illusion
月丘翠
第1話
「明日はクリスマスイブ!ということで、丸急百貨店もプレゼントを買う人で賑わっています!」
可愛らしいレポーターが、クリスマスツリーの前でニコニコと話している。
(クリスマスなんて俺にとっては普通の日と変わらないんだよな)
「
母親に言われて時計を見ると、もうそろそろ出ないとヤバい時間だ。
コーヒーをぐっと飲み干すと、テレビを消して、コートを掴んで家を飛び出した。
外に出ると、寒い風が吹き付ける。
「さむッ」
思わず声が出てしまう。
(こんな日にもバイトをしないといけないとは)
周りは心なしかカップルが多い気がする。
最寄駅のカフェでバイトしているが、最近は妙にカップルに目がつく。
大学でも同じだ。
彼女いない歴=年齢の21歳には、非常に面白くない季節だ。
「おはようございまーす」
店に入ると、店長が「おはよう、今日もよろしく」と言いながらテーブルを拭いている。
店長は若い頃からカフェを開くのが夢で、バリスタの資格も持っている。
こだわりのカフェは木目調で統一されており、落ち着いた雰囲気だ。
エプロンをつけてホールに出る。
開店してしばらくすると、サラリーマンや大学生風の女の子数人やカップルがやってきて、どんどん席が埋まっていく。
カランコロンと扉が開く音がする。
「こんにちは」
少しウェーブがかった綺麗な黒髪ロングに、整った小さい顔、白のニットのセーターと少しタイトな黒のミニスカートでスタイルの良さもわかる。
黒のロングブーツも細い足に似合っている。
「由依ちゃん、どうぞ」
店長に案内されて、席に行く途中で、正広にもニコッと目を合わせてくれる。
この世の天使だと正広は見るたびに思っている。
近くの会社で働くOLさんだ。
年齢を聞けるほど親しくないので、歳は不明だが、20代だろう。
かれこれ半年前から週に2〜3回程度来て、コーヒーを飲みながら本を読んで帰る。
きっと素敵なお相手がいるのだろうと思うが、もちろんそんな話をしたことはない。
いつも彼女が本を読む姿を仕事しながら、横目で見るだけだ。
そんな彼女が今日はいつもと違う。
いつもなら18時を回ると帰るのだが、19時を回っている。
窓の外をキョロキョロ見ている。
「水野くん、ちょっと」
店長に呼ばれて、カウンターに入る。
「由依ちゃんなんだけど、なんか困ってるみたいで」
店長の話によると、由依はストーカーに悩まされているらしい。
よく同じ人を見かけるとは思っていたそうだが、最近は明らかに後ろをついてくることもあり、タクシーを使ったり、友人の家に逃げ込んだりとしていたそうだ。
そして今もこの店の近くをうろついているのが見えたらしく、出るに出れなくなったというわけだ。
「そういうわけだから、一緒に帰ってあげてくれる?」
ストーカーは怖いが、断る理由はない。
「わかりました」
店長に言われて、早めに上がることになり、さっと着替えると結衣のテーブルへ向かった。
こんなことならお気に入りのジャケットでも着ればよかったと後悔しつつ、結衣に声をかけると、「ごめんね」と小さく由依はつぶやいた。
「いえいえ」
弱々しい姿は、さらに儚げでより由依の美しさを際立たせている。
「じゃあいきましょうか」
2人で店を出る。
「寒い」由依がそう呟くと、白く息が濁って消えた。
由依と並んで歩く。
クリスマスではないが、街はイルミネーションが綺麗でまるでクリスマスデートだ。
(周りにカップルに見えているだろうか)
そう考えるだけで、正広はドキドキした。
「あの、水野くん?だよね?」
「あ、名前っすか?水野正広です」
「正広くん、送ってくれてありがとう」
さり気なく、下の名前呼びなんて、恋愛経験値皆無の正広にはすごいパンチ力だ。
「あ…いえ…」
「最近本当に困ってて」
そういえば、これはデートではなく、ストーカーから由依を守るためだったことを思い出して、周りを見回した。
どこかでストーカーが見ているかもしれない。
「ストーカーが見てるかもしれないですし、どこかで巻かないといけないですね」
「えぇ」
由依が不安げな顔をしている。
「あの、いつも何の本を読んでるんですか?」
「あ、本?」少し明るい目をして、鞄から一冊の本を取り出した。
「この本知ってる?」
「あぁ、なんか受賞した本ですよね?本屋で見たことあります」
「すごい面白いの。先の展開が本当に読めなくて、何度も何度もひっくり返されちゃって」
屈託なく嬉しそうに笑う由依にドキっとしてしまう。
「僕も読んでみようかな」
「じゃあ貸してあげる。ちょうど読み終わったの」
ふふふ、と嬉しそうに正広の手に本を乗せた。
「正広くんは好きな本とかないの?」
「いや、本も読むんですけど、もっぱら漫画で…恥ずかしいっす」
「恥ずかしくなんてないよ。漫画は日本の文化の一つだもの」
真剣な目をしているのが何だかおかしくて可愛い。
「今度俺のオススメの漫画も持ってきますよ」
「ほんと?嬉しい」
ストーカーのことを少し忘れて、楽しい時間が流れる。
(最高だ…!)
