5. Le passé de Liam 《リアムの過去》

◇◆ Liam ◆◇


絶句したロンを見て、私はひとつ、深呼吸をした。


「お前にはしていない話がたくさんある…ゆっくり、時間をかけて聞いてほしい」


本心だった。しなければならない話。

だけどそれは時間をかけなくてはならない。

ゆっくりとロンの目を見た。


「最初に……そうだな、私自身の話になるが。私はケヴィン先生に、すべての医学を幼いころから叩き込まれて育った。私の父は多忙故、殆どケヴィン先生が育ての親だったと言っても過言ではない。《訓練》の成果もあって私は飛び級を重ね、中学時代には医師免許を取得していた。」



通常ではありえないほどの早さと言われた。16で実質、医者。

これはケヴィン先生の教えのおかげだが、残酷な《訓練》の成果でもある。

……だがそれはすべて極秘。ケヴィン先生にも、言えなかった。なぜこんなにも早く医者になったのかと問われても何も言うことは無かった。


非魔術師には白い目で見られることもあったがそんなことはどうでもよかった。



「そして私は8年前、ある消防庁で研修を行っていた。既に救急科専門医の資格を取得していたためその日は特別救急隊での研修だった。そうして、その研修中にあの大災害が発生した。あの頑丈な消防庁すら倒壊寸前だった。

大地震は絶え間なく続き、次々と建物は倒壊した。このまま世界が全滅すると思ったその時、それまで続いた大地震も雷鳴もぴたりと止んだ。その瞬間こそ、ロン……お前が誕生した瞬間だった。ロンが、あの大災害を止めてくれたんだ……お前の誕生を、神々は祝福した。それが9月の出来事だ。」



複雑な顔をしているロンを見ながら、話をつづけた。



「しかしこの大災害……神々による天災自体が収まったからと言って二次被害は免れることはできない。次々と死亡と救助要請の連絡が入った。そのため翌日の早朝から、私は特別救急隊員の医師として町の中心部へ向かう部隊に入った。それほど医師不足だった。街の中は死者で溢れていた……だがそこで、かすかに息のありそうな赤子がいる、と連絡を受け向かった場所で、生まれたばかりのお前に出会った」



ロンは何も言わない。一気に話しすぎただろうか



「……今日はここまでにするか?」

「……ううん、続けて」

「……わかった」



私は続ける



「生まれたばかりのお前は、見るからに早産だった。それも、倒壊した病院の中だ。お前は両親……と思われる者たちに守られて辛うじて生きていたが、低体温で多臓器不全に陥っていた。

 母親は既に息がなく、父親は『この子を助けてほしい』とだけ私に遺し、息絶えた。……そうして私はお前を蘇生した」



大きな目でこちらを見ていたロンの目には、薄らと涙が浮かんでいた

……金色の瞳と目元は父親譲りかもしれない……あの日父親の涙ながらの最期の言葉に、すべての想いが詰まっていた。

通常ならロンも、父親も、死んでいてもおかしくない状況だったのだ


……


ロンは、何を思っただろう

自分の本当の両親の存在。

そして、彼らはもうこの世にはいないということ。



「私はその廃墟と化した現場ですでに何名か死者を蘇生している。私は……死者をも蘇生する技術を身につけてしまっていた。だがお前を蘇生した瞬間、神の審判にかけられることとなった。理由はお前が《マリア》だったからだ。《死者の蘇生》は本来神の領域だから禁忌……私は、

 神の恵みを受けたお前を救った《善行》と、死者を蘇生させた《罪》、どちらが重いか秤にかけたのだ。……そしてその審判は3か月以上にも及んだ。」



……3か月……果てしなく長い3か月だった。

その3か月の間、私は神々からの酷い拷問で肉体的にも精神的にも限界を超えていた。命尽きても蘇生され、また拷問を受ける日々。死者を蘇生させるとはどういうことかを身をもって示されているようでもあり……しかし研究所でのことなど比にならないほどに耐え難い苦痛の日々だった。だが、私はあの子を助け、守らなければという使命だけでその3ヶ月間を耐え忍んだ。


……この子の父親との、約束だったから



そして、その時だった。私が、《第二特殊魔法》を発動したのは。



「まさに神話の《アスクレピオス》と一緒だ……本来なら禁忌にあたる死者蘇生を繰り返した私は、神の怒りに触れて有罪一択だったはずだ。だがロン、お前に出会えたおかげで、私は今こうして生きている。

 判決は、私がここ《現界》で《マリア》の親となり、きちんと教育すること。もう、お前の両親はすでに亡くなっていたからだ……その条件付きで、無罪となった。だがもちろん《医療神》としての仕事もこなさなくてはならない。でもある。

……そうして神は、私が死から生き存えさせた者からは、私に関する一切の記憶を消した。死者を蘇生出来る者など、いてはいけないのだよ……無論次に死者を蘇生させたが最後、私は世界のどこからも消えることとなっている。」


……


「……ロンの特殊魔法が《パナケイア》なのは、神の判決によるものが原因だろう。もしくは死に瀕したお前を私が蘇生したからかもしれない。生まれて間もなくのことだから特殊魔法は発現していなかった。だから本来発現するべき特殊魔法に、別の特殊魔法を上書きをしてしまったのだと考えられる。通常発現するべき特殊魔法とは、生を受けたその時点で決まっている。だから……先日ジル先生が言っていたように、ロン、お前はいつか必ず《第二特殊魔法》が発現するはずだ。方法は、これから一緒に探していけばいい。

 ……そうして、私がお前を連れて現界へ戻ったのが12月31日……今日が、お前の誕生日として正式に届け出を出した日だ」




感情豊かなこの子は、大粒の涙を流しながら静かに聞いていた。

私は……感情を表すことができない。

3か月にわたる拷問で、感情が、一度死んでしまった


そうして……私は自分の名前すらも、忘れていたんだ



「ロン、誕生日おめでとう。心から、祝福を。お前は私のことも救ってくれたんだよ」

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