キミガネ:この気持ちを<俺、ボク>は音楽にする。
シンシア
第1話(1/4)美男子先輩との遭遇
桜舞う季節。入学式、いくつかのオリエンテーションを終え、高校生として頼りない足で、一歩ずつ歩みを始めた頃。憧れの校舎と制服。期待と希望。未来を一ミリたりとも疑う余地も、余裕もない。無敵感と高揚感に包まれるあの頃。
この時期のホットな話題といえば、部活動の話である。入部する新一年生の数がそのまま、部の規模と、今学期の立ち位置を左右するといっても過言ではない。大きな部活動は学校から多くの支援が受けられるが、人数が少ない部は解体されるか、同好会への格下げが待っている。そんな熾烈な勧誘は一年生のフロアから、昇降口を通って門まで続く。
「ねぇシノくーん。部活はもう決めたの? 私。シノくんと同じ部活に入って、マネージャーでもやろうかな」
「えーなにそれ、抜け駆けする気? そうはさせないから! シノ君、後で私にだけ何部に入るか教えてね」
「ていうかー。これから体験入部でしょ。私も一緒についていこうかなー」
「「「えー、私も行くー!」」」
まだワックスの、オイルの匂いがほんのりと香る、綺麗な教室。複数の女子生徒に囲まれているのは、長身でしっかりとした体格、爽やかで甘い顔。明るい茶髪は毛先を遊ばせたかのような無造作ヘア。ほんわかとした雰囲気を纏って、愛想のよい笑顔を振りまく。さながら、人懐っこく愛らしい大型犬のような男であった。
「うーん。俺はオススメしないかなー。運動部ってキツイしさー……あ。もう行かなきゃ。みんなまた明日ね」
男は彼女たちの返事を聞かずに、スクールバックを軽々と肩に背負い、立ち上がる。そして、黄色の声援に爽やかな笑みで応え、そそくさと教室から出ていく。何をしても様になるのは彼の存在感からか。
しかし、彼はその存在感を消し去るように、大きな体を最大限小さくしながら、廊下を小走りする。
もうすぐ、一年生の教室には部活動の勧誘に燃える上級生たちが押し寄せる。この騒ぎに巻き込まれないことこそが、この男の最優先事項であった。階段を颯爽とぐるり降りる。たどり着いたのは下駄箱。
そこには立ちふさがる、一つの人影があった。
小柄で華奢な体を下駄箱に預け、スラックスのポケットに手を突っ込みながら、ヘッドホンで耳を塞いでいる。吸い込まれそうなほどの黒色。おかっぱヘアの切り揃えられた前髪から覗かせるのは、おっとりとした目。昇降口から差し込む光は、その人物のためのスポットライトであるかのようだ。
光の暖かさは、どこか儚げで、この人物のたおやかさを演出している。触れたら壊れてしまうようで、どこか庇護欲を掻き立てられるような外見だ。
女? いや、ズボンを履いてるから男なのか? あれー、うちの高校、制服選択式だったけ。
「ねぇ、君。そこ俺の下駄箱なんだよね。ちょーっと、よけてくれないかな?」
返事はない。音楽にお熱のようだ。男は仕方がないので、肩をポンポンと叩く。大きな掌が小さな肩に触れる。すると、彼または彼女は体の縦ノリを止め、伏していた瞳を男へゆっくりと向ける。大きな目は男のつま先から頭までをすーっと確認した後、しっかりと正面に捉える。そして、片耳だけヘッドホンを外す。
「あ」
ぷるりとした唇から、涼し気な音色が一音だけ飛び出る。
「来た来た。君が噂のポン……イケメンくんだね。昨日はク……本当に面白いものを見せてもらったよ」
ふわりとしたソプラノボイス。続けざまに飛び出した音はどこかノイズ混じりであった。歯切れが悪い。言葉の裏に別の真意を隠したような言い回しだが、そんなことがどうでもよくなるくらいに男は動揺していた。
彼または彼女のヘッドホンから、微かに漏れ出る音楽。モコモコとした、淡く輪郭をぼやけさせるような音。そんな不鮮明な音にも関わらず、この音の正体がはっきりと分かる。男は耳を、自分を疑った。
「……! お、お前。どうしてその曲を!」
酷く動揺した男に、彼または彼女は、ミステリアスな微笑を投げつける。
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