第14話
シレンダさんに襲われて一週間。
あの後、空間魔法はいつの間にか解かれていて、僕はフラフラしながらも何とかティア様を連れマンションに帰ったのだった。
魔力により受けた傷の治りは、いくら吸血鬼と言えど遅い。
……と言っても魔力を消費したら傷はすぐ治るんだが、いつまたシレンダさんに襲われるか分からないため、極力魔力の消費は抑え、吸血鬼元来の自然治癒力をアテにしたのだ。
もちろんシレンダさんが現れたらすぐに傷を治して応戦するつもりだった。
――だがそんな僕の覚悟も虚しく、シレンダさんの音沙汰はまったく無い。正直、拍子抜けというか、僕はすっかり気が抜けていた。
「ちーっす兄貴! 遊びに来たっす! ……ってありゃ、完全にオフ状態みたいっすね」
何故かベランダから登場したカスケードが、ソファーで寛ぐ僕を見てそう言った。ちなみにこの部屋はマンションの十階だ。
「仕方あるまい。働いてくれてるお前達には悪いが、今のアルクは充電中なのだ。わしが代わりに謝ろう」
ボーッとしている僕に代わり、ティア様がカスケードに答える。
「へ? いやいや、顔を上げて下さいよティア様! そんなことされたら俺が兄貴に殺されるっす!」
「何を言う。アルクはそんなことせん。わしの側近を愚弄するつもりか?」
「めめ滅相もないっす! 何でそうなるんすか⁉︎」
「ふふ、冗談だ」
そんな二人の会話を聞きながら、僕はやっぱりボーッと天井を見上げていた。
(平和、忘れ物、狼煙、信者、ヤマサのちくわ……)
勝手に一人脳内しりとりが繰り広げられる。気が抜けてるどころじゃない。ちくわ食べたい。
「……ねえ兄貴、なんかティア様の様子おかしくないっすか?」
僕の隣に腰を下ろしたカスケードが耳打ちしてきた。ティア様はカーペットでうつ伏せになり、コンビニで買った雑誌に目を通している。
「そう? たとえば?」
「なんか以前のティア様に戻って……いえ、あの時よりもっと……」
そこでティア様は顔をこちらに向け、穏やかな声色で話しかけてきた。
「これカスケード、アルクに何を吹き込んでおる? お仕置きされたいのか?」
「ち、違いますってば! 誓ってそんなことしてないっす! …………まじで何があったんすか?」
カスケードが心底不思議そうに聞いてくる。
確かに最近のティア様は魔王だった頃より穏やかで、僕に優しい気がする。そうなった原因は分からないが、最近起きた事件――ティア様誘拐未遂事件と、シレンダさん襲撃事件を話してなかった。
「ごめんカスケード。言い忘れてたんだけど……」
そして僕はあの日あった出来事をカスケードに話すことにした。
「――――なんで教えてくれなかったんすか⁉︎」
「そ、そうニャ! それはどう考えても大事件だニャ‼︎」
僕の話を聞き終わったカスケードが、テーブルに身を乗り出してきた。その横で驚いた顔をしたメイは、僕の話の途中で「ティア様ー、アルク様ー、豊橋名産のちくわの差し入れですニャー!」とたまたまこの部屋を訪れたのだ。ベランダから。
「だってあれからシレンダさん襲ってこないし、結局手掛かり掴めてないし……」
「うむ。だがアルクもすっかり回復したようだし、明日辺りからまたシレンダを探そうと思っていたのだ。な、アルク?」
「はい」
隣に座るティア様と顔を見合わせる。そして互いの意思を確認し、どちらともなく頷いた。
「なんかティア様だけじゃなく、兄貴もちょっと見ない間に変わったっすね。もちろん悪い意味じゃないっすよ?」
「同意ニャ。なんか雰囲気が前より柔らかくなったというか、余裕がある気がするニャ」
確かにそんな気がする。ここ最近は自己嫌悪することがなくなった。状況は何も変わってないのに、自分でも不思議なくらいだ。
