チャプター7

NO.7-0 おかしな夢の続きの続き

「そんな、リリーちゃんが、どうして……」


 銀色の鎖を操って、エリカを捕獲したのがやっぱり、先日出会ったリリーメル・クナスブチ。


「どうしてって、それはこちらのセリフです。どうしてお姉さま方が『音なし』と戦っているのですか。そんな危ないことは騎士団に任せるべきではないでしょうか」


「そりゃ、私は指揮魔法の継承者だし、お父様が復帰するまで私が頑張るしか、」


「そういうことを聞いているわけではありません。アリアお姉さまがなりたいのは指揮者なんでしょう。今まさに夢に向かって頑張っているではありませんか。戦う力があるから戦わなければならないなんておかしいのです」


「でも私がやらないと、『音なし』による被害が、」


「そんな心配しなくていいと言っているのです。『音なし』の連中なんて、ワタシが本気を出せばすぐに蹴散らしてみせます。だからお姉さま方はもう戦ってはならないんです。特に聖属性持ちのアリアお姉さまは絶対狙われます。あんな連中に渡すくらいなら無理矢理でもワタシが先に保護します。『音なし』はワタシが責任を持って殲滅しますからご安心を」


「……リリーちゃんの言い分はわかった。狙ってたのは私なんだよね。大人しく捕まる気はないが、私は逃げない。ちゃんと話し合うから。まず無関係のエリカさんを解放して」


 さっきの鎖は間違いなく私を狙ってた。エリカがかばってくれなかったら、今頃捕らわれているのはきっと、私。


「アリアお姉さまは勘違いしているのです。最初のウミヘビさんの奇襲で一人を無力化できるから、どちらかというと指揮魔法のほうが厄介なのでターゲットはアリアお姉さまにしました。ほんとは大差がないのでどちらでもいいです。片方捕らえて人質作戦で残ったほうを降伏させるだけの簡単なお仕事です。お姉さま方二人とも、ワタシのモノになっていただきます」


 やっぱりか。私たちどちらも逃がす気がないよね。エリカを取り戻したいなら、もうリリーちゃんと戦うしかないのか?


「さぁ、エリカお姉さまの命が惜しければ、えっ?いや、そんなのできるわけないじゃない……じゃ、エリカお姉さまの体を傷つけたくないなら……違う、それもダメ。えっ?どうしよう?人質作戦、ワタシには無理ですけど?」


 呆れた。本当に気付いてなかったのか。リリーちゃんがエリカに危害を加えられない以上、エリカは人質にはならない。逆にリリーちゃんの行動を制限する足枷になる。身動きできないエリカを地面に寝転ばせることも、リリーちゃんにはできないから。


「……アリア、さん……逃げて、ください……」


 エリカの意識が戻った。鎖を振りほどこうに身を捩るが、まだうまく動けないみたい。と言うかあの鎖の締め付けエッロ!エリカの規格外の胸が強調されて……いやいやこんなときになに考えてるの私。


 どうすればいい?相手が『音なし』なら多少無茶してもエリカを助けないといけない。でもリリーちゃんなら話が違う。エリカが連れ去られでも多分軟禁されるだけ。むしろここで戦ったらエリカの身に危険が及ぶ恐れがある。ここは一旦引いてからエリカを救い出す方法を考えるのが最善かな?


 ……いや、逃げるだけならいつでもできる。もう少し粘ってみるか。リリーちゃんなら説得できるかもしれない。


「ねぇ、リリーちゃん。よく考えてみてください。あなたは今モラウーヴァ公爵の孫娘を攫おうとしているのよ。公爵様に知られると、あなたはもちろん、あなたの家も潰れてしまうのよ?今ならまだ間に合います。エリカさんにちゃんと謝ればきっと許してもらえるでしょう」


「そんな心配はしなくていいです。公爵様への対応はワタシの協力者がしてくれます。エリカお姉さまの身の安全のためと言えば多少無茶しても問題ないとのことです」


「公爵様にとりなすことができる協力者?そんなの、いるわけが……えっと、まさかと思うが……リリーちゃんの、イマジナリーの、」


「違います!いくらアリアお姉さまでも今の発言はあんまりです!ちゃんと実在しているのです!」


「アリアさん……どうして、逃げないの?わたくしのことは、いいから……」


 リリーちゃんと馬鹿なことを話している間、満足に動けないエリカは力を振り絞って、タクトを握って……えっ?ちょっと!何をする気なの!


