第51話 神秘の言葉はまわりくどい
胸元のポケットの中、〝精霊の声〟の主と繋がっているらしい部品の
『高位相干渉による生体識別と、分光観測、多層反応マッピングを併用――対象〝イクシス・アーダ・アキアル〟の探索を開始します』
初めて聞く言葉の羅列が頭の中に流れ込んでくる。が……言ってる意味がぜんぜん理解できない。
どういう仕組みだか分かりやすく説明してほしい、と胸元のポケットに声を潜めて語りかける。
『音波、…**干渉波…*∫波、≠?粒子などを照射し……各層の微弱な反応差を解析……建物や乗物乗等、熱収束の変位から内部の密度差や≠**反応を読み取ることを可能にします』
(うぅぅむ、ますますわからん……)
加えてところどころに
『生体反応が〝恐怖〟〝不安定な心拍〟〝**≠?〟といった特徴的な挙動を示す場合、それをピックアップします。ただしリアルタイム性や精度は限定的となり――』
魔法や魔道具でいうなら、
「分からないけど、分かったから、とにかく最善を」
マイナスの乗算がなんでプラスになるのかの理解があやふやだって、数学の勉強をとりあえず先に進めはできる。
胸元のポケットの中で、精霊の遣いの欠片が「わかった」とでも言うように細かく振動する。
小鳥ほどのサイズしかない機体たちが、風を切ってさらに上空へと舞い上がってゆく。
ちりちりと光を反射させながら、あるものは直線を、あるものは蛇のように揺れながら進み――やがて視界から消えていった。
あの小さな機械たちは、ほんとうに、こちらの願いを汲んでくれたんだろうか?
未だ信じがたい神秘の力に頼るのは、本当に正しいのか? でも、それでも――いまのわたしにできることは他に無かった。
「頼んだぞ……精霊の遣いたちよ」
誰にというわけでもなく、ぽつりとつぶやいた。
◇ ◇ ◇
精霊の遣いたちが空へと消えたのを見届けて視線を地に戻せば、深淵の森から押し出されてくる魔獣の群れは尽きることがない。
「……あれはみんな、お前の主人の支配下どもじゃ? 引き上げさせることは出来ないのか?」
すると少し間を置いて精霊の声が応える。
『――防衛オブジェクトの再制御には、必要
よくわからないが、ようするに「すぐには無理」っていう返答と解釈する。
王国兵による防衛線は、ほぼ崩壊している。もはや魔獣を森に追い返すことより、自分らの身を守るので精一杯のようだ。
王国兵たちは防衛線を捨て、散り散りになりつつも、次第に部隊ごと、いくつかの集団に分かれ固まり始めていた。――盾を突き合わせて円を描き、魔獣らに背後を奪わせまいとする即席の防御陣。射手や魔法の術者たちはその内側に入り、緊張した面持ちで弓をつがえていた。
「遺物鉱床の確保に出てる2機がどんな具合で引き上げてくるか分からんし、ワシはちょい動けぬが……姫殿下だけでも、街に引き上げたほうがよいのでは?」
ストッカおじと話し込んでいたオッドロウが、不安げにこちらを振り返る。しかしストッカおじは、へたに動くより、今は守りを固めたこの場のほうが安全だろう、と周囲の状況を眺めつつ言った。
「とはいえ長居も禁物ですな。迫り来る魔獣相手に眼光鋭く一睨み、一歩も退かない――これは世間受け間違いなし、いかにも
「……ハァ? なにを言ってる?」
「確かに先ほどの姫殿下、おそろしい魔獣相手に見惚れるほどの勇姿でしたわい」
などとオッドロウまで相づちを打つ。
「待て、あれは突然のことに脚がすくんで身動きできなかっただけ……」
「まあまあ……冗談はさておき、ここらで引き上げても、おひいさまが兵らを見捨てて逃げ出したとは言われんでしょう。退き時を誤ると、こんどは逆に〝魔獣相手に犬死をかました阿呆〟と言われる」
すぐ退散できる手立ては整えて起きましょう、とストッカおじはオッドロウに馬の確保を頼んでいた。
ここで首尾良く逃げるのは――賢明なご判断、ということになるらしい。
わたしとしては、イクシスを放って逃げる気なんて毛頭無かったが。
陣を守る帝国兵たちは、さきほどのストッカおじに習ってか、長剣から柄長の戦斧や長槍に持ち替え、魔獣らの襲撃に的確に対応していた。
魔獣は総じて強固な毛皮と骨格によろわれており、人間種が携帯できる程度の刃物じゃ容易に傷をつけられない。急所を精密に狙えるならまた話は別だが、それには玄妙なる剣の技量が必要で、現実的にはちょっと困難だ。
ゆえに、魔獣相手の戦闘では