「まあそんなことは良かろう。それよりせっかくメイがちくわを持ってきてくれたのだ。茶でも振る舞おう」
言いながらティア様が、メイの持ってきた紙袋を持ち椅子から立ち上がる。その様子に驚いたメイが、慌ててティア様に駆け寄った。
「ティア様は座ってて下さいニャ! 私が用意しますニャ!」
「む? ならば一緒に用意しよう。メイ、そこに皿が入ってるから四人分出してくれ。わしはちくわを切る」
「ニャ⁉︎ わ、分かりましたニャ!」
そんな二人を眺めながら机を拭こうと思った僕に、カスケードが「ティア様、まじでどうしちゃったんすか……?」と、オバケでも見たような顔で話しかけてきた。
「驚いたでしょ? 実は僕が傷を癒やしてる間、ティア様が家事を手伝ってくれてたんだよ。もちろん最初は断ってたんだけど…………ほら、ティア様は一度言い出したら聞かないし。それで、今は二人で分担して家のことするようになったんだ」
側近として在るまじき事だとは分かってる。だけどティア様は楽しそうに家事を手伝ってくれるし、僕もそれが楽しいと感じていた。
「まじっすか……同棲始めたカップルみたいっすね……」
「むしろ『流石、500年連れ添った主従っすね』って言ってほしいくらいだよ」
カスケードの声に似せてみた。我ながらソックリだ。
「相変わらず兄貴のモノマネのレベル高すぎるっす」
「ふふふふ、どや」
なんて馬鹿なやり取りをしながら机を拭き終わる。ちょうどティア様達もお茶の用意が終わったようだ。
小皿に盛られた半分にカットされたちくわと、ティア様お気に入りの緑茶が湯呑みで湯気を昇らせている。
「さて、出すのが遅くなったがゆっくりしていけ二人とも」
お盆を抱えたティア様に、僕達は再び席に着いた。
「――そういえば俺、ちょっち気になる情報をゲットしてたんすよ」
小腹を満たし終え、食器を片付けていた僕にカスケードがそう切り出した。
ティア様はメイを自室に連れていった。恐らく自慢の小物と、ぬいぐるみコレクションを見せているんだろう。
「カスケード、それってシレンダさんに関係する情報?」
「……多分。いえ、さっきの兄貴の話からすると、間違いないと思うんすけど」
そう前置きし、カスケードが話し始めた。
「最近俺を推してくれてる太客のマダムがいるんすけど、その人が教えてくれたんすよ。俺達がこっちに来たのと同じくらいの時期に、見慣れない黒髪美人がマダムの経営する不動産会社を尋ねて来たって。その美人は金もカードも無いけど、一時的に住む場所が欲しいって言ってきたらしいんす」
なるほど、確かにそれだけ聞いたらシレンダさんの可能性が高い。
「ちなみにその人の顔はどんなだったの?」
「もちろん兄貴の描いた絵を見てもらったっす。そしたら雰囲気は似てるけど、顔は違うって言われたんすよ」
(別人……って断言はできない。むしろ僕達から身を隠すために身体変化で顔を変えてるって考えた方が自然か)
思考を巡らす。カスケードもその可能性は考慮しているだろう。
「んで、家は紹介できないけど、この街には人が住んでない家が何軒もあるから、人にバレないようにそういう場所を探したらどうか。もちろん不法侵入で捕まらないように気をつけろ。私にそう言われたことは黙ってなさい。って伝えたら、その美人はお礼を言ってどっか行っちゃったらしいんす。…………兄貴はどう思うっす?」
そこでカスケードが僕に意見を求めてきた。だけどその話を聞く限り、僕の中で答えは出ていた。
「明日から豊橋中の空き家や廃墟を探すことにするよ。ありがとうカスケード」
「へへ、兄貴の役に立てて良かったっす!」
ようやく見えてきた手掛かりに希望を見出し、嬉しそうに鼻を擦るカスケードの肩をポンと叩いた。
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