九重さんちの四季折々。
鳥路
4月:九重家の新生活
4月1日①:次男と、四男と三女
朝五時半。
九重家の目覚ましが鳴る時間は、結構早い。
三つの部屋から、同じ時刻に同じ目覚ましの音が鳴り…三人同時に部屋を出てくる。
「おはよう、
「おはよう、
「おはよ〜。双馬兄さん。三波兄さん」
三人同時に挨拶を終え、並んで一階のリビングへ降りていく。
特に理由はない。ただ、三人の行先は同じ。
それに、ちゃんと早起きをしている。わざわざ前を抜かして目的地に向かうほど急いではいない。
だからなんとなく、並んで歩いて行く。
その間、真ん中を歩いていた三波は前方を歩く兄の足取りがいつもと違ってふらふらな事に気がついた。
疲労ではない。じゃあ何が原因か。
「大方、いつものあれだろう」と、理由に確信を持った上で、三波は双馬の肩を掴み、動きを一度静止させた。
「…双馬兄さん。眼鏡は?」
「家だし、無くてもある程度平気だ」
「家でもやめろよ。将来誰か巻き込んで怪我させるぞ」
「危ないからやめてほしいなぁ…」
「大方、昨日洗面所に忘れてきたな?」
「…なぜ分かる」
「だって、双馬兄さんはいつも私達が寝た後…こっそり洗面所に行って、コンタクトつける練習をしているし…」
「つけられた試しは一度も無いけどな…バレていたとは」
そりゃあ、毎日夜中に洗面所に向かって「怖くない…怖くない…」と呟きながらコンタクトを指にくっつけて震えていたら絶対バレるに決まっているだろう。
気づかないのは、毎日ぐっすり眠っている長男と長女のコンビだけ。
…なんて、正論を三波も音羽も喉先まで出かかっていたが、必死に飲み込んでおく。
これは九重家次男の沽券に関わる問題なのだ。指摘してしまえば半年は落ち込んだ状態で過ごされてしまう。
「三波兄さん、ここは抑えてね…」
「分かってるよ。双馬兄さんはメンタルクソ雑魚なんだから…こんな羞恥が周知されている現実を朝からバラしてみろ。半年どころか一年はうじうじするぞ」
「どうした、二人とも」
「ううん。ただ、怖いならやめたらいいんじゃないかなって話を三波兄さんとしていたんだ」
とっさに答えるのは体裁用の返答。
音羽は三波に軽くアイコンタクトを送り、三波はそれを受け取った。
三波もそれに続くように…話題を進めていく。
「ああ。別に絶対コンタクトにしたい、とか絶対コンタクトじゃないといけないとかそういう話じゃないんだろう?」
「それに、双馬兄さん、眼鏡が似合っているしさ!」
「「区別」が付くし、ちょうどいいんじゃねえのとは思うけど?」
「そうか…」
「てかさ、聞く機会なさ過ぎて聞けなかったんだけど、何でコンタクトにしようと思ったんだよ」
「あ、それ思ったかも!」
「…笑わないか?」
「「笑わない笑わない」」
「…ゆ」
「?」
「?」
「…今日はエイプリルフールだし、司に嘘を吐いてみようと思って。眼鏡がなくても見える…みたいな。色々分かる年頃になったし、さ」
「…」
「お茶目さんだね、双馬兄さん」
その言い訳は勿論嘘なのだが、それを鵜呑みにしたのは音羽のみ。
三波は覚えている。自分と年子である
その存在から「眼鏡をかけていないそうちゃん、見てみたいな〜」とかお願いされて、四年間健気にコンタクトへ挑戦していたのだろう。
「…エイプリルフールの隠し芸ならともかく「お隣さん」のお願いならこれからも継続していたらいいんじゃないか?」
「…そうするよ」
それから、三波の誘導で洗面所まで連れて行かれる。
後は三人交代しながら顔を洗い、音羽は最後に洗面台端に置いてあった眼鏡を双馬に手渡した。
そこから、互いに寝癖を整える。九重家は全員髪の癖が酷い。
自分だけでは手が回らない部分や気づかない部分があるので、こうして一緒の時間帯に起きる兄妹と組んで寝癖を直すのは日常だ。
「三波、いいのか?」
「三波兄さん、寝癖のままじゃん」
「誰も俺が寝癖だらけでも気にならねぇって。それよっか庭の手入れが優先だ」
「三波」
「んー?」
「清宮さんの誘い、受けたんだろう?紹介してくれた彼の顔に泥を塗らないよう、身なりには気を遣った方がいい」
「…じゃあ、終わった後に」
「ああ。庭の手入れが終わったら呼んでくれ。手伝うから」
「へいへい」
三波が軽く手を振りながら洗面所を出て、居間の方へ歩いて行く。
「…三波兄さんが言うこと聞くの、珍しい」
「元々三波は聞き分けがとてもいいぞ」
「上四人だけじゃないの?」