そんなことを考えていると、近くの公園のそばに来た。
確かここを突っ切れば、由依が言っていたマンションの目の前に出るはずだ。
「この公園を突っ切って巻きましょう。そのまま走っていけばきっと追いつかないですよ」
「うん、そうだね」
由依と公園の入り口まで行って目を合わせると、一気に走り出した。
これで大丈夫なはずだった。
だが、黒のパーカーのフードを被った男がまさかの反対方向からやってきた。
由依は震えながら、正広の後ろに隠れた。
「この男は誰なんだ…!」
人間は強く驚いたり、怖さを感じると何も言えなくなるのだなと正広は思った。
正広も当然何も言えずに、距離をとろうとする。
ジリジリと男が近寄ってくる。
「お、おい、な、なんなんだよ」
情けないがこんな言葉しか出ない。
由依を背中に隠して守りながら、距離を取ろうとするので精一杯だ。
すると、男の手にはきらりと光るナイフがあった。
(嘘だろー)
「由依、君が悪いんだ」
そう言って男が走ってくる。
逃げることも戦うことも出来ない。
「ゔっ…」
腹に衝撃と痛みがはしる。
腹を見ると、ナイフが刺さっている。
じんわりと赤い血が滲んでいく。
由依の悲鳴が聞こえる。
熱い…痛い…
膝からがくりと倒れる。
(俺死ぬのか…?まだまだやりたいこともたくさんあるのに)
由依が何か言っている。
でももう何も聞こえない。
由依の口が何か動いてー
だんだん視界がぼやけていく。
(くそ、こんなんでこんなんで俺の人生は終わるのかよー)
やがて何も見えなくなった。
「うっ…」
正広は眩しくて、目を覚ました。
天井が見える。
見慣れた天井だ。
バッと起き上がると、自分の部屋だ。
腹を触ってみるがもちろん怪我などしていない。
「なんだ、夢かよ…」
布団から出ると、一階のダイニングへ向かう。
「明日はクリスマスイブ!ということで、丸急百貨店もプレゼントを買う人で賑わっています!」
可愛らしいレポーターが、クリスマスツリーの前でニコニコと話している。
「正広、もう家でないとバイト間に合わないんじゃないの?」
母親に言われて時計を見ると、もうそろそろ出ないとヤバい時間だ。
コーヒーをぐっと飲み干すと、テレビを消して、コートを掴んで家を飛び出した。
外に出ると、寒い風が吹き付ける。
「さむッ」
思わず声が出てしまう。
(なんだか既視感があるような…)
「おはようございまーす」
店に入ると、店長が「おはよう、今日もよろしく」と言いながらテーブルを拭いている。
エプロンをつけてホールに出る。
開店してしばらくすると、サラリーマンや大学生風の女の子数人やカップルがやってきて、どんどん席が埋まっていく。
カランコロンと扉が開く音がする。
「こんにちは」
少しウェーブがかった綺麗な黒髪ロングに、整った小さい顔、白のニットのセーターと少しタイトな黒のミニスカートでスタイルの良さもわかる。
黒のロングブーツも似合っている。
「由依ちゃん、どうぞ」
(あれ?これって、完全に夢と同じなのでは?)
店長に案内されて、席に行く途中で、正広にもニコッと目を合わせてくれる。
(夢でも現実でも会えてラッキー)
正広はこれから繰り返し起こる事件にも気づかず、能天気に本を読む由依の横顔を眺めていた。
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