第4話
それは黒い渦だった。
メイに案内されたシレンダさんの部屋。その壁に掛けられた姿見は僕達の姿を写さず、真っ黒な渦がグルグル回っている。
「アルク、解析」
「はい」
言われるまま渦を凝視。そこに含まれる魔力の性質とそこから導かれる効果を、過去の経験と知識に照らし合わせていく。
そしてしばらく渦と睨めっこをした僕は、一つの結論に思い至った。
「多分ですけどこれ、異世界に通じるゲートです。どこに通じているかは分かりませんが、シレンダさんの魔力残滓もここで途切れてますね」
つまり考えるまでもなくシレンダさんはこのゲートの先にいる。
シレンダさんは空間魔法の使い手だった。そこにティア様の魔力が加わり、異世界に通じるゲートを造れるまでに至ったんだろう。
「シレンダめ、何のつもりだ全く。そこまでして逃げる理由はなんだ? ますます聞かねばならんではないか」
本当にその通りだ。それにしてもこれに入るのは勇気がいりそうだ。下手したらこれは罠で、入ったら二度と戻れない亜空間か、酸素や魔素がまったく無い空間に出るかもしれない。
だがそこは流石ティア様。まったく怯む様子もなく、迷わず渦に近付いていく。そこにはシレンダさんに対する信頼もあるかもしれない。
そしてティア様の手が渦に触れようとしたその時、明るい声が僕達を呼び止めたのだった。
「ういーっすティア様! それに兄貴にメイっちもお揃いで! 何して遊んでんすか?」
閉めていたはずの扉が開かれ、そこから背の高い赤髪が僕達を覗き込んでいた。
「げっ、カスケード……何をしておるのだ?」
この場にそぐわない明るい雰囲気。シリアスとはほど遠いカスケードの登場に、魔王様が嫌そうな顔をする。
「げっ! なんて酷いっすよティア様! 俺はティア様にこの城の巡回を命じられてるんすよ? シレンダさんの部屋から怪しい魔力を感じたんで見に来たんす!」
その割にしっかり魔王様からティア様呼びになっている。オマケに肩には長旅にでも持って行きそうな大きい皮袋を担いでいる。
どこから聞いてたか分からないが確信犯だろう。
「――――はぁ。当初の予定より騒がしいメンバーになってしまったな。お前達、どうせ断っても付いてくる気なんだろう?」
ティア様が大きなため息を漏らす。言いたいことは山ほどあるはずだが、二人の気持ち、決意を汲み取ったんだろう。
「私はティア様個人に仕えておりますのでニャ」
「ぶっちゃけこの城も魔界も平和過ぎて暇なんすよねー。俺達の冒険はこれからだ! って憧れてたんすよ!」
本当に困った二人だ。せっかくティア様と二人旅に行けると思ったのに、賑やかな旅になりそうだ。
だけどティア様の顔に浮かぶ楽しそうな表情に、魔王の座から降りどこかスッキリした少女に、僕は目が離せなくなっていた。
「…………ん? どうしたアルク、行くとしよう」
差し出される真っ白な手。まるでダンスに誘うようなティア様の手をそっと取り、僕は自然と笑顔を浮かべていた。
「はい! 行きましょうティア様!」
――――こうして僕達一行は魔界を離れ、異世界に旅立つことになった。
間幕
――最初に感じたのは驚きだった。
目を覚ますとすぐ近くにアルクの顔があったのだ。驚くな、と言う方が無理がある。
幼い頃に偶然拾い、かれこれ長い間連れ添った側近。いつの間にか背も伸び、だが優しくあどけなさを残した整った容姿。
その細く艶やかな金髪と、同じく黄金の瞳は、侍女魔族達の中でも人気があるとシレンダから聞いたことがある。
……まあそれは置いといて、すぐに驚きは加速した。
自身の身に起こった変化は、驚きとか驚愕なんてレベルではなかった。
生まれ付き身に宿していた強大な魔力は空っぽで、その影響か体も小さくなっていた。背丈に関してはアルクの胸元までしかないだろう。
そして何より、昨夜まで、長い間抱えていた大きなナニかが無くなっていたのだ。
その正体は分からないが、何物にも代え難いモノだという確信がある。
……シレンダならきっとその正体を知っているだろう。どうしてわしからソレらを奪ったのか、どうしてそんなことをしたのか、そんなこと問い正す気は毛頭ない。
わしの一番の理解者であり相談相手の彼女が本当に裏切ったとしたら、それはわしが至らなかったんだろうと割り切れる。
――ただ知りたいのだ。思い出したいのだ。
魔王として君臨し、聡い家臣達に囲まれ、何一つ不満も不安もなく過ごしていたわしが、何を思い悩んで何を抱えていたのか。
そして、全てを思い出した時、自分が何を選択するのか、わしはその答えを知りたいのだ。
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