第66話 原作主人公のフラグを全て奪う勢いで行こう

 通信結晶から聞こえる声は、相変わらずの玲瓏れいろうとした響き。


 やっぱり綺麗な声だよな、と思いつつ、執務室の椅子に腰掛けながら口を開く。


「はい、ヒョウカ様。ご無沙汰しております」

「フフ、お前は本当に商いの為だけに通信結晶を求めたのね。もっと私に媚を売る連絡があるかと思ったけれど」


 メンショウを出てから一切連絡を取っていなかったが、それが正解だったらしい。声に楽しげな響きがある。


「お忙しいと存じまして、連絡を控えておりました」

「ええ、正解よ。忙しかったから、お前からの連絡でも不快に思っていたかもしれないわ」


 話しながら不機嫌になっていくヒョウカ。

 一体何が、という疑問は次の言葉で氷解する。


「この間、私に連絡をしてきた商人がいたのだけれど……空気を読まずに長々と話すものだから、縁を切ってやったわ。お前の垢を煎じてやれば良かったかしら」


 忙しい時の通話は面倒臭い、とてもよく分かる。


 という事で、親身に愚痴に付き合って……会話が一区切りついた所で、ヒョウカが話題を変えるように尋ねてきた。


「そう言えば、お前はネネドリア草を知っていて?」


 嫁のルリが栽培しております、とはもちろん言わない。


「はい、存じております」

「……期待せずに聞いてみたけれど、知っているのね」


 ちなみに、ネネドリア草は知る人ぞ知る薬草であり、煎じて飲む事で痛み止めになる。


……そう言えば、原作ゲームではヒョウカも頭痛薬として愛用していたな。


「であれば丁度良いわ。次に来る時はネネドリア草も持ってきなさい。今後はお前からネネドリア草を買う事にするわね」


 気候の影響を強く受け、一部の地域でしか育たないネネドリア草。

 確かに、普通は商人から手に入れる物なのだろう。


 それを魔法で栽培している辺り、やはりルリの応用力は幅広い。


「承知いたしました」

「……ところで、お前はよく声が良いと言われないかしら?」


 今は統率を高めているから、その影響だろう。声の良さも指揮官に必要な能力、という訳だ。


「い、いえ、何でもないの。忘れなさい」


 少し焦ったような、恥じらいを含んだ声。もしや。


「――“ヒョウカ様”に声をお褒め頂き、嬉しく存じます」


 前世でよく聞いていたASMRを思い出し、ウィスパーボイスを意識して話しかけてみる。


「~~~~~~っ♡」


 途端、通話越しにも分かるほど反応があった。


……なるほど、思い出してきたぞ。ヒョウカは耳元で囁かれるのに弱かったな。


 あのクールな顔立ちを朱に染めて、声を押し殺している……その絵面を想像すると、少しゾクゾクしてしまった。


「いかがなさいましたか? “ヒョウカ様”?」

「んぅっ……♡な、何でもないわ。けれど……」


 何かを躊躇ためらうような間が空いたのち、再び声が耳に届いた。


「今、進軍が停止しているから……その間、お前を私の暇つぶし係に任命するわ」

「暇つぶし係、でございますか」

「明日から進軍が再開するまで毎日、この時間に話すの。よくって?」


 通話越しに統率を高めると、こんなにも影響を与えるのか。


「承知しました。精一杯務めさせて頂きます、“ヒョウカ様”」

「んくっ……♡せ、精々せいぜいはげみなさい。今日はこれで切るわね」


 通信が切れた後、心に残る心地良い余韻の正体を探る。


「……そうか。原作のヒョウカルートをプレイした時の気持ちか」


 そうと分かれば前世の思い出も鮮やかに蘇る。


 仮想敵ではあるが……メンショウが軍事力を失った後なら、争わずに制する道もあるだろうか。


 同時に考えるのは、ヒョウカと巫女姫を含めた五人の原作ヒロインの事。


「攻略出来るなら、それが世界を裏から支配する最短ルートにもなるよな」


 大国を含めた五つの勢力……仮想敵たちに直接介入し、ヒロインたちのフラグに干渉する。


「物理的に可能なのか……? いや、恋愛が絡まなければいける、か……?」


 少なくとも挑戦してみる価値はあるだろう。


 原作主人公とのフラグを折る事になるので、たいへん申し訳ないが……。


 ヒロインたちにおかれましては、いずれ伴侶探しを手伝うという事で許して頂きたく。


 決意を固めた俺は、頭の中で攻略の道筋を描き上げるのだった。



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