第26話◇トラブル◇
「もしもし。」
「もしもし木村です。」
木村に瑠璃子の声が聞こえているようだった。
「木村さん。やっと繋がったね。良かった。」
「今どこにいるの?」と、聞こうとした時、上って行くエスカレーターの先に木村の姿が見えた。エスカレーターから降りると木村が駆け寄って来た。
「お疲れ様です。」
木村は、休みだと言うのにいつもと同じようにスーツにネクタイ、仕事用のカバンまで持っていた。
「ごめんね。大変お待たせしましたね。」
瑠璃子が詫びを言って腕時計を見ると五時四十分だった。
「ここにいると会えると思ったのです。」
木村は目を輝かせて瑠璃子を見つめた。周りのざわめきが遠ざかっていくのを感じた。瑠璃子は我に返って言った。
「会が定時に終わらなくて。おまけに電話は繋がらないし。」
「そうなのですよ。何だったのですかね。」
木村はハンカチで額の汗を拭きながら言った。
「空港って電波が悪いのかな。奥さんが妨害電波出しているとか。」
そう考えてしまう程の不思議なハプニングだった。瑠璃子が冗談を言うと、木村は笑いながら言った。
「またまた、そんな事ありませんよ。」
「せっかくの休みなのに奥さん大丈夫なの?」
「大丈夫ですよ。」
「もしかしてその恰好、カモフラージュ?営業カバンまで持っている。」
「違いますよ。この間お話したアロマオイルの銀のデザイン画を持ってきたのですよ。」
瑠璃子と木村の関係は、さっきまでは、ただの取引先と営業だったが、電話がつながらなかった事で、距離が縮まった気がした。前に誰かが恋愛が始まる時は三つのingがあると言っていた。フィーリング、タイミング、ハプニング。今回の出来事はまさしくハプニングだ。しかし、木村に対してなぜか湧き上がるような恋愛感情は持てなかった。歳の差か、還暦だからかわからないが、自意識過剰で激情型の瑠璃子にしては盛り上がらない自分がいた。
「食事なのですけどね。三階に滑走路が一望できるレストランがあるのです。そこにご案内しようと思ったのですが、満席なのですよ。他も、レストランはいっぱいで、色々探してみたのですが軽食の店しかなくて。良いですか?」
「良いよ。どこでも。あまり時間もないしね。」
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