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程なくして
彼女のプロフィール欄には、たった2行でこう書かれてた。
『歌うことが大好き!よければ聞いていってください!』
津結は、持ち前のエネルギーでガンガンと前へ進み、音源を探しては歌を乗せ、それを次々と投稿していった。
音源を探すのは簡単らしい。とにかく自分の曲の拡散を求め、クリエイターが
そのくせ、クリエイターから歌い手への反応度合いはまちまち。というより私の観測した限りでは、有名であればあるほど反応しなくなる。
恐らく、反応を要する数が多すぎるからだ。数が多くなれば自然、大変な労力になるわけで、仮に1つでも反応を漏らせば『なんであの人に反応したのに、私のには反応しないんですか!』という不平不満が出てしまう。そうならない様にするには、公平に全てに反応するか、平等に一切の反応をしないかのどちらかを採るしかない。動画サイトに張り付いていられるほど暇ではない売れっ子クリエイターは、自然と後者へ傾いてゆく。
よって拡散されるとしても、有名でない人からの拡散しか期待できない。その拡散力は微々たるものだろうことは、想像に難くなかった。残酷だが、これが厳然たる現実だった。
実際津結は、2〜3週間に1本という途轍もないペースで歌を上げていたにも関わらず、それほど登録者数は伸びなかったし、再生数も伸びなかった。再生数なんて、初めは2桁だったはずだ。
勿論、緊張していて普段の全力が出せていない部分があったり、いわゆるMIX(音源と録音した歌声を合わせること)が
この広いネットの海では、別に珍しいことではない。そもそもの『歌ってみた』動画の数が多すぎるし、余程の運がなければ津結の動画に辿り着かない。よしんば辿り着いたとしても、再生数の少ない津結の動画より、その他に再生数が多い動画があれば、『再生数の多い方がまだマシなクオリティだろう』とバイアスが働き、津結の動画が開かれることはほとんどない。
要するに津結は、ネットの洗礼を受けた。
それでも、初めは歌を歌って投稿する行為そのものに楽しさを覚えていたので、特段気にはしていなかったようだった。けど、暫くやってみても再生数は伸びない。それはつまり、津結の歌を聴く人があまりに少ないということだ。
折角自分が作品を作り上げても、視聴者がいなければ張り合いがないし、感想がなければやりがいもない。津結はここに来て、『もっと再生数を増やすには――自分の歌を聴いてくれる人を増やすにはどうしたら良いか?』を真剣に考えるようになったらしい(これは後で聞いた話)。
そしてその疑問の答えは至極簡単かつ明確で。
ともかくも、『認知』させることだった。
受験で活動が一時止まったものの、ピチピチの
まずは歌い方の引き出しを増やした。そのために他の動画を見たり、合唱部に加入したりした。しかも運のいいことに、その先生は声の出し方の指導が上手く、津結の歌はメキメキ上達していった。お蔭で綺麗で澄んだ歌声を軸に、様々な声色や歌い方を会得していった。
次に認知だ。これは3つ方策があったようで、1つは雑談やゲーム配信の新設、1つは歌ってみたの投稿頻度増加、もう1つはSNSの運用だった。1つ目の雑談・ゲーム配信は所謂『中の人』のキャラクター性を前面に押し出すため、2つ目の投稿頻度増、3つ目のSNS運用は言うまでもないだろう。
特に雑談は良かったし、面白かった。元々ワンパクなエピソードが多い妹のことだ。まったくと言っていいほど話題は尽きなかったし、最近経験したことも適宜織り交ぜては話をしたり、コメントへの返しも中々だった。この辺りは本当に才能だろう。
そして歌の投稿も、ただ投稿するだけでなく、ネット上で開催されるコンテストにも参加した。こうしたコンテストは年々盛り上がりを見せていて、認知度を高める好機でもあった。それでも上には上がいるもので、上位には食い込むものの、中々優勝とまではいかなかった。
歌が好きで、歌ってさえいればよかった津結はいつの間にか、歌うことのやりがいを感じるため、登録者数と再生数――自分の歌を聴いてくれる人をも求めるようになった。
それでも、歌を日常的に歌うことはやめていなかった。風呂場でも朝の支度中でも、津結は相変わらず歌っていた。
とても、楽しそうに。
根っこの所では、津結は何も変わっていないように見えたし、実際そうだった。
――私は、その過程をそっと見守るように、動画サイトからイヤホンを通して流れる津結の歌や声を聞いていた。自称・ファン1号として。初めは『隠れファン』として何もせずに静観していたけど、次第に動画に高評価を押したり、コメントを残したりするようになった。
創作のエネルギーは他者からの
だからせめて、私だと推測できないユーザー名でアカウントを作って、津結の応援を始めた。それが嬉しかったのか、津結は私のコメントに時々返信をしてきた。実際に津結に会った時、この話をニコニコしながらしていたから、本当に嬉しかったのだろう。ただ、私が応援していることは全く分かっていない様子だった。
これで、良かった。
私はただ、元気な津結の声を聴いていさえすれば、幸せだったから。
そしてその隠れた思いに応えるように、津結は歌ってみたの動画も投稿し続けてくれた。
色々な施策が功を奏したのか、登録者数もじわじわ伸びてくる。再生数はこの時点で最大で数百回くらいなものだったけれど、最初の2桁台だった時よりは全然マシだった。
少しずつ、津結の歌声を聴く人たちが増えてきた。そのお蔭で創作のエネルギーは尽きず、津結はただただひたすらに突き進み続けていた。
そんな津結にとって大きな転機となったのは、2019年。
津結、高校2年生のとき。
当時流行ったボーカロイド曲『グローリンボーイ』の歌ってみた動画だった。
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