悪魔と契約した聖女

天田れおぽん@初書籍発売中

第1話

 喰らう深淵。

 喰らう悪意。

 人知れず淀み溜まり腐る悪。

 その果てのことなど知ったことではないし、知ったところで意味はなし。


「アナタ達の悪事は、これで終わりですか?」


 聖女マグノリアは優美な笑みを浮かべ、不思議なほどよく響く慈愛に満ちた声で告げた。

 真っ暗な部屋の中を照らすのは蝋燭の炎。

 チラチラと揺れながら映し出すのは、マグノリアの姿。

 白く長い髪に白い肌、不思議と感情を感じさせないアメジスト色の瞳。

 白い聖衣をまとった姿は、まるで天使。

 その天使の前で繰り広げられているのは地獄絵図だった。


「うっ……オレがしたのは盗みと殺し。それだけだ」

「俺……俺たちは、兄貴に従っただけで……」

「そうだよ、オレたちは命令に従っただけ」


 うめきながら口々に語る男たちの姿は、打撲痕や擦り傷と血のりで彩られていて、腕や足があらぬ方向へと折れ曲がり、地べたにはいつくばってのたうち回っていた。


「なんだよ、お前たちっ! オレばっか悪いような言い方をしてっ! それを言ったら、オレだって親方の言うことを聞いただけだっ!」


 揉めている荒くれ男たちに怯むことなく、マグノリアは微笑んだ。


「うーん、私が聞きたいのは、そこではなくてよ? 聖堂に忍び込んで現金と金製品を盗んだ、とか。事実だけを知りたいの」

 

 うめき声をあげながら床に這う男たちは、血の池で溺れる蟻のごとく、動くことは出来るが抜け出すことは叶わぬ場所にいる。


「もうっ、何なんだよコレはっ!」

「助けてくれよっ!」

「あんた聖女じゃないかっ!」


 床にはタール状の真っ黒でベタベタしたものが広がっている。

 その上でもがく男たちは、拘束されているわけでもないのに、そこから逃れられずにいた。


「ええ、そうよ。私は聖女です。だから私なりのやり方でアナタたちを救ってあげるわ」


 不思議な笑みをたたえたマグノリアは、苦しみにもがく男たちへ向かって静かに言った。


「罪を全て告白するのです」


 マグノリアの瞳に、男たちへの同情の色はない。


「では、懺悔を始めましょう」


 マグノリアに促されるまま、男たちはそれぞれに自分の犯した罪を言い始めた。


「うぅ……俺は、タバコ屋のばーさんを殺して……タバコと、現金を盗んだ……」

「オレは、赤ん坊を抱えた女から……」

「金持ちの蔵を狙ったときに、使用人を……」


 しかしマグノリアは容赦がなかった。


「皆さん。声が小さいですよ?」


 タール状の黒いものがシュッと伸びあがって男たちの腹や頬を殴る。

 野太く潰れた悲鳴が上がった。

 マグノリアはにっこりと笑って、男たちを褒める。


「ああ、いいですね。叫び声は大きければ大きいほどよいですよ」


 ひときわ大きな悲鳴と共に、男の腕が飛んだ。


「皆さまの恐怖が倍増しますから、もお喜びになるでしょう」


「うぅぅぅ、オレたちを解放してくれよぉ」

「そうだよ。お前は聖職者じゃないかっ!」


「ん、それを決めるのは私。アナタたちではないわ」


 男たちから上がる不満の声を、マグノリアは一蹴した。


 やがて彼らは、すさまじい悲鳴を上げ黒とも赤ともつかぬ液体をまき散らし、黒いタール状の何かに飲み込まれていった。


 黒い影はひとしきり蠢くと、真っ黒で粘り気のある何かをペッと吐き出し、闇に消えた。


 マグノリアは床に飛び散った真っ黒なものを眺めてつぶやく。


「これを喰らうには……少々、難儀ですわね」


 マグノリアは床にひざまずくと、床に滴り落ちて表面張力で盛り上がる真っ黒なモノを啜った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る