Chorus.
21
「…………ええ。そうです」
スパイプログラムの検索結果を――合歓垣燻離に妹がいたという事実を、燻離学生は認めた。
その瞬間、私は随分前(と言っても、1ヶ月ほど前)の彼女の言葉を思い出していた。私の講義を聞いた後の会話だ。
『……だって、もう私だけでは、取り返しがつかないとこまで来ているんですから。』
取り返しのつかないとこ。
それは、誹謗中傷を受けて暴走し、その末に私を脅して自律AIを作るよう強要したことを指すと、勝手に思っていた。
だが、違う。
それは『引き返せないとこ』でしかない。
『取り返しのつかない』とは即ち、何かを間違えて、そして失ってしまったことを指す。
燻離学生は、何かを間違えて、妹を失った。
だとすると、燻離学生の復讐の目的は、自身の受けた苦痛を返すのではなく、自殺に追い込まれた妹への手向け。
『死んだら、全て終わりだ。生きてこそ、幾らでも対抗できるし、挽回のしようもある』と言った記憶がある。その時の自分を思い切りぶん殴りたくなった。過去の自分からしたら理不尽極まりないだろうけど。
妹は死んでいる。
挽回など、しようがないのだ。
『誹謗中傷って、人を殺すんです。』
彼女はそうも言った。
殺されたのは、燻離学生の未来ではない。妹の未来と、命そのものだ。復讐のために、燻離学生は自らの命を
「……
燻離学生は、ぽつぽつと、語り始めた。
まるで自供でもする様に。
「歌を歌うことが、大好きでした」
***
歌を歌うことが大好きで、風呂場でも、テレビのCMが流れた時も、朝の身支度をしている時でさえ、津結は鼻歌を歌っていた。
歌の種類は大体が流行りの歌か、ボーカロイドの曲。ボーカロイドの曲については、私もあまり知らない曲を歌うこともあったけど、それでも私は、妹の歌が好きだった。
あの、綺麗で澄んだ歌声。ガラスでできた
それを聞くのが、毎朝の日課になっていた。
朝目覚めて部屋を出ると、右の方にある妹の部屋から歌声が聞こえてくる。何の曲かは知らない。けど良い曲だな、とは思った。
暫く立ち止まって聞いてると、歌声が止む。朝の身支度が終わった合図だ。ひょこっと部屋から出た津結は、ツインテールに制服の、可愛らしい学生姿をしていた。
時は、2017年。
当時、中学3年生の15歳。津結は、受験の真っ最中だった。
「あ、おねーちゃん! おはよ!」
津結は、とびきりの笑顔で私に手を振る。私も「おはよう」と返し、いつも通り会話する。
「今日は何歌ってたの?」
「あー! またおねーちゃん、私の歌を盗み聞きしたなー!」
「いやだって……ドア開いてるし」
あれだけの歌、誰だって聞き入っちゃうし――それだけは、恥ずかしくて言えなかったけど。
「ま、そうだよね〜。……あ、歌ってた曲だっけ。『ルゥキィ』っていうボカロ曲なの。めっっちゃ凄いんだから! こう、勢いが! バーッて来る感じ! 分かる?」
分からない。あまりに感覚的すぎる。
当然分からなかったので、私は曖昧に微笑んだ。それでも気を良くしたのか、津結は話を続ける。
「歌詞も良くてさ。
私は、津結のそのエネルギッシュさが好きだった。エネルギッシュ過ぎて、昔はかなりヤンチャをしていたけど……親や先生にこっぴどく叱られてからというもの、そして受験勉強で忙しくなってからというもの、津結はかなり大人しくなっていた。
しかし大人しくならざるを得なかったから大人しくしているだけであり、だからこそ発散できず爆発寸前の身に余るエネルギーが、津結の中には満ちている。さらに、受験でストレスも溜まっていたはずだ。
要するに津結は、いい加減その発散先が欲しかったのだろう。
一体、何を始めるんだろうか。
「何を、始めるの?」
ドキドキしながら続きを待ってはいたが。
スカートをひらめかせながら、くるりと体をこちらへ向けて。
「ふふ〜、秘密〜!」
ウインクをしながら、人差し指を唇に当てた。イタズラな笑みのオマケ付きで。
……後に。
私はすぐに、津結が顔出しを一切しない、ネット上で活動する歌手――いわゆる『歌い手』となったのを知る。
1つ歳を重ねて、16歳で歌い手デビュー。それは当時にしては特段珍しいことではなかった。実際、同年齢で歌い手になった人は多いし、今や有名なバンドマン(バンドウーマン)や有名歌手、果てはドームツアーまでやり遂げる人なんかが、「実は『歌い手』出身でした!」なんてのは、今やよくある話。
そういう流れの端緒に、津結も乗ろうとしてた。
この歌い手になるという事実を知ったことは、この時の津結には一切バレていなかった……ハズだ。
私は、自他共に認めるシスコンではあったけれど、妹への領分の踏み込み方や踏み込み度合いには、十分に気をつけていた。だって、あまりに踏み込み過ぎて『気持ち悪い』と遠ざけられてしまったら、私にはその方こそ辛い。
でも妹が始める活動のことも、知りたい。
シスコンという名の欲望と妹に嫌われたくないという理性の2つに折り合いを付けた結果、私はいわゆる『隠れファン』になることに決めた。……結局、1番キモい選択をしてしまった気がする。
そんな奇妙な関係性が出来上がるのを、津結は知らないまま。
そしてこの津結の決断が、最悪な結末に向かうことを、想像さえできぬまま。
「教えてくれたっていいじゃない!」
「えへへ〜! 教えて欲しくば捕まえてごらんなさ〜い!」
私達は呑気に追いかけっこをして。
「2人とも! 朝からうるさい!!」
いつも通り、お母さんに怒られていた。
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