第6話(1/2)新・ボランティア同好会始動

 「新・ボランティア同好会(仮)」の諸々の手続きを田中翔一たなかしょういちが終えてから、今日は初の活動日であった。同好会名については多少の指摘はあが、肝心のメンバーや活動内容については特に言及されなかった。すんなりと申請が通ったことに田中は驚くと同時に落胆もした。そして、逃れられぬ強い運命のようなものを密かに感じた。


 埃を被った部室棟三階の教室には、志之聡平しのそうへい茸木光なばきひかる、田中の三人が集まっていた。


 いくつかの机を並べ、繋げて作った四つの島。その上には隣の部屋に保管されていた楽器たちが並んでいる。エレキギターが二本。エレキベースと電子キーボードにドラムセット。アンプやチューナー、シールド線など。これらの楽器や機材たちは、三階の清掃状況からは想像がつかないほど、綺麗に大切に保管されていた。なので、少しのメンテナンスで使うことができる状態だった。


そして、教卓には中堂凛なかどうりんのために用意した、この前と同じ状態のボーカルセットが置いてある。あと一人。口の悪い彼が来れば練習を始められるといった状況である。


 聡平そうへいの持ち前の愛想のよさが、いかんなく発揮され、教室の雰囲気は穏やかに保たれていた。



「え! タナショーって二年生なの?」


「いや、それより志之しのくんが一年生なのが驚きだよ。あの中堂先輩に一目置かれてる一年って何者だよ! あと、タナショーって何⁉︎」


「だから中堂なかどう先輩はタナショーを代表に指名したわけだ……。っていうか、志之しのはオレと同学年なのか……。てっきり先輩かと」


「だから、タナショーってな──」


「タケが同学年で助かったよー。メンバー全員が上の学年だと、流石に肩身が狭いからさ」



 各々がそれぞれの学年に驚きを見せていると、扉が開け放たれた。ふわふわと髪を揺らしたりんが教室には入ってくる。



「みんな、ごめん。先生に捕まっちゃってて……」


「それは大変──」



 聡平そうへいが返答し終わる前に、凛は後ろ手で鍵を閉める。



「何。ボクがいなきゃ練習できないわけ? さっさと始めるぞ」


「「「おー!」」」


「田中 声小せぇんだよ。AIになる覚悟出来てんだろうな」


「やっぱり、僕だけだ!」



 凛が入ってくると、教室内の雰囲気は途端に殺伐とした雰囲気に変わってしまう。傍若無人のりんを上手に三人で受け流しながら……八割方、田中が頑張りながら。聡平そうへいは二人にやることを伝える。今日はとりあえず楽器に触ることから始めて、ある課題曲の練習に取り掛かり始める。これはあらかじめ、聡平そうへいが凛と決めておいたことだ。



「タナショー。お前はボクとドラムを組む。黙って言うとおりにしろ。返事」


「うおー! って先輩は一体どっから『タナショー』仕入れたのさ!」



 りんが田中の練習を受け持っている間は、聡平そうへい茸木なばきの練習を手伝う。


 聡平そうへいは優しくゆっくりと、茸木なばきにギターの持ち方から丁寧に教えていく。その奥の方で、芸術的かつ先鋭的なドラムの組み方をしている二人がいる。机の上に座る凜が、でたらめな指示を田中に出して、何も知らず、抵抗の意思もなく田中は言うとおりにそれを実行に移している。



志之しのはギター弾けるのか?」


「うーん。簡単なコード進行とか、アルペジオとか、ほんと最低限なら弾けるけど、ステージで演奏できるかと言われると自信ないかな」


「? やばい。志之の言ってること、わけ分からない」


「あー、そうだよねー」



 簡単にいうと、コードは二つ以上の音を同時に鳴らすもので、アルペジオは同時ではなく、いくつかに分けて鳴らすもの。一緒に練習する上で、このような音楽的な知識のすり合わせと説明は大事だ。


それこそ、楽器のパーツの名称など、何気なく使ってしまう言葉が通じないものだと思わなければならない。つまり、全くの初心者に一から教えるのは一筋縄ではいかないということだ。


聡平はできるだけ丁寧に茸木なばきへ伝えていく。とにかく真面目に聞いてくれることが救いであった。



「どこ押さえればいいか、分かったけど。指が動かん」


「えっとね。姿勢を直して、ギター本体の窪みに体を添わせるようにして……、ギターが体に対して45度くらいになるように意識して、左手を前に」


「お! 指が届くぞ」



 短時間でここまでできれば上出来だ。俺は少し、凛とタナショーの様子を見に行く。



「志之くーん、たすけてー。ドラムってこんな奇怪な形だったっけ⁉︎」


「あ゛ボクが直々に指導してやってんだ。文句があるなら、はっきりボクに言えよ」



 そこには見たことのないドラムセットがあった。本来中央でどっしり構えているはずの大きな太鼓バスドラムはなぜか小さな太鼓の上スネアドラムにある。え? 何。ロボットでも作ったわけ? 先輩は完全に慌てふためくタナショーを見て、楽しんでいる気がする。



「あー、そうだねー。凛くん、これは俺が知ってるドラムとは結構違うかも……。タナショー、俺と組み直──」



「騒ぐな。随分と余裕のようだな。そんなにお望みなら、今から合わせ練を始めるぞ」



 スタスタと先輩は大股で教卓に向かう。ほんと、後ろ姿がキリっとしていて勇ましいのだけど、だいぶ無謀すぎないかな。



「凛くん! 合わせるって曲を? まだ二人とも厳しいよ。タナショーなんてまだ音も出してないし」


「やってみなきゃ分からないだろ」


「えっ!」



 強引で自分勝手な先輩の姿が、なぜか、おしとやかで儚げな先輩の姿と重なる。初めて西門で言われた言葉。あの時も、もしかしたら先輩は本気だったのかな。もし、あそこで強気で傲慢な言い方をされていたら、俺は無理矢理にでもフェンスを潜ったのだろうか。



「志之、何ボサッとしてんだ。黙って早く準備しろ」









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