第7話 森での日々
部屋に入ってきたラキは無言で私を睨んでいる。
「……」
こうして見ると、ラキには少年っぽさがかなり残っている。
……やっぱり、あんまり似てないわね。目覚めたばかりで混乱していたからミラクと間違えてしまったけれど改めて見ると似ていない。
そうだ。ラキはミラクと似てなんかいない。
私は心の中で何度か自分にそう言い聞かせた。
「俺はここで暮らし続ける。ラナもだ。俺達は、冒険者になんかなるつもりはない」
淡々と告げるラキの瞳と声は相変わらず尖っていた。
ラキの否定はもっともでもある。
でも。
「本当にそれでいいの? じゃあ……どうしてラキは双剣を腰に差しているの? ラナはどうして魔術師の格好をしているのかしら?」
ラキは私をさらに鋭く睨め付けた。
「それは身を守るためだ。2人だけで平穏に暮らしていくためには、殲獣狩りをする必要もある」
「嘘ね。だってラキ。あなたは私を助けたから」
ラキは危険を犯して大河から私を助け出し道中吸血されたにも関わらず、私を連れ帰った。
「興味があるはずよ。少なくとも冒険者か他の亜種族についてのどちらかにはね」
冒険者に興味がある。亜種族や他の知らないことをたくさん知りたい。
それは帝国で少年少女が旅立つには十分すぎる動機だ。
ラキもラナも何も言わないままだ。
しかし、それは反論もしていないということだ。
「私が治り次第、一緒に都へ旅をしましょう」
ラキとラナは黙って顔を見合わせている。
双子はずっとこの森で暮らしてきたと言っていた。半亜種族ということもある。
……旅立ちの決断は、普通の人族のようにはいかないのかもしれない。
「……そういえば私の槍はどこにあるの? ドラゴンの牙で作ってるやつなんだけれど」
私は旅立ちという言葉に大事な槍の存在を思い出す。
部屋の中を見渡しながら尋ねた。
「槍? そんなものは持っていなかった」
旅の提案は無視したままなのに、ラキは平然と答えた。
「え……」
思わず絶句してしまう。
しかしよく考えると、私は眠っていたところを拘束されてミラクに大河に蹴落とされたのだ。槍は船室に置きっぱなしだっただろう。持っていたわけがない。
「あの槍まで、失ってしまうなんて……」
初めて狩ったドラゴンで、ライトが作ってくれた大切な槍だった。それさえも……ミラクのせいで失った。
旅立ってからの日々も、旅立つ前の思い出さえも。
……何もかもをミラクに、壊された。
心があの夜の嵐のように荒れる。
拳を握りしめると、まだ治りきっていない傷から血が流れる。
ラキが私とラナの間に割って入った。
ラキは私をさらに鋭く睨んだ。
……やめてほしい。そんなに睨まなくても別に暴れ出したりなんかしないわよ。
ミラクを思い出して余計に気が立ってしまうから、睨むのだけは本当にやめてほしい。
「そ、そういえばサキさんはどうして大河を流されていたんですか?」
私の殺気立った様子に、ラナは慌てたように尋ねてきた。
私とラキが喧嘩でも始めるのかと思ってしまったのかもしれない。
……落ち着かないといけないわね。
私は大きく息を吸って、何とか気持ちを静めた。
「……嫌なことを思い出してしまったの。怖がらなくていいわ。ただ……」
都、もしくは亜種族に興味があるのに、旅立ちを決意できていないラキとラナ。
私はこの二人に命を助けられた。命だけではない。
生き延びても一人だけだったら、私は、まだ旅を続けようと思えただろうか。
二人が私を助けて過去を話してくれなければ、私は立ち直れなかったかもしれない。
二人のおかげでまた未来へと歩み始めたいと思った。二人と都へ旅をしたい。
――だが、この二人を私の復讐に巻き込んではいけない。
ミラクだけは許せない。私を裏切ったことも……ニーナを殺したことも許せない。
なぜ裏切ったのか、何がしたかったのか。問い詰めなければ気が済まない。
裏切った理由を聞いて納得ができるとは到底思えないから、私は……きっとミラクを殺すことになる。
……二人には、裏切り者であるミラクを殺すつもりだなんて話せない。
「……ただ、今は大河に流されていた理由は言えないわ」
ラナもラキも、それ以上は聞いてこなかった。
私はラキとラナとまた旅に出たいと思った。
もはや抱いている気持ちは、純粋な希望だけではなかったけれども。
私は、復讐を胸に秘めつつも、この二人との未来に希望を見出したいと思ってしまった。
**
大陸戦争の末に私たちの暮らす大陸帝国は成立した。
しかし、その皇帝たる人族の王はお飾りに過ぎない。亜種族達は帝都へ集い、王を傀儡とする。
亜種族が人族を軽視し人族が亜種族を毛嫌う所以だ。
帝国西部は特に人族の多い地域だ。亜種族は好奇の対象であり、また大陸戦争の原因とされるため憎しみの対象でもある。
「おはようございます、サキさん。身体はだいぶ良いみたいですね」
「かなりいいわね」
ラナとラキ。この獣族の混血の双子の家に居座りもうすぐ、ひと月が過ぎようとしていた。
私は自我を失いラキやラナに襲い掛かって吸血する、なんてことには幸いなことになっていない。薬草や医術の心得があるという二人に治療してもらって過ごしていた。
人族の医術師の父と、末期の病だった獣族の母の間に双子は生まれたらしい。母は出産後に亡くなり、双子は父と森奥の家で暮らしていたが、父も三年前に病で亡くなったという。