しかし、いったい何百頭という魔獣が、このあたりの人里にばらまかれたか。アキアル市民はしばらくの間、街の城壁から外へ出られないだろう。深淵の森から抜け出た魔獣が一掃されない限り、護衛無しじゃ近場への街道交易ひとつできなくなる。
(とんでもないことになった……)
でも、それより未だ姿が見えないイクシスのことが一番気にかかる。
継母どのは、もはや我を忘れていた。イクシスの名を呼び、近くにいた従者を手当たり次第に怒鳴りつけ、帝国軍の指揮官にすらつめ寄って詰問している。
取り乱す継母どのに、王国貴族たちは気まずげな顔でなだめに回る。彼女の激情は、母としての愛情か、それとも「後継者を失うわけにはいかない」という王妃としての責務か。
ちょっと気の毒に思いつつ、
(気持ちは大いに分かる……分かるけどなあ)
その取り乱しぶりを遠巻きに眺めているうちに、少し冷静になっていることに気づく。
アキアル王妃の立場で、対外的にあれはまずくないのか?――と隣のストッカおじに尋ねてみると、
「自分の娘の大事ともなれば、まあ……。真っ暗闇の中じゃ、服の汚れも目立たない。切羽詰まった状況では、けっこう許されるもんですよ」
しかし王妃殿があれでは、この場で王国の面目を抜かりなく気遣えるのは、おひいさまだけでしょうなあ、と彼はつぶやいた。
ち、と思わず舌打ちを漏らす。
(……わたしだって、あの子のことを誰より心配してるぞ!)
根っからの見栄張りなのか、他人の前で思うがまま感情に身を任せるっていうのが、どうにも気後れする性分なのだ。
精霊の遣いがイクシスを探してくれているはずだけど……もし陣地内や、その近くに居るなら、その〝超常の目〟によって、とっくに見つかっているはずなのでは?
(いや、超常の目って……〝なんだかすごそう〟ってだけで、まだ根拠ゼロだろう?)
それに全幅の期待をかけてるわたしが、浅はかなのか。
今ごろあの子は泣いているだろうか? 怯えているだろうか? それを想像するだけで、心配といらだちがない交ぜになり、胃がムカムカとひっくり返りそうになる。
そこへ、精霊の声が頭に響く。
『――報告』
わたしは、ストッカおじたちにくるりと背を向け数歩離れると「みつかった?」と胸ポケットに小さく声をかける。
『背後座標、戦闘中のヒト型兵器機内に、装甲を隔てた生命反応あり。体格小、心拍急上昇、呼吸浅く断続的。データ照合中……対象一致度72.3%、発見確度中位」
ヒト型兵器? 機甲騎兵のことか? まて、あれは遺物鉱床に行ってるはずだぞ? なんでそんなところにイクシスがいる?
『
「そんなの今はいい! ……報告を続けろ」
胸ポケットの中の欠片が、ブルっと震える。
「イクシスは無事なのか!? なんでそんなところにいる?」
『質問の優先順位が不適切です。現場からの退避を推奨』
「いーから! ……報告」
精霊の声は、一瞬言いよどむように間を置いたあと、
「生命反応は継続確認中――現在、救助行動が最優先に指定されています――補足情報:対象は緊急退避中、防衛オブジェクトの索敵圏外に一時離脱と推測』
「精霊の言葉をかみ砕く心の余裕がない。壁と語らってる酔っ払いでも分かるよう答えろ――イクシスは無事なのか?」
『対象〝イクシス・アーダ・アキアル〟は、無事の可能性が極めて高いです』
その時、深淵の森の奥から、何かがにじり出る気配がした。
はっと目を向けると、森の向こうから、黒い煙のようなものが立ちのぼっている。けたたましい鳥の悲鳴。地鳴りのような唸り。
森の境界が、静かに崩れた。大木の幹より太い何かが、黒々とした影を引きずりながら現れる。
城門を軽々と押し開けられそうな前脚。馬車三台ぶんはあろうかという胴体。木々を踏み砕くたび、大地が呻いた。深淵の森が、人の手では止められぬ怒りを形にしたようだった。
やがて二つの光――眼だと気づいたとき、それに睨まれた王国兵たちは悲鳴をあげ、かろうじて保っていた秩序を乱して逃げ出した。
「大型魔獣だ!!」
陣を防衛していた帝国兵らが声をあげる。
精霊の声が、やかましく事態の急変を告げた。
『緊急警告。防衛オブジェクト・種別〈特異生体群・編成単独〉。被害拡大予測、継続中。推奨行動:速やかな退避、または稼働可能な戦闘資源の集中投入による迎撃。――わが後継者よ、選択を要請します』
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ここまで読んでくださり、どうもありがとうございます!
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