「そんなことはない。就職を機にイヤイヤ期が終わったから、昔みたいに素直で義理堅い優しい子だよ」
「その「昔」が上手くわからないんだよ、双馬兄さん…」
「三波は音羽が小さかった頃に留学していたからなぁ。小さい頃は…」
話を振った身で言うのも何だが、これは絶対長くなる…
それを理解した音羽は諦めて傾聴しようと壁にもたれかかると同時に、洗面台に誰かやってきた
「双馬兄さん、暇そうだな。庭に来るか?」
「今から風呂掃除するから行かない」
「だったらさっさと手をつけろ。俺も音羽も、あんたも暇じゃないだろ」
話を聞いていたのか三波が引き返してきたらしい。
「…小さい頃の話をこいつに振るな。長くなる。借りは今度返せ」
「…理解。そして感謝。今夜はハンバーグ」
「デミグラスな」
去り際にパパッと耳打ちで会話をこなし、今度こそ庭先に向かう背を見送る。
四男「九重三波」は、三女「九重音羽」よりも身長が10cm低い。
音羽は平均的な中学一年生並みの身長があるが、三波は148cm。
19歳の男性にしては、異様に低い。
それでも、その背は他の兄達同様大きく見えた気がした。
「…残念だなぁ。じゃあ、俺はこのまま風呂掃除に入るから」
「うん。お願い。私はいつも通り朝ご飯とお弁当作るね!」
「いつもありがとう、音羽。でも、大変じゃないか?」
「大変と言えば大変だけど…私、お料理好きだから。嫌とか思わないし、むしろ楽しいな」
「そうか」
「だからこれからも甘えてね。流石に、受験の時は考えるけど…その時は相談する!」
「中学入学前から意識高いな…いや、むしろそれが今の当たり前なのか…?」
「だって…私も、あの高校に進学したいし」
「?」
「ううん。また今度話すね。それじゃあ今日も頑張っていきましょう!」
「ああ」
洗面所で二人、行先を分けてそれぞれ朝の仕事に取りかかっていく。
次男「九重双馬」は、洗剤を染みこませた風呂掃除用スポンジを浴槽に擦り、のんびり考える。
(三波はやっぱり優しいまま。「あんなこと」があったから心配していたけれど、俺の長話に付き合わされそうな音羽のフォローへささっと入ってくれていた)
(面倒見がいいのも変わりない。本当に、昔と変わりない)
(しかし、音羽がもう進路を見据えているのは驚いたな。志夏の時とは大違いだ。お利口すぎて涙が出てきた)
(どこか行きたい高校が決まっているというのはいいことだと思う。俺は
(…私立だったらどうしよう。貯金はしているが、同時に教職を目指している
(…いや。ちゃんと志夏以下は望んだ進路を選べるようにしようと上五人で決めただろう。弱音を吐くな。ちゃんと送り出す。ちゃんとやりたいことをさせてあげるんだ)
風呂掃除を終えた後は洗濯。
洗濯は八人全員纏めて行う。男女別に洗う贅沢精神は持ち合わせていない。
しかし、当番で仕事。全員産まれた時から知っている兄とはいえ、妹たちの衣服に触れる抵抗はちゃんと持ち合わせている。
勿論、妹たちも異性である兄に衣服はともかく下着に触れられるのは抵抗があるし、兄達に抵抗があることも知っている。
四人で全てネットに入れてくれているのは、双馬としてもありがたい。
干す時は手が空いている妹が必ず手伝いに来て、触れないようにしてくれているし、畳む時も同じ。
勿論これは相談して解決したこと。
「兄妹仲がいいとはいえ、ちゃんと線を引くべきところは引いておこう」
九重家九人兄妹がこうして暮らすようになってから設けたルールは、今も絶賛継続中だ。
「…よいしょっと」
八人分の衣服を洗濯機に入れて、洗剤と柔軟剤を入れてスイッチを押したら、朝の仕事はひとまずおしまい。
また、長考の時間に突入する。
(…志夏は高校を何故か土岐山の高校を希望したが、大学は「近所がいい〜」って言うから絶対に神栄大教育学部。一馬と一緒になるはず)
(問題は今期から三波の職場になるからどう反応するかぐらいか…)
(だから学費の算段はつけやすい。問題はやはり音羽。早めに、音羽の進学先は聞き出さないと)
(これに加えて
(…あーあ。宝くじとか当たらないだろうか。そうしたら、こんな悩みとは無縁になるんだが)
ため息を吐いた後、冷静さを取り戻した彼は今のうちに着替えておこうと、部屋に折り返す。
彼はまだ知らない。
今日悩んだ時間の答えが出るのは、二年後の話。
次の更新予定
九重さんちの四季折々。 鳥路 @samemc
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