5 普通

僕たちの生活は、何事もなかったかのように再び動き出した。

けれど、その動きには微妙な違いがあった。

彼女の言葉や仕草にはどこか慎重さが混ざるようになり、僕はその変化を見逃さないようにと、いつも以上に注意を払った。


普通の毎日は続いていた。けれど、それは以前と同じではなかった。


週末、彼女とスーパーに行った。

狭い通路に並ぶカートを避けながら、彼女は一つ一つ丁寧に食材を選んでいた。

「何か食べたいものある?」

そう聞きながら、カゴの中にトマトを転がす。


「特にないけど、今日はあなたが作るんだよ。」

彼女は笑いながら、僕の腕にブロッコリーを押し付けてきた。

「また俺かよ。君が作るの楽しみにしてたのに。」

「毎回同じパターンじゃん。たまには自分で考えなよ。」


そんな他愛もない会話が、僕たちの時間だった。

彼女が「これでいいよ」と言って手に取る調味料や、カートに突っ込んだままの雑誌の表紙を見て、僕は彼女の選択が彼女そのものだと感じていた。


帰り道、小雨が降り始めた。

彼女は突然立ち止まり、空を仰いだ。

「傘、持ってくればよかったね。」

「そうだな。」

僕は小走りで近くのコンビニに駆け込み、傘を一本買った。

戻ると、彼女は歩道の端にしゃがみ込み、落ち葉を指でなぞっていた。


「何してるの?」

「これ、すごく綺麗じゃない?」

彼女が拾い上げた葉は、雨粒を受けて表面が艶やかに光っていた。

「確かに綺麗だね。」

僕が言うと、彼女は満足そうに微笑んで、落ち葉をそっと元の場所に戻した。


夜、僕たちはささやかな夕食を囲んだ。

彼女が器を拭きながら、ふと呟いた。

「ねえ、普通って何だと思う?」

「普通?」

「うん、普通の生活とか、普通の幸せとか。」

僕は少し考えてから答えた。

「多分、自分がそれでいいって思えることじゃないかな。」

彼女は小さく頷いた。


「そっか。じゃあ、今は普通かな。」

その言葉にどんな意味が込められているのか、僕には分からなかった。

ただ、それを否定する理由もなかった。

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