一期一会
Minc
第1話 のぞみ 新大阪⇨東京
ホームで並び、新大阪発、東京行きのぞみの自由席。二人席の窓側に座る事ができた。
もう日は沈み暗くなっている。どちらが富士山が見えるのだろうとかもう関係ない。
後ろの人に会釈をして少し座席を倒させてもらいペットボトルのキャップを開け、お茶を一口飲んで一息つく。
(大阪って…新大阪と大阪駅とあるなんて…まったく知らなかった…)
ペットボトルを窓枠に置いた時に鏡のようになった窓におばあさんが隣に来たのが見えた。荷物を上に載せたいようだ。
「上に載せましょうか?」
「あらぁ、ありがとう」
屈託なくこちらに向けられる笑顔にこちらも自然と笑顔になる。
降りる時にも荷物を下ろせるように
「どちらまで乗られます?」
「東京まで」
「あぁ、じゃ一緒です。降りるときにまた荷物おろしますね」
「ありがとねぇ」
これで終点の東京まで一緒という事も分かったし、隣の人が変わるという事も無い事も分かった。
ぐぐっと少し重力を感じ新幹線が発車したのが分かる。
(ふぅ…今回もダメっぽい…)
大阪の不動産会社の入社面接に行った。会社の人間が新喜劇か?っちゅうスーツで威厳あり。うん、地上げ屋?を彷彿させるファッションとどギツイ関西弁。祖母が京都の人間なので関西弁に慣れているつもりだったが、やっぱり圧倒されてしまった。お役に立てる気はまったくない。
帰りにいただいた交通費は1万円。この時代に交通費を出してもらえるだけありがたいとは思う。でも片道の料金なので、マイナスだ。苦学生の自分には辛い。
大阪のタコ焼きも蓬莱の肉まんも食べられなかった。窓の外の暗闇が自分の未来を暗示しているようで余計に不安になる。
「はい」
(えっ)
窓から隣へと視線を移すと隣のおばあさんが手を出している。思わず受け取る手を出し、手の中に何かが入る。手を広げて見ると小さいビニールの個包の中に真ん中に穴の開いた黄色いパインアメ。
「あ、ありがとうございます」
少し空腹でもあったので口に放り込む。
「就職活動?」
「あ、ハイ」
(リクルートスーツを身に付けていたらそりゃ分かるか…)
「そう…頑張ってね」
「ありがとうございます」
(とはいえ、何をどう頑張りゃいいのか…)
「東京の方?」
「いえ、埼玉です」
「あら、そうなのぉ。私は杉並」
「そうなんですね、昔友人が住んでいました」
「まぁそうなのぉ。私は今日は講演会で勉強しに大阪に行ったのよぉ」
「へぇ、東京から大阪に講演会に行くってすごいですね」
「ほんと!人生死ぬまで勉強よ!」
ものすごいハツラツに言うおばあさん。
「死ぬまで勉強ですか?」
「そうよぉ!私80歳なんだけどね、まだまだ勉強中よ」
「80歳…お元気ですねぇ!」
80歳という年齢で元気に活動しているおばあさんにも感動しのと同時に落胆もしていた。
(えぇえぇ、80歳でまだ勉強?!じゃ、まだ後何十年も勉強しなくちゃいけないのか?)
大学卒業まで勉強をしたら、もう後は仕事をして毎日を過ごして勉強という物から解放されると思っていただけにおばあさんの言葉は衝撃的だった。
そこからはおばあさんがどんな勉強をしているのかなど雑談に花を咲かせた。おばあさんの話はとても面白く興味深い話し上手な人だったので、あっという間に東京駅に着くというアナウンスが流れる。
「あ、コレ、あげる」
おばあさんはバックからキーホルダーくらいの編みぐるみを出してニッコリと笑ってくれている。
「就職活動上手くいきますように」
「ありがとうございます」
一人暮らしで人の温かさというものにしばらく触れていなかったせいか手の平に乗るくらいの編みぐるみはとても暖かい感じがした。
東京駅で荷物を下ろしてあげて、そこでおばあさんと別れた。お互い名前は名乗り合ってはいたが連絡先までは交換していないのでそれ以来彼女とはもちろん会っていない。
シミズミヨコ様
お元気ですか?地球温暖化の影響か11月だというのに半袖で過ごせる日もあったと思ったらあっという間に冬のような寒さとなりました。秋という季節はもうほとんど感じられなくなりましたね。
あなたと出会ってお話をしたのは新大阪から東京までのたった2時間22分。本当にそれだけの時間を共に過ごしただけの人間です。きっと貴女様の記憶の片隅にも残っていないと思います。
それでも私の記憶にはまだ残っております。不思議ですよね。貴女様にしてみればただ無邪気に年齢と『人間死ぬまで勉強』という事をおっしゃっただけですのに。
たったそれだけ、でもたったそれだけの事が私という人間を変えるには十分だったのです。
もう大学卒業したら勉強から解放!だなんて思いこんでいた私。本当にバカでした。今なら、分かります。本当に人生ずぅっと勉強ですね。本当にいろいろあります。貴女様に出会う前だったら投げていたかもしれません。
「学ばせてもらってる」そう思えるようになりました。
本当はあなたのくださった
あなたはきっと明るく笑い飛ばす事でしょう。それでも一人のバカ者を救ったという事実を知って欲しかったです。
新幹線に乗る度に貴女の事を思い出します。いつか私も誰かの『シミズミヨコ』になれたらと、この御恩を誰かにバトンタッチできたら…と願っております。
本当に私に出会ってくれてありがとうございました。
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