夜明けのプラネタリウム

蒼井シフト

プロローグ:夜空

 ピポン、という柔らかい音がして、ドームに赤いマークがいくつか現れた。

「端末の利用や飲食はご遠慮ください」

「前の席を蹴らないで!」

「怖くなったら、手をあげてください。係員が外まで案内します」

 注意事項が空に、現れては消える。


「暗くなってきた~!」

「わー、きゃー」

「静かにしなさい!」

 騒ぐ子を親が叱る。


 そして周囲は、すっかり暗くなった。

 非常灯の明かりだけが、わずかに漏れる。


 ハルカは不安そうに、父親の腕に触れた。

「ねぇ、なんで真っ暗になったの?」


 その疑問に答えるように、ナレーションが始まった。

「みなさま、立ち上がらないで。

 シートに座ってご覧ください。

 これは、『夜』と呼ばれる現象なんです」



「お日様はどこにいっちゃったの?」

 再びハルカが問いかける。父親が何か言おうとした時。

 ドーム一杯に、無数の光が現れた。

 白い光。所々に、オレンジや赤、あるいは青い光が混ざっている。


「太陽が割れちゃった!?」

 甲高い声が上がり、それをたしなめる声が続く。


「そして、頭上に輝く、たくさんの光。

 これが、『星』なのです」



「昔、私たちが地球で暮らしていた時代には、

 24時間の周期で、『夜』が訪れていました。

 そして、夜の間、世界の外の、『星』が見えていたのです」


          **


 こうしてプラネタリウムは、観客を星の世界へと誘う。

 天空を横切る、天の川。

 ひときわ強い光を放つ、一等星や、惑星たち。


「星々は、毎日、動いていたのです」

 ナレーションに合わせて、天空が回転すると、館内がどよめいた。

 子どもだけでなく大人まで、驚きの叫びをあげたのだ。



 とりわけ、ハルカの心をとらえたのは、「星座」だった。

「天の川にかかる一等星、アルタイル、ベガ、デネブ。

 この3つが『夏の大三角形』と呼ばれました。


 アルタイルと、その周りの星。

 これを見て昔の人は、『翼を広げた鷲』を想像したのです」


 鷲の映像が投影されると、ハルカは「わぁぁ!」と感嘆の声をあげた。


 デネブと、はくちょう座。

 ベガと、こと座。

 ヘラクレス座、カシオペア座、おとめ座・・・


「カシオペア座やおとめ座があの絵って、無理ありすぎだろ」

 隣に座る男の子がつぶやく。


 いつもなら「マッテオうるさい」とすぐに突っ込むのだが。

 ハルカは彼のつぶやきを、完全に聞き流して、星々を見つめ続けていた。


          **


「私、絶対に、星を見に行く!」

 ドームの外に出ると、興奮冷めやらぬ様子で、ハルカが宣言した。

「またハルカが無茶を言ってる。

 そのためには、『外』に出ないといけないんだよ」

「じゃあ外に行くよ」

「危険だよ。外なんて。

 山の方が面白いよ」

 マッテオがいくらなだめても、聞く耳を持たず。

 ハルカはその日ずっと「星! 星!」と叫び続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る