人生、流れに身を任せたら!
崔 梨遙(再)
1話完結:1400字
僕が30代の半ばの時。僕は元いた会社(大きな会社)の時の上司が立ち上げたベンチャー企業に雇われていた。そして約5年、会社も軌道に乗り始めていた。だが、まだ体力のある会社ではない。もうしばらく、少数精鋭で頑張らなければいけない。という時だった。
そこで、社長にとって困ることが起きた。僕等が元いた会社の人間、向井さんが4月から入社することになったのだ。向井さんも、僕の元上司。よく知っている人だ。ちなみに当時40代だった男性だ。社長が何に困ったかというと、人件費に困ったのだ。社長が言うには、まだ、もう1人の社員を採用するのは厳しいということだった。しかし、入社してくる向井さんは僕等の会社に出資もしている。社長とも長い付き合いで仲がいい。断れる雰囲気ではなかった。
結果、社長のため息が絶えなくなった。
「人件費、どうしよう……」
あまりにも、社長がため息をつき、愚痴をこぼすので、僕が気を遣うようになった。
“僕が辞めれば、僕の人件費をそっちに回せるじゃないか!”
そう考えるようになっていった。
とはいえ、会社を辞めるというのは重大な選択だ。僕もしばらく迷った。そもそも、辞めてどうする? 別の求人広告屋の面接を受けるか? 名古屋にも知人が立ち上げた求人広告屋がある。頼ってみるか? いや、僕は過去に名古屋に行き、酷い目に遭って撤退した。今更、名古屋の知人を頼るのも気が進まない。
では、どうするか?
考えたら、僕は大企業、中小企業、ベンチャー企業を経験した。だったら、個人、フリーでやってみるのはどうだろう? 自分だけの力でどこまで出来るか? 一度は試してみたい。試すなら若い内の方が良い。失敗したとき、またサラリーマンに戻るのだから。サラリーマンに戻るなら、若い内がいい。そうだ、そうしよう! 早く自営をして、失敗したらサッサとサラリーマンに戻るのだ。僕の心は決まった。
会社を辞めると言ったら、社長は驚いていた。
「何か不満があるのか?」
「今は不満は無いですよ」
「ほな、なんで辞めるねん?」
「僕が辞めたら、僕の人件費を向井さんに回せるでしょ? 向井さんは〇〇〇〇(社名)のマネージャーですよね? 向井さんの方が、僕よりも戦力になると思います」
「お前は、どうするねん?」
「一度、フリーで、個人で求人広告屋とか採用コンサルタントをやってみます。失敗したら、スグに辞めますけど。あ、僕がフリーになったら、仕事を回してください。広告の取材も、ライターもやりますので」
「そうか、わかった。すまんな、気を遣わせてしまって」
「あれだけため息をつかれて、あれだけ愚痴をこぼされたら気を遣いますよ」
後日談だが、向井さんは入社して3年間、新規開拓営業を1度もしなかった。それで社長と喧嘩別れして去った。“僕、辞めて損した! 向井さんの方が戦力になると思って身を引いたのに!”と思った。だが、それは結果論。
というのが、僕がベンチャー企業を辞めた理由であり経緯だ。もしくは僕がフリーでの活動を始めた“きっかけ”だ。だが、その時の僕は明るかった。今までは失意の辞職だったが、この時は、フリーでやっていくということが楽しみだったからだ。希望が半分、不安が半分、だが、希望が半分もある。明るい退職をしたのは、後にも先にもこの時だけだった。
人生、流れに身を任せたら! 崔 梨遙(再) @sairiyousai
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