第24話 未来の大国から戦力を奪いつつ、嫁と苦しみを分かち合う

 明けて翌日、ヤエは門下生たちを集めて道場を畳むことを宣言した。


 突然の宣言に門下生たちは驚き戸惑い、反発したが、ヤエは歯牙にもかけなかった。


 とは言え、ステータスを覗いて見ると流石はヤエの道場に通っているだけあり、全員優れた武勇を持っている。


「なぁ、ヤエ。何人か勧誘してウチに連れて行っても良いか?」


 門下生たちに聞こえぬようヤエに話しかける。


 大半は身寄りがないらしいので、勧誘が成功する芽はあるはずだ。


「それは……わたくしめだけでは不満ということですか?」

「ヤエの身体は一つしかないだろ? 複数の部隊を運用したり多方面に展開したりすることを考えると、武勇に優れた人材の数は多いほうが良い」


 それに、フソウは今は中規模国家だが、原作開始時には大国になっている。 その戦力を少しでも削げるなら大いに価値はあるだろう。


「ふふっ、なるほど。そういう事であれば承知しました」


 という事で、雇用費との兼ね合いを考えた結果、とくに優秀な三人を選んで別室に連れてきてもらった。


「さて、三人とも。こちらの御方が、貴女たちに御言葉をお告げになります。しかと傾聴するように」


 ヤエの言葉を聞いて三人娘が困惑を深めるが、当然だろう。


 ただでさえ混乱していたのに、尊敬する師が謎の男に心酔しているのだから。


 少女たちの戸惑いが警戒の色に変わり始めたところで、一歩前に出て、


「ユミリシス・フォン・ヴァッサーブラットだ。ディアモント王国で侯爵位を賜っている」


 名乗ったあと、意図的に下げていた統率と武勇を一気に引き上げる。


 途端、変化は劇的だった。


 少女たちはヒュッと息を飲んだあと、畏敬にも似た表情を向けてくる。


「単刀直入に言おう。キミたちの師、ヤエ・シラカワは俺の配下になった。キミたちもまた俺の配下として迎え入れたい」


――その後。言葉を尽くした甲斐あって、三人ともヴァッサーブラット領に来てくれることになった。


 生まれ育った国を離れる不安はあれど、今よりも充実した生活が保証される点や、敬愛する師の元でこれからも学ぶことが出来る、という点が大きかったようだ。


 こうして最強の剣士のみならず、その弟子たちも引き連れてカフカス大森林に帰還したのだが。


「……ユミリシス。二人きりで話したいことがあるんだけど」


 到着するなり、ルリがヤエたちの紹介もそこそこに、深刻な表情で声をかけてきたのだ。


 そのただ事ではない様子を見て取り、二人きりになれる森の奥へと移動する。


「一体どうしたんだ、ルリ。魔石の採掘に何か問題が発生したのか?」

「ううん、採掘自体は問題ないっていうか、むしろ地表に近い場所にあるから採掘しやすいくらいなんだけど……」

「大丈夫だ、なんでも話してくれ」

「分かった。あのね、驚かないで聞いてほしいんだけど……」


 意を決するようルリが告げた言葉は、


「――カフカス大森林は、あと一年もしない内に崩壊するわ」


 俺しか知らないはずの情報だった。


「……っ」


 息を呑む。なぜ、どうしてルリがそれを、という混乱。


「こんなこと、いきなり言われても信じられないわよね。でも本当なの……この森は一年後に無くなってしまう」

「もしかして、調査の魔法でそれが分かったのか!?」

「え、あ、うん。なんだか随分飲み込みが早いわね。とにかく、天変地異でカフカス大森林は崩壊しちゃうのよ」


 ルリは深刻な表情をしているが、俺にとっては既に分かっていたことだ。驚きはなく、プレート移動を見抜いたルリへの感嘆のほうが大きい。


「分かった、信じる。それで、その崩壊はどうしようもないんだよな?」

「一時的に押し留めることは出来ると思う。でも焼け石に水ね。魔石を回収出来るだけ回収して撤退することになるのが一番良い、んだけど……」


 言葉の歯切れが悪くなり、視線を遠く、メラニペたちがいる方へと向ける。


「……メラニペには、酷な話よねって」


 唇を噛んで無念そうに呟くルリ。悔しげな表情は、妹分の大切な場所を守ることが出来ないからだろうか。


 そんなルリを気遣うように肩に手を置く。


「どうにも出来ないからこそ、メラニペの為に全力で心を砕くのが俺の役目だ」

「それを言うならアタシたちの役目、でしょ」


 少しだけ気持ちが楽になったのか、ルリの声に穏やかさが戻る。


 その言葉を聞いて、俺もまた独りで抱えていた重荷が軽くなったような気がした。

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