第28話 武断派筆頭は美髪が狂おしいほど好き(※全て掌の上です)

「おお……これは、凄いな」


 絢爛な建物が並ぶ通りにはさまざまな屋台が出店し、襦裙じゅくんや襟高の服、短い上着に長ズボンといった衣装を着た人々が賑やかな雰囲気を出している。


 同じ首都でもフソウより更に通りを行き交う人が多く、屋台の影響もあってあちこちから威勢の良い声が聞こえてくる。


「何か食べて行きますか?」

「ああ、食べていこう」


 くすくす笑うヤエと共に、屋台を巡りながらさまざまな料理を買っては食べ、買っては食べていく。


 城門付近だから良い屋台が並んでいるのだろうか、それともこのクオリティが標準なのか、どれも美味しい。


 空腹を満たしたあと、幸せな心地に包まれながらヤエに話しかける。


「そう言えば、俺たちは今どこに向かってるんだ?」

「メンショウに滞在していた頃によく通っていたお店がありまして、そこで待っていればリンファもやってくるかと……あら」


 ヤエが何かに気づいた様子を見せたので、同じ方向へと視線を向ける。


「……!」


 視線の先にいたのは、墨のような黒髪をポニーテールにした美影身。


 緑を基調とした衣服は高い襟と龍の装飾、スリットが特徴の旗袍チャイナドレスだ。


 ただでさえメリハリの効いたボディラインが強調されているのに、胸元が大胆に開いているせいで視線が吸い寄せられそうになる。


 己の美しさに自信がなければ出来ない格好であり、事実、その女性は全身から自負心を漂わせていた。


 彼女の名前はリュウ・リンファ。ヤエの友人であり、メンショウ帝国が誇る五大将軍の一人であり、武断派の筆頭である。


「久しいね、ヤエ! どうしたんだい急に。いや、キミはいつも急だったね」

「あらあら、リンファも元気そうで何よりです。はい、リンファに紹介したい者がおりまして、連れて参りました」

「ん? 紹介したい者?」


 下げていた統率を上げて存在感を出せば、リンファがハッとした表情になる。


「これは失礼をしてしまった。私の名はリュウ・リンファ。メンショウ帝国の将軍位を賜っている。キミの名を教えてくれないかな」


 こちらの手を取り微笑みかけてくるリンファ。その視線が俺の髪に向いている事を確認しつつ、お辞儀をする。


「先日師の元を離れ独立いたしました、商人のユミルと申します。偉大なるリュウ・リンファ将軍閣下にお目通りが叶い、恐悦至極に存じます」

「そんなに畏まらないで欲しいな、ユミル。堅苦しいのは苦手なんだ。気軽にリンファと呼んでくれて構わないよ」


 ポンポンと肩に触れたあと、ごく自然に俺の髪を手に取るリンファ。恐ろしく早いボディタッチだった。


「ではリンファ様、と。お気遣いありがとうございます」

「フフ、キミのように美しい髪の男子に出会えた幸運と、その幸運を運んできてくれたヤエに感謝しなければいけないね」


 よほど俺の髪が気に入ったのか匂いまで嗅ぎ始める。そんな変態的な仕草をしても絵になるあたり、美人は得だな、と思う。


 ここまで効果があるとは思わなかったので驚きつつ、時間を無駄にしたくないのでヤエに目配せする。


「リンファ、時間は値千金ですよ。早く貴女のお屋敷に案内してください」

「おっと、そうだね。メンショウ自慢の帝都を案内するのは次の機会にするとしよう」


 ヤエと話しながらも視線が髪に向いたままだったので、少し辟易へきえきしてしまった。


 執事長さんとルリ、良い仕事しすぎである。


――リンファに案内された先は、帝城の目と鼻の先にある華美な屋敷だった。柱には龍の意匠が施されている。


 門番を含め、屋敷で見かける者たちは男女問わず美しい長髪で、リンファが性癖に素直であることがよく分かる。


「フフ、メンショウ式の家の造りが気になるのかい? それとも、調度品に目を引くものでもあったかな」

「それもありますが、リンファ様に仕える方々は皆さま凛々しく美しく動きもきびきびとしていて、聡明さがお顔立ちにも表れているので感嘆していました」


 このくらい過剰に褒めたほうが嬉しいだろうと、原作知識をもとに言葉を連ねてみたが、正しかったらしい。


 リンファが鼻高々といった笑みを浮かべて言葉を続ける。


「そうとも、この屋敷で働く者たちは皆、見た目だけでなく働きぶりも考慮して私が選び抜いた者たちだからね。キミは見る目もあるみたいだ」


 そんな会話を交わしている内に応接間に到着。香り豊かなお茶を伴った話し合いの場が出来上がった。


「さて、私としては談笑に浸りたいけれど……」


 リンファがチラリとヤエを見れば、そこにはニコニコ笑顔の剣客の姿。


「ヤエが気まぐれを起こさないうちに、本題を進めてしまおうか。――それで、商談ということだけれど、一体キミはこの私に何を提示してくれるのかな?」


 さて、ここからが正念場だ。

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