「今の、うちよ……アリア、さん」


 タクトを逆手に自分に突き刺すエリカ。鋭いオーラがお腹を貫通して、後ろにいるリリーちゃんに刺さった。


「なっ!……うぐっ……」


 痛ましい微笑みを浮かべるエリカはそのまま気絶してしまった。死角から予想外の攻撃を受けたリリーちゃんは、何が起きたのかまだわかっていないみたい。


「そんなぁ!エリカさん!」


 どうしてそんな無茶を……!道連れの覚悟で攻撃するなんて……自分のみならず、リリーちゃんまで致命傷になりかねないじゃない……そうか!エリカは電撃によって意識混濁になってる!今自分を拘束しているのがリリーちゃんだと気づいていないのか!


「だい、だいじょぶ、けふっ、です……慌て、ないで、ください」


 血を吐きながら、応急処置の魔道具を取り出して、エリカと自分に当てるリリーちゃん。これ以上内臓に傷つけないように、慎重にタクトを抜く。


「これで、だいじょう、ぶ……エリカお姉さまの、治療を、お願いします……」


 鎖の拘束を解いて、エリカを私に託すと、リリーちゃんは力なく膝を突く。すでに聖属性の魔力を紡いた私は、早速エリカに術を発動。傷は深いが、すぐに処置できたから大事にならずにすんだ。これなら二、三日くらいで完治かな。


「あなたもよ、リリーちゃん。じっとしててね」


「……ワタシも、治してくれるのですか」


 エリカより傷が浅いが、お腹の怪我なんて放置していいわけがない。


「当然でしょう。正直リリーちゃんのしたことには腹が立つけど、それでもあなたは、私のかわいい後輩なんだから」


「ア、アリアお姉さまぁぁぁ!!!」


「もう!治療してるから動かないでよ!」


 リリーちゃんの治療も無事終わったけど、後始末のことを考えると気が滅入る。エリカがこんな大怪我をした以上、同じ現場にいたのにそれを防げなかった私まで制裁の対象になりかねない。傷を治したのが私だって伝えれば許してもらえるかな?


「ねぇ、さっき言ってた、協力者のことだけど……この状況でもなんとかしてくれます?」


「……ヤバいですよ。公爵様が手を下すまでもなく、ワタシが協力者たちに殺されるかもしれません……」


「リリーさん、これはいったい、どういうことなんですか」


「あっ」


 静かに怒る声とともに、建物の影の中から現れるのは二人の少女。梟の仮面をかぶってる……まさか、『音なし』の新手?でもこの二人、すごく見覚えがあるような……


「えっと、どこかで会ったことが、」


「それはもういいですからっ……ハッ」


 やっぱりどこかで見たことあるような、拳を握り両手を上げて可愛く抗議する姿。自分が仮面してるのを忘れた茶髪の少女は、あのアイミちゃんとまったく同じ反応をした。


「はぁ、お馬鹿さん……」


 仮面を外したら、隣にいるのはやっぱり、あの陰気メガネのシゼルちゃん。


「ちょっと、シゼル!……それじゃわたくしたちの正体がアリア様に……」


「いいのよ。もうバレていますから。アイミのせいで」


「うっ……そ、それより、リリーさん!とっくに予定時刻が過ぎたのに、どうして作戦終了の合図を出さないの?アリア様の身柄もまだ確保していないみたいだ、し……」


 エリカが倒れているのに気づくと、アイミちゃんは一瞬で杖を取り出し臨戦態勢に。グラウンドで魔法科の実習を覗いたときもこんなアイミちゃんの姿を何度も見たが、今は迫力がぜんぜん違う。


