第5話

 七月の第一週、月曜日。朝から気温がどんどん上昇し、夏の始まりを感じさせる暑さがじわりと広がる。雄也はいつも通りの朝を過ごし、暑さに少しうんざりしながらも大学へ向かった。道すがら感じる照りつける日差しが肌に刺さり、夏らしい眩しさが目を細めさせる。大学に到着すると、キャンパス内には同じように暑さに辟易する。


 そして、定刻通りに授業が始まろうとしている。


「ね、ちょっと聞いてる?」


「え、あーごめん。聞いてなかった」


「もー。何考えてんの?」


 最近、雄也は光一と顔を合わせていなかった。入学当初はよく一緒に過ごしていたが、光一も新たな友人ができたのかもしれない。特に気にすることでもなく、彼は彼で新しい大学生活を楽しんでいるのだろうと割り切っていた。

 それよりも、雄也の頭の中にはアルバイトを早く見つけたいという思いが強く、次第に他のことは気にならなくなっていた。


 そんな日々の中、経営学の授業で新しく知り合ったのが松下未来という女子学生だった。未来は東京出身で、実家から大学に通っているらしい。


 髪を明るめに染め、ファッションも自由で今どきの女子大生といった雰囲気をまとっている。未来とは授業で隣に座ったことがきっかけで、三回目の授業でグループワークをすることになった。


 未来は自然な笑顔で話しかけ、少し気さくな雰囲気を持っていたため、俺も緊張せずに会話を交わすことができた。


 その時に未来から「ライン交換しようよ」と言われ、友達ができることは嬉しかったので、雄也も素直に応じた。気軽な感じで交換したが、その日を境に未来からのメッセージがほぼ毎日届くようになった。


 通知がくるたびに驚きながらも、悪い気はしなかったし、大学の生活に少し慣れてきた自分にとっても良い刺激になっていた。


 未来から送られてくるのは他愛のない内容や、授業のことでの相談、ちょっとした雑談がほとんどだが、それでも友人として認めてくれるようなその距離感に、俺は少しだけ心が和むのを感じていた。

 

「ごめん、何の話だった?」


「だからー、夏休みどうすんのって話」


「あー。帰る」


「えー? 帰るの? バイトは?」


「バイトはまだ見つけてない。何がいいか分からん」


「なにそれ、じゃあ紹介してあげよっか?」


「え? 何かあるん?」


 俺は、食いついた。詳しく聞くと、未来が働いているカフェの一人が無断欠勤が続き、クビになったそうだ。その穴埋めのために誘ってくれたらしい。


「えー。カフェか。やったことないけど」


「私もやったことなかったけど、時給に釣られてね」


「高いの?」


「高いよ、東京は!」


「そうなんや。どれくらい?」


「千三百円!」


「え⁉︎ 嘘やん! 高っ!」


「でしょ? やる?」


「考えとく」


 千三百円という時給に魅力を感じた。やってみるのもいいかもなと思っていると授業が始まった。


 経営学。マズローの五段階欲求とかSWOT分析とか、PDCAサイクルとか訳の分からない用語がつらつらと述べられる。

 とりあえずノートパソコンに打ち込み、メモだけしておく。



 授業が終わり、片付けを始める音が教室に響き出した。


「バイト、考えといてよ!」


「いつまでに答えたらいい?」


「明日! 最低、明後日!」


「え、早ない?」


「早くない! すぐ埋まっちゃうかもよ」


「わかった、考えとく」


 未来はそのアルバイトがあると言い残し、慌ただしく去っていった。

 その姿を見送り、少し遅れて立ち上がり、ゆっくりと帰路に着いた。

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