グッドデイズ、マイシスター。

透々実生

Intro.

1

       ♈️🎤🎵🎤♈️


 ――1曲目が終わり、静かになったステージ上。

 彼女は頭上に掲げたマイクを口へ近づける。


「こんすや〜! 貴方に夢を奏でます、音夢崎ねむざきすやりだよ〜!」


 青白黄のライトに負けぬ朗らかさで、聴衆リスナー達に挨拶をする、1人のVバーチャルアイドル。

 青と白のツートンカラーのツインテール。晴れやかな青空の色をした瞳。整った顔。青と白を基調としたフリル付きスカート。まさしくアイドルという見た目の彼女は、声援コメントに対して「こんすや〜! 皆、待っててくれてありがと〜!」「うわ〜! スパチャもありがとうね〜! スパチャ返しはまた後日ね!」と律儀に返していく。

 20秒程して、一旦コメントへの反応を打ち切り、MCへと戻る。

「……さて! 今日は皆に、たくさんの感謝を伝えたくて、このライブを開きました! 私が活動を開始して、こんなにも沢山の羊ちゃん達が応援してくれたから、私はここまで来れた! 皆、ほんとーにありがとう! 今日は精一杯、歌と踊りで返していくから、よろしくねーっ!」

 コメント欄が加速する。同接数は開始4分にして既に1000人に届きそうな勢いだった。

 1000人。

 現実世界に換算すれば、そこそこの大きさのライブ会場なら満員にしてしまう数。

 1人のために、それだけの人数が集まっていた。


 脚光と視線を一身に浴びるのは、当時をときめくバーチャルアイドル、音夢崎すやり。登録者数は、31万人。

 彼女はとある理由で、活動を長期休止していた。


「それじゃあ、次行ってみよー! もうみんな待ちきれないでしょ! こっからどんどん行くから、ぜひ楽しんでくれると嬉しいなっ!」

 コメント欄が盛り上がる。それを確認し、すやりは笑顔で告げる。

「では、聴いて下さい!」

 暗転。ライブはまだ始まったばかりだ――



       ♈️🎤🎵🎤♈️







「……何だって?」

 私が思わず聞き返すと、目の前にいる闖入ちんにゅう者は、思い切り机を叩く。イラついていたのだろう。

「ですから。Vアイドル――音夢崎すやりの自律AIを作って欲しいんです。できますよね? AI学の権威――思態おもわざ感惑かんわく准教授」

「……残念ながら、今は権威でも何でもない」

 そう返しつつ、目の前の闖入者を見る。

 目の下に不健康なクマ。見るからに傷んだ黒髪は、結ばれもせずだらりと垂れ下がっており、荒れた肌を化粧で隠しもしない。彼女自ら差し出した合歓垣ねむがき燻離くゆりの学生証写真とはまるで別人だが、全くの別人という訳ではなく、確かに面影が残っていた。

 そんな彼女が見せてきたのは、とあるVアイドルのライブ録画アーカイブ。彼女の名前は音夢崎すやり。登録者数31万人――1人の人間の歌声を、そこまでの人数が待ち望んでいると思うと、率直に凄まじい。

 そんなVアイドルの自律AIを作ってくれ、というのが彼女の依頼。

 私は今、それをどうと頭をフル回転させていた。まずもって、ソレをした所で私にメリットがない。

 何より、

 だというのに良い言い訳が浮かばないので、逆説的にほとんど無意味な返答で時間稼ぎをしている――というわけだ。

「権威は肩書きだけで決まる訳ではありません」

 一方で、燻離学生は退かずに反駁はんばくする。

「貴方の数々の研究実績を見れば、『権威』と呼べるのは明らかです。今ここに論文のコピーがありますけど、見て思い出されますか?」

「……そりゃ、ありがたいな」

 研究実績。

 余程の興味関心が私になければ、そんなもの引っ張り出さないだろうし、そもそも私まで辿り着かないだろう。

 すっかりから消され、准教授という肩書だけが残った、この私に。

 嬉しいものだ、と思う一方、それだけ彼女は切羽詰まっているということも察せられる。

 だが恥ずかしながら――溺れる者藁をも掴む、だ。私に縋っても、溺れ死ぬだけなのに。

「……しかし」ほとんど逃げ道言い訳を失っている私は、それでも活路を見出すべく、本筋に戻らざるを得なかった。「このVアイドル――音夢崎すやりの自律AIを作って、君はどうするつもりだ?」

「……それを答えたら」

 燻離学生――『さん』付けするにはあまりに他人すぎるし、呼び捨てるには親しくない――は詰め寄って来る。

「依頼を受けて下さいますか?」

「……その、目的次第だ」

 私はまた足掻いた。

「くだらない目的であれば、申し訳ないけど拒否させてもらう。そのくらいの権利が私にはある」

「そうですか」

 燻離学生は案外素直に頷いた。私の言葉を額面通り受け取ったのだろう。

 だが――目的くらいはやる、と言ったまでだ。

 作るつもりは、毛頭ない。

 むしろ、目的に対してそれもあれやこれやと難癖をつければ、いい加減諦めるだろうというと、浅はかにもそう思ったにすぎない。

 第一。

 Vアイドルの自律AIを作るなんて、推しのアイドルと話をしたいとか、仮初かりそめでも良いから彼女の存在を独り占めしたいとか、大方そんな俗っぽい欲望が元だろう。

 でなければ、こんな酔狂なことは考えない。

 ……そんな欲望に付き合ってやる気も、私には無い。

「私の目的はですね、一言で言えば」

 そんな彼女は、何の気なしに。

 たった一単語で、自身の目的を、簡潔かつ的確に言い放った。













「自殺」

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