第29話 罠にハメつつ、資金稼ぎもする
「まずは、こちらを御覧ください」
道具袋から大きな金塊を取り出して机の上に置けば、リンファが「ほぉ」と感嘆の声を上げる。
「これは見事なものだ。よほど大きな金鉱脈で採掘されたものなのだろうね」
「はい。この金塊の採掘場所の情報と引き換えに、入国許可証及び帝都での営業許可証の発行、加えてリンファ様個人との売買契約を結びたく存じます」
「許可証か……ヤエの紹介なのだから、人格に問題はないのだろうけど。しかし、私個人との売買契約か。一体何を売ってくれるのかな」
試すような問いかけに一つの品物を取り出す。途端、リンファが露骨に目の色を変えた。
「これは……付け毛、かい? 何て美しい……いや、しかしこの黒い仕掛けは一体……?」
俺が取り出したのは、ワンタッチで気軽に付けられるヘアーエクステンション。ウィッグ同様、執事長さんとルリに協力して作ってもらった物だ。
「こちらの品はこのように使います。ヤエ様、よろしいでしょうか」
「はい、もちろんです」
ヤエの髪に触れながらヘアピンで髪を分けたのち、付け毛を手にとって裏側のクリップを開く。
そして、髪の根本で固定して櫛を使って馴染ませる。
「このように簡単に装着出来ますし、軽く引っ張った程度では取れません。そして、外すのもほら、このように簡単に」
再び髪に指を入れて、クリップを外してみせる。
「ちなみに、これは銀髪ですが希望に応じてどのような色でもご用意いたします。納品可能な数は、月にに二、三個と言ったところでしょうか」
あんぐりとした表情を浮かべたリンファ。
わなわなと震え出した彼女に向けて、片目を閉じながら微笑みを浮かべる。
「――如何でしょうか。こちらの品を、ぜひリンファ様にお売りしたく」
「か、買うぞ! 幾らだ!?」
机に手を置いて身を乗り出し、ずいっと顔を近づけてくるリンファ。その顔は興奮に染まっている。
目の前に広がった美貌と豊かな谷間に動揺しつつ、それを表に出ないよう抑えつけて言葉を続ける。
「先日完成したばかりの品ですので、まだ値段は決めておりません。その上で……リンファ様は、これにどれほどの価値を見出して頂けますか」
しばし考えた末にリンファが提示してきた額は、最高級の装飾品にも匹敵する価格だった。
それほどの価値がついたことに驚きつつ、感情を表に出さず微笑む。
「気に入って頂けたようで何よりでございます。では、金鉱脈の情報に基づく取引は成立ということでよろしいでしょうか」
問いかけると、リンファは苦笑しながら口を開く。
「ああ、もちろんだとも。最初はなぜメンショウに、と思ったけれど、なるほどね。ヤエから私の話を聞いて狙い撃ちしに来たというわけか。強かだね、キミは。その付け毛にこれほどの価値を付けるのは確かに私くらいだろう」
「それもありますが、実は採掘場所が場所なだけに、もとよりメンショウ帝国以外に持ち込む気はありませんでした」
「ほう?」
俺の言葉を聞いて興味が増したのか、リンファが再び前のめりになった。
「実はこの金が採れたのは、カフカス大森林なのです」
差し込んだ嘘にピクリと眉が動く。
「カフカス? しかしあそこは強大な魔獣たちの巣窟のはずだが……」
「はい、とても楽しいひとときでした」
すかざす口を挟むヤエ。その言葉を聞いたリンファは「なるほど」と頷く。
「ヤエが同行していたのなら納得だ。そもそもキミとヤエにどのような交流があったのかは気になるところだけれど……」
「わたくしめの新しい刀を打って頂く予定なのですが、その鍛冶師と縁を繋いでくださったのがユミル様なのです」
ヤエの言葉選びに感心する。実際、彼女の刀を新しく鍛える計画が持ち上がっているからだ。……まだ連絡は取っていないが。
カフカスの魔獣たちとの手合わせも事実であり、ここまで彼女がついた明確な嘘は俺の名前一点のみ。
堂々とした態度も相まって、政治が低いリンファでは嘘を見抜けないだろう。
「ヤエ様のお陰で安全に採掘出来ました。また、ヤエ様の武威に恐れをなして魔獣たちが逃げ去りつつあるため、メンショウ帝国ならば制圧も容易いかと」
「確かに他の国では、魔獣が減少したとは言えカフカスを制圧するのは荷が重いだろうね」
ふむ、と頷いたあと、リンファは言葉を続ける。
「ヤエが嘘を吐く訳もないから、真実なのだろうね。斥候を派遣して魔獣の減少が確認出来れば、文治派どもの首を縦に振らせてみせよう。しかし……キミは本当にこの情報の意味を分かっているのかな」
それは、大陸に戦乱をもたらす覚悟があるのか、という問いかけだった。こちらの気持ちの熱量を測りたいのだろう。
だから、掛け値なしの本音をぶつける事にした。
「私の望みは、最強の軍団に寄り添い、子々孫々までの繁栄と安寧を得ること。その為に己の全てを尽くしたいのでございます」
その言葉を聞いたリンファが、くつくつと笑った。
「そうか、そうだね。ああ、確かにメンショウの軍団こそ最強。その通りだとも!」
立ち上がったリンファが手を差し出してきたので、握手を返す。
「気に入ったよ、ユミル。本気の想いが伝わってきた。そしてありがとう、私に戦う理由をくれて。共に覇道を歩もう」
リンファの瞳に宿るのは、戦いへの熱情と征服への意欲。
跡目争いという政争に疲れ、戦いに焦がれていた彼女にとって、俺の言葉は良い発火剤になったようだった。
その戦意の炎が軍団を焼く事になるとは、夢にも思っていないだろう。
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