「リリーさん、裏切ったのか?」


「ち、違います!」


「じゃあどうしてエリカ様が倒れているの!しかも服が血だらけじゃないですか?怪我させたのか!」


「そっ、それは、大丈夫です!アリアお姉さまが治してくれましたから!」


 自業自得だと思うけど、もう泣きそうになってるリリーちゃんは、ちょっとかわいそう。


「アイミ、落ち着いて」


「これが落ち着いていられるか!」


 シゼルちゃんはアイミちゃんの手を握って、優しく諭す。


「大丈夫です。私が話をつけるから、任せて。私なら信じられるよね。私は絶対にエリカ様を裏切らないから」


「……そ、そうね。話し合いするのは、シゼルの領分ね」


「アイミにやってもらいたいことがあります。連中は引いたが、もしこちらが今ややこしい状況になってるのを察知したら、また仕掛けて来るかもしれません」


「わかったわ。周辺の警戒ね。任せて」


 屋根の上まで一躍して、アイミちゃんはそのまま姿を消した。シゼルちゃんは近くの家の鍵を開けて、意識がないエリカを風魔法でベッドの上に運んだ。なんでこんなところに都合のいい空き家があるの?後輩たちが用意したアジトかな。


「これでやっとゆっくり話すことができるね、リリーさん。私達があなたの計画に協力するのはエリカ様の安全のため。まさか忘れたとは言わないよね?これは一体、どういうことなんでしょうか」


 シゼルちゃんの絶対零度の眼差しを受け、リリーちゃんはうろたえている。


「こ、こっ、これは、その、ちょっとした手違いと言うか、こんなはずじゃなかったと言うか……」


「アリア様を確保して、エリカ様は交渉で一緒に来てもらう手筈だから、傷一つ負わせない。そう約束したよね?」


「そ、それは、予想外の出来事が重なって、ワタシにはどうしようもなかった……いいえ、申し訳ありません。ワタシの失態です」


「あなたが非常に有用な人間でなければここで斬り捨てましたよ。次はないと思ってください」


 項垂れるリリーちゃん。シゼルちゃんに怒られたからじゃない。私たちを保護すると大口を叩いた割に、自分のせいでエリカが怪我したのがよほどショックみたい。


「シゼルちゃんたちは……『音なし』、なのか?」


「ふふっ、違いますよ。これは連中の内部に潜り込むためなんです」


 そう言いながら右手で持ってる仮面をしまう。『音なし』を欺くための偽装だから、私の前では簡単に正体を現したのね。


「そんな危ないことしているのですか……エリカさんにそのことは?」


「もちろん、内緒です。確かに危険ですが、その分見返りも大きいです。潜入したアイミが情報を届けてくれたから、エリカ様がアリア様の救援に間に合いましたよ」


「そっか。アイミちゃんには感謝しないといけないのね。あのとき本当にもうダメだと思いましたよ」


「後で私から伝えておきますね。アイミもきっと喜ぶと思います」


「あの、ワタシも頑張りましたよ!便利なアイテムをいっぱい提供したし、機密情報の塊であるウミヘビさんまで投入――」


「リリーさん、あなたが頑張った結果はご覧の通りよ。それでも褒めてもらえると思う?ちゃんと反省しているならエリカ様のケアをしてください」


 シゼルちゃんの容赦なき言葉に打ちのめされたリリーちゃんは魔道具を取り出して、指示通りエリカのもとへ。


「しかしこれだけ頑張っても、結局エリカ様が戦いに身を投じるのを防げませんでした。私たちにもっと力があれば……」


「こうなった以上、いっそみんなで力を合わせて、一刻も早く『音なし』を倒したほうが一番じゃないかな。私とエリカさんは、あなたたちの支援があればもっと有利に戦えるし、あなたたちもそのほうが安心でしょう?」


「そうかもしれません。でも私は、この戦いがそんなに簡単には終わらないと考えます。このまま続くといずれアリア様の日常が破綻します。アリア様が命がけで戦う必要があるとは思えません」


