4月2日:暴食魔の夜食
住宅街から明かりが消え、次の日を迎えた深夜。
リビングの間接照明のみを点灯させ、男は妹が持ち帰ったカレーにありついていた
「もっも。もっも」
「双馬ぁ…僕もう寝るねぇ…」
「ん。お休み一馬」
「…あ、あのさ。双馬兄さん」
「どうした、三波」
「…まだ食うの?」
「ああ」
「そ、そうか…おやすみ」
「ん。お休み」
九重家の面々も、それぞれ一日を終える時間帯。
既に寝ている司と奏、それから説教を終えてぐったりとしていた志夏以外は、まだ起きていたが…今日の為に休息を取ろうと動き出した。
ただ、双馬だけはまだ起きている。
純粋に深参が買ってきてくれたカレーを堪能したいという気持ちが一番ではあることを否定しない。
ただ、唯一「普通盛り」で買ってきて貰ったカレーと、自分が手土産として買ってきたロイヤルロールケーキを食べる人物が、部屋に引きこもったまま。
きっとあの子は全員が寝静まった頃に、やってくるだろう。
明日も仕事がある。酒も少々残っている。
それより大事なことも…残ったままだ。
それが消えるまでは、眠ることなどできない。
「ねえ三波。深参兄さん、カレー何個買ってきたっけ…」
「二十五個。いつもより少ないな」
「それで少ないって…感覚おかしくなりそう」
「同感。それよっか桜。明日は予定通り出かけられそうか?」
「うん!ちゃんと有給取ったよ!いっぱい遊ぼうね、三波!」
「ん」
仲睦まじく部屋へ向かう年子の後ろ姿を見送り、双馬は再びカレーを口に運ぶ。
カレーの代金は勿論送金済。
時間が経過しているから冷めているけれど、電子レンジで温めたら元通り。
ふかふかご飯の上に、好みの辛さで整えられたルー。
サイトの情報を見ると、どうやらカレー担当者なるものが存在しているらしい。
その担当者がスパイスの研究を続け、オリジナルの組み合わせで調合したカレーがこれらしい。
「テレビで特集されるだけはあるなぁ…もっも」
「…」
「音羽も食べてみないか?夜、何も食べていないだろう?」
「…ん」
全員が部屋に戻ってきたタイミングで、入れ替わるようにしてリビングにやってきたのは音羽。
志夏が帰宅した後、泣きながら説教を行い…部屋に引きこもった彼女は晩ご飯を食べていない。
予めいらないと伝えていた双馬の分以外は、全員分用意した上で…だ。
昨日の晩ご飯は三波の希望通りにハンバーグだった。
デミグラスソースまでこだわった逸品だったそうだ。
暗い表情で対面の席に腰掛ける音羽と入れ替わるように双馬は席を立ち、電子レンジで普通盛りカレーを温め始めた。
「何食べるの?」
「カレー。深参が買ってきてくれた」
「ああ…あれ」
「音羽が作ったハンバーグ、残ってる?」
「多分、私の分が…食欲無かったから、焼いてない状態であるはず」
「じゃあそれ、今すぐ焼こう」
「えぇ…。こんな時間に?」
「ハンバーグカレーならできるかなと。デミグラスソースは、消化されているっぽい…残念」
「そう、なんだ…」
音羽は冷蔵庫から形成された焼く前のハンバーグを取り出した。
自分の分だけじゃなく、おかわりを見込んで少しだけ多めに作られている。
別に今日食べても食べなくても問題は無い。
食べたらそこまで。食べなければ、明日のお弁当のおかずになっただけ。
「明日じゃなくていいの?お弁当に入れるよ?」
「あったかいのがいい。できたてほやほや」
「双馬兄さん、よだれ出てるよ」
「おっと…」
「ご飯のことになると、いつもそうなるけど…外では大丈夫なの?」
「大丈夫だ。オーバー分も自分の貯蓄の範囲でやっているからな」
「それならいい…のか、悪いのか分からないけれど…いいのかな」
「大丈夫だ」
「お弁当、足りてる?」
「不思議と昼はあまりいらなくてなぁ…」
「成人男性の普通程度で済むから、助かってはいるけれど…」
「苦労をかけるな」
「大丈夫。作るのは楽しいし…でも、どうしてそんなことに…一馬兄さんも深参兄さんも、食事にこだわりとかないのに。なんなら少食なのに」
「得られなかったものを、食事で得ようとした結果かもなぁ…」
その先を聞こうとしたと同時に、電子レンジの完了音が響く。
これ以上は何も言わないと告げるように、双馬は電子レンジの扉を開きに行く。
音羽もこれ以上は無理だと察し、ハンバーグを二つ、フライパンの上にのせ、コンロのスイッチを押した。
「後は俺がやるから。ご飯食べな」
「ありがとう」
カレーを受け取り、先にテーブルへ。
愛用のスプーンを片手に、音羽はいただきますをした後…少し遅い夕飯にありついた。
「ねえ、双馬兄さん」
「んー?」
「なんで待っていてくれたの?」
「俺はカレーを食べていただけ。食べ終わったら部屋に帰るつもりだった」
「そういうことにしておく」
音羽は知っている。二番目の兄は誰よりも保護者の一面が強いことを。
両親の葬式、心労が祟り倒れた一馬と同時期に親友が大変な事になって憔悴した深参の代わりに、喪主を勤め上げ、泣きじゃくるきょうだいを涙一つ見せずに支え続けたのを誰か知っている。
その日の晩に、泣けなかった分、一人で沢山泣いた事も知っている。
家族の為に、子供として、九重双馬としての時間を犠牲にしてきた兄のことを、音羽は特に尊敬している。
どのきょうだいよりも優しくて、強い兄のようになりたいと、その背中を追いかける程に。
「その道は、ちょっと大変だけどね…」
「何か言ったか?」
「ううん。なんでもない。そろそろハンバーグ焼けたんじゃない?」
「確かに。さ、食べよ」
今日が昨日に変わる頃。二人の兄妹は晩ご飯にありついた。
本音はまだ、そこにはない。
けれどいつか、食卓に並ぶ時はやってくるだろう。
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