不明な指示を受けた茸木なばきも困惑しながら、机に置いた箱から折り紙を取り出して、鶴を折り始めた。聡平そうへいが音を鳴らせる状態の配線を終えた頃。田中のお客を連れてきたことを知らせる声が響いた。


「お歌のおねえさんとつくりたい!」

「よーし。それじゃあお行儀よく、あそこの椅子に座れるかな?」

「うん!」


 田中の後ろでりんは、無邪気にはしゃぐ女の子にズボンを引っ張られている。すぐ側に居る母親は、必死に頭を下げながら少女を引きはがす。


「お気になさらず。是非、お母様も一緒に作りましょう」


 りんは嫌な顔一つせずに、可愛らしい笑みを浮かべると、手際よく親子をエスコートする。


「中堂先輩すごかったよ。女児向けアニメの主題歌? をさらっと歌って、あのなつかれ具合なわけ!」

「なるほど。意外とまでは言わないですけど、対応もスマートでカッコイイですね」

「ほらほら、中堂君のおかげでぼちぼちお客様来てるから。君たちも頑張りなよ」


 遠目でりんの様子を眺めていた聡平そうへいと田中に鶴見つるみは発破をかける。


 あれよという間にアロマキャンドル作りを手伝うことになった四人。中でも子どもたちに絶大な人気を博したのは茸木なばきであった。彼が座る椅子の周りには、キャンドルを作り終えた子どもたちで賑わっていた。


「わー! すっげぇかっこいいツル! どうやって作るの?」

「このお花、きれい!」

「おれもしりたいよー」


 彼の周りを飛び跳ねるようにして、はしゃぐ子どもたち。それもそのはず。彼が目の前で折り進める鶴は、よくある鶴とは違っていた。足が生えていて、翼が独特な形をしているのだ。


「あの鶴なに⁉ なんか時々いるよね。ロボットとか怪獣みたいな鶴を作る人。羨ましかったなぁ」

「いや、あれ。どう考えても一枚で折れる作品じゃなくない!!」


 田中と聡平そうへいは、またもや二人で集まって賑やかなテーブルを遠目に眺めていた。すると、そこへ二人の少女たちがやって来た。いかにも快活そうな子と、その子の服を引っ張りながら嫌々付いてくる子。


「そこのカッコイイお兄さんは何かすっごーいの。作れないの?」

「────ちゃん。あんまり近づいたら……」


 聡平は膝を折って少女たちと目線を合わせる。そして、何かを思い出したかのように、ポケットから小さなものを取り出す。


「折り紙は上手く作れないけど、これなら────」


 彼が取り出したのはドライフラワーを合わせたシーリングスタンプ。これは暇そうにしていた聡平を鶴見が呼び出して作らせたものであった。


 快活な少女は自身の掌にちょこんと乗るそれを見たまま固まっていた。顔は沸騰しているみたいに赤い。


「君の分もあるから、出ておいで」


 彼は爽やかな笑みを浮かべながら、顔を見せようとしない少女の手にも違う花が付いたスタンプを乗せる。


「ぎゃあああああぁ!」


 二人の少女は、なぜか一斉に駆け出していってしまう。


「ちょっと待ってー!」

「いくらなんでも罪な男すぎないか!」


 田中は、自分のやっていることがどれほど危険なことだかが、分かってない聡平に鋭いツッコミを入れる。そんな一幕を見ていた鶴見が二人の元にやって来た。


「ははは、聡平くんだっけ。やっぱり私が思った通り面白いね君。あれぐらいの年頃の子にも分かるもんだね、致死量のイケメンってやつが」

「なんですか! 鶴見さんじゃないですか。俺にこれを子どもたちに渡せば君もきっと人気者だって提案したの」


 絵に描いたような、非のうち所がないほどのイケメンを実際に目の当たりにすると、少し近寄り難さを感じることはないだろうか。眩しすぎて焼かれてしまいそうになるようなそんな感覚。そんな対象から素敵なお花のプレゼント。キャパオーバー必至である。


適度なカッコよさ。ドキドキの許容範囲を超えない程度のイケメンの方が、かえって親しみやすい場合はある。


「えーいいなぁ。僕にも何か秘策ないですかね」

「うーんと。君はね────」


 鶴見は田中のことをじっくり観察する。


「田中くん。君は今のままでいいんだよ」

「そうそう。タナショーはこのままがいいんだよ」

「僕に対して雑すぎるよ!!!」


 田中の声が響く中、凜が人の輪から離れて向かって来た。


「鶴見さん。お客さんも落ち着いてきたし、そろそろやってもいいかな?」

「もちろん。あんたたち、最初からあのステージが目当てでしょ。やるからには、しっかり子どもたちのハート掴むんだよ。いい?」


 疑問の言葉なんて浮かばなかった。いつも展開は突然。横に並ぶ二人の顔を見なくたって俺の答えは決まっている。


「「「はい!」」」


 ぴったり三人の声が揃った。


 俺は高鳴る胸を抑えながら先輩に顔を向ける。すると、ぐわりと先輩の顔が近づいてくる。


「聡平。あの折り紙バカ、早く呼んで来い」


 俺にしか聞こえない声。ドスの効いた低い声に心臓が掴まれたみたいに、胸がぎゅっと締め付けられる。


「了解」


 凛と田中はステージへ。聡平は折り紙バカこと、茸木なばきを回収しに向かう。




 



 


 

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