二人の過去を詳しく知るほど話はたくさんした。
しかし、ラキとラナはまだ旅に出る決断が出来ずにいる。
思ったより渋っているが、私がこの家を出るときについてきてくれたら、それでいい。
私は二人が私と共に旅に出るという決断を最終的にはするという自信があった。なぜなら、二人はいつも私の旅の話や、私の故郷シャトラント村の話を楽しそうに聞きに来るからだ。
亜種族が差別されずに生きられる村は、帝国西部では稀有だ。知ってはいたが、双子の様子を見ていて改めて実感した。
私はここ数日、鍛練がてらに森でラキと刃を交えたりした。私は槍を失くしてしまったから、ラキ達の父が昔使っていたという古い槍を借りている。
ラキは中々の腕だった。カーブのかかった双剣を
正直感心したわね。足捌きも悪くなかったし。一人で狩りであれを身につけたというのだから驚きだ。
投げた双剣が返ってきて、それを避けながらラキからの攻撃も避けなければならなかった。まるで複数人を相手にしているかの様だ。
でも私の方がラキより強い。ラキは私からまだ一本も取れていない。
ラキは最初は私を警戒していたが、鍛錬を共にするうちに徐々に心を開いてくれた。
やはり、刃を交わすというのは心を交わすようなものだ。
森の中は木々で埋め尽くされている。双子の家の前だけ木を切られていてちょっとした庭のようなものがあった。私とラキは、そこでよく手合わせをする。
「楽しいね、ラキ!」
私は身を低くして踏み込み、ラキに槍を突く。
「治りかけなんだから無茶をするなよ」
ラキは後ろに飛び退き、双剣で受け流した。
結構本気で踏み込んだのに、今のを躱されるとは。
「長い間寝ていて体が鈍っているからね。動かしたいのよ」
ラキは良い奴だ。不器用なところや、警戒心が強いところもある。しかし、私の話を興味深そうに聞いてくれる。それに、強がって大人ぶっているが、すぐに感情を表にしたりして、幼さが言動の節々から感じられた。
……ミラクとなんて似ていなかったわ。私はどうかしていた。
「それだけ暴れられるなら、もう旅に戻れるんじゃねえか?」
「なによ、私に早く出て行ってほしいの? ラキとラナが一緒に来てくれるって決断してくれたら、すぐにでも出て行ってあげるわよ」
こうは言ったが、私も双子を旅に連れていくことに不安がないわけではなかった。
二人にはまだ、私がどうして大河を流されていたのかは伝えられていない。
いずれは話さなくてはいけないと思う。
でも、私の話を目を輝かせて聞く二人の目を見るといつも先延ばしにしてしまう。
もし、私が愚かにも再び裏切られるようなことがあり、二人が巻き込まれてしまったら。何度かそんな考えが頭をよぎった。
しかし、その度に決意した。この双子が希望を抱いたまま都まで旅をできるように、もっと強くなろうと。私は、もう二度とだまされたりしない。利用されたりしない。
頭の中で考えを巡らせながらラキの攻撃を受けていた。
ふと、ラキは黙って手を止めて双剣を鞘に収める。
私もそれを見て槍を止めた。
「……どうしたの?」
「サキ。俺は、三年前に父が死んでからはラナがすべてだったんだ」
ラキは静かにそう言った。
「知ってるわ。……大河を渡り都に旅をするのには危険もある。不安があるのも、わかるから」
「それがお前を助けてから変わった。吸血されて、とんでもない奴を助けてしまったのかもしれないと思ったもんだ」
「……悪かったわね。何度も謝ってるじゃない」
「そうじゃねえよ」
ラキは腰に手を当てて頭を搔きながら言った。
「俺はお前と出会って広い世界を見てみたいと思うようになった」
「え?」
「……俺は、お前と旅に出る。そう決めた」
ラキは私をまっすぐに見つめながら言う。
最初の頃は私と目を合わせてくれなかったのが嘘のようだ。
「……」
言葉が出なかった。
一緒に来てくれるだろうとは思っていたけど、こんなにも風に伝えてくるとは予想外で……少しだけ、照れてしまう。
「え……い、いいの? でも、ラナは……」
ラナも同じ気持ちだ、とラキは答えた。
いつのまにか二人で話しあっていたのかと思ったが、ラキは「俺にはわかる、あんなに楽しそうなラナを見たのは父が生きていた時以来だ」とはにかむように笑い、付け加えた。
そして、ラキは少し俯いていた顔を上げる。髪の間から鋭い目を私に向けた。
――ああ、その目の鋭さだけは苦手だ。
あいつを……ミラクを思い出してしまう。
「だから」
ラキは、その鋭さのまま言った。
「話せよ、サキ。大河でお前に何があったのか」
先の言葉を聞くのが怖かった。
ラキが何を言いたいのか本当は分かっていた。
でも、認めたくなかった。
「今は言えないって、言ったじゃない」
私は堪らず目を逸らす。
ラキが小さく舌打ったのが聞こえた。
「……お前は俺がこうやって目を見つめると決まって目を逸すんだ」
ラキは重々しく低い声で呟く。
風が吹いて森の木々が揺れる音が聞こえる。
「俺と……お前があの日言った”ミラク”って奴は、そんなに似ているのか? 」
私は口を閉ざす。
自分を誤魔化し続けるのには限界があった。
――ええ、似ているわよ。そういう鋭く突くようなところまで。
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