アラ還の扉⓵瑠璃色
@kondourika
第1話◇瑠璃色の地球◇
木村聡はスーツの内ポケットからホテルのカードキーを出しテーブルの上に置いた。
「瑠璃色の地球できたのです。部屋に置いているのです。お渡したいので部屋まで一緒に行って貰えませんか?」
瑠璃子は木村が差し出したカードキーを見つめながら、これから起こりうるかもしれない事を想像して久しぶりの胸の高鳴りを覚えた。それと共に超えてはいけない一線を意識した。二十三階のホテルのラウンジの窓から見えるしまなみ海道のライトアップが美しかった。動揺を悟られない様に極めて冷静を装って言った。
「できたのねアロマグラス。見るの楽しみやわ。ここで待っているわ。持って来て。」
瑠璃子がぞんざいに言うと、木村は聞き分けのない子供の様に駄々をこねた。
「どうしてですか?人が沢山いる所じゃなくて、二人きりになれる所で見て頂きたいのです。」
酒が入っている為か今夜の木村は大胆で強引だった。瑠璃子はあえて、木村の言葉の奥にあるベールに包まれた意味に反応しない様に言った。
「帰ってゆっくり見させて貰うわ。」
「それじゃあだめなのです。」
木村は引き下がらなかった。ハロウィンが近いので木村の背後には大きなカボチャの人形が飾られていて、ギザギザにカットされた口の中のライトが光っていた。窓の外には鮮やかな飾りが漆黒の闇に映っていた。
瑠璃子は今年還暦を迎えた六十歳。木村は四十八歳。もう五歳若かったら、木村の誘いに乗っていたかもしれない。でも、一歩踏み出せない。踏み出してはいけないという分別が、瑠璃子を押しとどめた。瑠璃子は夫とは十年前に死別していて今は独り身だったが、木村には妻がいた。子供はいないと言った。
今夜の食事は、木村の勤務するアロマオイルの会社「モリー」が紹介してくれた中村佳乃子も同席していた。木村は、営業で今治を訪れると必ず佳乃子と瑠璃子を食事に誘った。
令和三年十月に入ったばかりの土曜日に、中村佳乃子から、木村が久しぶりに今治に営業に来たいと言っていると連絡があった。
「どうする?木村君からは、今までも何度か訪店の打診があったのだけど、コロナ感染拡大で、緊急事態宣言が解除されたと思ったらまた出たでしょう。会社的にも緊急事態宣言が出ると営業は待機らしいのよ。店の方が東京からは来てくれるなって拒否する所もあるみたい。今も微妙ではあるけれど、クリスマスシーズン前でアロマはかき入れ時だから来たいと言うのよ。どうする?」
佳乃子は瑠璃子より五歳年下だが友達付き合いをしていたので気さくに話ができた。
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