処刑姫は、繰り返す

御屋敷しぐ

第1話 きっとそれが始まり

『私はあなたに愛していてほしかった。』

煩いほどに照っている青空の下でその少女は間もなく処刑される。最期の言葉は助けを求める言葉でも懺悔の言葉でもない。

ただたった一人の血のつながった家族への最期の願いだった。


『これより、罪人フォーミュラの処刑を執行する。』

それが終わりだと思っていた。血のつながった家族でさえ最期は冷たかった。

どこで間違えたんだろう。どこで踏み違えたんだろう。

今はもうそんなことよりも早く…


楽になりたい。


『はっ…!』

ここはどこ、私は処刑されたはずじゃ…。

『あ、姫様がご起床になりましたです!』

明るい太陽のような、優しく聞き覚えのある懐かしい声。この声は確か…

『こらチャイ、姫様が驚いてしまうでしょう。まったくあなたって人は…』


そうだチャイ、チャイ・ベッキー。

白の中で最年少のメイドでどんな時でも笑顔を絶やさない、私の心の拠り所だった人。

私が反逆罪を着せられて間もなくして解雇されてしまった。そんなチャイがどうして…


『はぁいマリエル様、えへへ。姫様があまりにも可愛くって…』

マリエル…⁉ 事件の後、私よりも前に処刑されてしまったマリエルが…

もしかしてあれは…夢だった…?


『罪人フォーミュラに粛清を!』


『…‼』

いいえあれは、あの恐ろしい体験は夢なんかじゃない。あの首を切られた瞬間は決して…


『あらら姫様、どうかしましたか?顔が真っ青です…』

『ぁ…えっと』

あ、喋れる。とりあえず今この状況を把握しないと。ここはいつのお城?

私はなぜお城に?死んだはずのマリエルと解雇されたチャイがいる理由は…


『か、鏡を頂戴。』

人に何かを命令するのは久しぶりだ。

暗く寂しい牢でほんのかすかに差し込む太陽の光に体を当てて暖まる日々だった。

たまに来る面会と称した国兵には罵られ玩具にされた始末。

人とまともに会話するのだって何十年ぶりだろうか。


『はい!鏡ですね、ただいま!』

手鏡で顔を見つめるとどうやら今の私はひどく幼い。顔はもっちりとしていて手足は短く賞味5.6歳といったところだろうか。


『どうかされましたか、姫様…?』

姫、そんな響きを聞くのも久しぶりだ。

『なんでもないの、すごく長い夢を見ていたみたい。』

私の二度目の人生が始まった、きっとそれが始まり。



フォーミュラ・セシル・ルスティカーナ・ディア・サルビア。

それが私の名前。


私はサルビアという帝国で生まれた。

母と父は私を生んですぐ外交の船で航海中、波にのまれて事故死し死別した。

後継者第一位、当時14だった私の実の兄フォルティネが当たり前のように皇帝に即位し国をまとめる長となった。


生まれたばかりの私をお兄様はとても可愛がってくれたという。

使用人や白の外交官や政務官たちと協力しながらなんとか引継ぎをして、その空いた数少ない時間の中で私に会いに来ては優しいほほえみを浮かべていたらしい。


だがそれも長くは続かなかった。

ある少女が皇族に仲間入りしたのだ。名をフェアリー。

私の生き別れの姉妹として謁見を申し込み、その愛嬌と類稀なる潜在能力を見透かし見事にお兄様に気に入られ皇族として認められた。


勿論私は面白くなかったのが本音だ。

教育係には外部講師ではなく私が任命されたが本当に大変だった。


言うことは聞かない、行儀が悪い、言葉遣いも最低。魔力も壊滅的だった。

だが、お兄様の言う通りこの子は何かを持っていると思った。

…まぁこの話はもういいか。


そしてそんなフェアリーと私の立場が決定的に変わる出来事が起こる。

〖サルビア革命〗、私はそう呼んでいる。


国軍が帝国を共和国にするために反乱を起こしたのだ。

サルビアの国政や財政に不満を持った国民達、そしてこの革命の黒幕でもありフェアリーを皇族の血筋と名乗りださせた者。ローズマリー公爵家。


共和国にすることが目的だったのではなく本当の目的は私を皇族から追放することだったのだ。反乱のさなか、私はフェアリーと行動を共にするもフェアリーが紅茶を飲んで倒れてしまう。


既に皇宮の中に反逆者は存在していた。

濡れ衣を着せられた私は反逆罪で吊るし上げられ、弁明の余地もなく牢に入れられてしまった。



そして、


お兄様は国民にこう言った。



『忌々しい悪女を捕らえた。国の資金を贅沢使いしていた醜女はもう牢の中だ、今まで無理をさせてすまなかった。さぁ、その剣はもう収めろ。これからは共和国にまでせずとも何もかもうまくいく!私に二言はない!』


『悪女フォーミュラを捕らえた!!』

『私もあのお姫様が我儘しているから国民が贅沢できないのだと思っていたわ!』


ここからは、もう話さずともわかる。

私は18でこの世を去った。



お兄様の豹変様は本当に人が変わったようだった。

あんなに優しかったお兄様も、冷たく最期は私を罵った。


『汚らわしい、私と私の妹に触るな。』

『お兄様、どうして…、私が妹なのに…私が、私がフォルティネお兄さまのたった一人の妹…なのに…』


こんな人生、もう一度やるなんて絶対に嫌。

あれが私の運命だと言いたいなら、私は絶対に運命に抗ってやる。もう誰を信じて、誰が私を裏切るか分かった。


もう絶対に負けない。


幸せをつかんでやる。



あれ、なぜか体に力が入らない…

それに急に吐き気が…


『うっ…‼』


血反吐がとびちった。







そう、きっとそれが


始まり。















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

処刑姫は、繰り返す 御屋敷しぐ @nouri

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