第20話◇東京で◇
「母さん。」
風呂の外で浩二の声がした。
我に返って目が覚めた。
「はい。」
「大丈夫?」
「大丈夫よ。」
「明日早いから。六時四十分には出るから。それを言おうと思って待っていたのだけど、出てくるの遅いから。心配したわ。」
瑠璃子は浩二の声に急に現実に引き戻された。
「ごめん、ごめん。わかった六時四十分ね。寝てしまっていたわ。声をかけてくれてありがとう。」
そうなのである。明日の弁当の事も考えないといけない。瑠璃子は風呂から出ると二階の自室に行き、バッグの中から、木村がくれた社内コンペのチラシをもう一度眺めた。ベットサイドの棚の上の置いて、この夜の出来事を思い返しながら目を閉じた。
十月二十一日にある漢修方研会で東京へ出張する時は、朝一番の七時過ぎの飛行機で松山空港から羽田に向かい、十二時から四時まで研修会に参加すると、五時の飛行機の便には間に合わないのでいつも最終午後七時四十分の便に搭乗した。家に帰ると十一時を過ぎていた。研修会が予定通り午後四時に終わって羽田に直行すると、二時間程待たなければならなかった。瑠璃子は長い待ち時間をうまく過ごせず持て余していた。旅慣れた人は東京の話題のスポットに遊びに行ったり、観光地を散策したり、羽田でお酒を飲んだり、食事をしたり、買い物をしたりしていた。木村に会うと時間つぶしになると思い、軽い気持ちでしゃべってしまったのだ。東京へ行く日が決まってもなかなか伝える気にならなかった。自分の時間つぶしの為に、休日に羽田まで木村を呼び出して一時間半程しか会えないのは、身勝手で申し訳ないと思った。今回は、成り行きで強引な木村の申し出を無視することが出来ず、意を決して連絡をする事にした。
翌日、店の営業が終わった午後七時過ぎに、木村の携帯に電話をした。暫くのコール音の後に留守電のメッセージか流れた。瑠璃子は、留守番電話を聞きながら胸をなでおろした。東京に行く日を伝えてしまうと、「後戻りができない。」と、思った。何かが始まろうとしている予感が楽しいというより億劫に思えた。その後を想像すると、手放しで喜べない自分がいた。瑠璃子が、風呂に入ろうと支度をしていると、携帯のコール音が鳴った。画面を見ると木村からだった。瑠璃子は大きく息を吐いて画面をタッチした。
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