「シゼルちゃんたちと同じですよ。お父様がずっと前からこんな報われない戦いをしてきたのを知ったら、もう放っておけない……たとえ私に指揮魔法の力がなくても、お父様を助けるために自分になにができるかを探しますよ」


「この話は平行線のままで終わりそうですね。今はこれ以上の議論はやめましょう。エリカ様は私達が責任を持って屋敷まで送ります。アリア様のお召し物が大変なことになっていますが、そのまま帰宅しても大丈夫でしょうか」


 そういえば服の後ろが引き裂かれてしまった。んー、誰にも見られないように、こっそり帰って服の残骸を処分しよう。


「これくらい自分でなんとかします。エリカさんが起きたらこれからのことについて話したいと伝えてください。それと、リリーちゃんもわざと失敗したわけではありませんから、あまり責めないでくださいね」


「そうですね。エリカ様が怪我したのは許せないが、失敗自体は仕方ないと思います。連中がアリア様に罠を仕掛けたのに気づいて、計画を急遽前倒しにしたから、今日の作戦はもとから穴だらけです。寧ろ成功したほうがおかしいくらい。幸い、私はアイミたちのように楽観的じゃないから、最初から臨機応変でフォローするつもりでいます……こんな風に、ね」


「えっ?」


 気づいたら、とても心地良い、甘い香りがする。くらくらして、身体中から力が抜けていく……そうか、シゼルちゃんが風魔法を使って、毒を私に嗅がせた……


「……シゼル、ちゃん……どう、して……」


「ごめんなさい。でも安心してください。体に悪い薬ではありません。少しの間眠ってもらうだけです」


 普通に話してたから油断した。後輩たちの目的は最初から変わってない。私とエリカを拉致して強引に保護すること。


「すごい!さすがはシゼル先輩!こんなにも簡単にアリアお姉さまを無力化できるなんて!」


「これが簡単に見えるのですか?アリア様が警戒を解くように会話を誘導しながら精密な魔法制御を行うのよ?はぁ、どうして私の苦労、いつも誰にも理解してもらえないでしょう……」


 聖属性の魔力を紡いで解毒の術を発動しようとしたら、シゼルちゃんに両手を掴まれた。優しくも力強い、私の魔法を絶対に阻止する決意を感じる。ダメだ、意識が遠のく……指を動かせないと、術を発動できない……


「駄目です。それ以上無理してはいけません。こんなぼろぼろになるまで戦いましたのよ。アリア様はもう十分頑張ったのです。今はゆっくり休んでください」



――――――――――――――


「……もう、あの後輩たちのせいよ。また変な夢を見たじゃない……」


 これ以上この夢の続きは勘弁してほしい。次のシーンは、私とエリカが後輩たちに囚われるところからになりそう。


「しかしあの三人が組んでるとか……まだ出会ってないはずなのに、私の夢の中で勝手に組ませるなんて、おかしい……」


 いや、もしかして後輩三人は初等部の頃にすでに知り合いかもしれない。妹分たちは目立つし、リリーちゃんも有名人っぽい。その可能性は十分にあると思う。


 夏休みが終わるとアイミちゃんとシゼルちゃんは魔法科二年生、リリーちゃんは音楽科一年生。今の音楽科に指揮者として学院オーケストラに稽古をつける人がいないから、来年度は卒業した私とエリカが古巣に戻って指導する予定になっている。後輩三人が集まると、学院で悪巧みして私たちを困らせるようなことをしでかそう……



~~~~~~

(ある日のアリエリ)


「そういえば、エリカさんはクナスブチ商爵家のことを知っていますか?」


「もちろん知っていますわ。NZTOはデビュタント・コンサートの依頼を受けないと返事したのに、何度もしつこく要請してきました。訳がわかりませんわ。あそこの娘さんがわたくしに会いたがっているとも聞きましたが、なぜなんでしょうね?」


(こっちはまだ出会っていないか……リリーちゃんがエリカをお姉さまと呼ぶ権利を獲得するまでの道のりが険しそう……)

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