舟旅
日照天
舟旅
舟を漕いでいる。
たまにはこんな船旅も悪くない。
空を見上げれば満天の星。水面を覗けばここにも満天の星。
立派とは言えない舟に立派でもない帆が張られ、それが風に吹かれはためいている。
私はこの舟に乗り、どこに行くわけでもなくただ揺られている。
ふと水中の星空に目を向ける。
しばらくすると一輪の花が流れてきた。いや、一輪というよりかは花の頭部だけと言った方が正しいか。
とにかく花は嫌いだ。美しさが永遠でないことを知らぬうちに、枯れていく。
私はその花を手に取ることなく、流れていく様をただ見ることしかできなかった。
目を閉じ、ひとつ、深呼吸をする。
目を開き、自分の手のひらを見つめてみる。
その手は微かに震え、握ってみれば冷たく凍えていた。
鼓動が早まり、私は逃げるように視線を上へと移動させた。
そこには気味の悪いほどの星々が私を見下ろしていた。
恐怖が心を侵し、体が強張る。
私は目をつむり、ひとつ、深呼吸をする。
鼓動が落ち着いたのを確認し、そっと目を開け、船旅を再開する。
変わり映えのしない船旅だが、ここはなにか違う。
退屈というものがない。そして、安寧もない。
今度は反対側の水面を覗いてみる。
水面にも私を見かえす星たちがいたが、先程よりは恐怖を感じなくなった。深呼吸のおかげだろうか。
星々の間にある夜をなんとなしに眺めていると、一つの果実が流れてきた。
私はそれをおもむろに水中から取り出す。
手のひらに収まる程の大きさで、微かに甘い香りを漂わせていた。
口に近づけ、かじる。
深い甘さとさわやかな酸っぱさ、そして奥の方に感じる苦さが口の中に広がる。
私はそれを咀嚼し、喉奥へ押し込んだ。
満足した私はその果実を舟の外へ投げる。
ボトンと重い音を立て、それは流れていった。
果物を食べたはずなのに、私はなぜか喉が渇いていることに気が付いた。
水も、ましてやコップも水筒もないこの舟で水分を摂るなら、すぐ近くに流れている水を飲むしかなかった。
私は舟から身を乗り出し、両手で水を掬う。
手で作った器の中に星が煌めく。目を閉じ、私はそれを一気に飲み干した。
ごくり、と喉を揺らす。
水が食道を通り、胃に染みていく。
この感覚は嫌いじゃない。自分の身体がここにあることを感じさせてくれるから。
そして私は、ひとつ、深呼吸をする。
そのまま上を向きながら目を開くと、そこには先程まではなかったはずの月が昇っていた。
月は私をつぶすほど大きく、照らす光は私を溶かしてしまいそうなほど眩い。
月明りは私を慰め、苦しめた。
私は怖くなり、手元にあったナイフを空へ投げる。
もう、呼吸は出来なくなっていた。
優しい光は私を見ている。
こんな出来損ないに期待している。
期待外れはもうされたくないから。
がっかりしてほしくないから。
ごめんなさい
ごめんなさい
気が付くと舟は陸に乗りあがっていた。
終わりはないと思っていたが、どうやら終わりが来たみたいだ。
しかし、今もあの夜空は私を見ている。
私は今日もあの夜に会いに、舟を漕ぐ。
舟旅 日照天 @tomato-lemon
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