第3話

 目が覚めると、窓の外はすっかり夜に包まれていた。部屋を出て眺める外の景色には、日が沈んだ後の独特な夏の気配が漂い始めている。


 夜風はほんのり湿り気を帯び、虫の声が賑やかに響き渡る。その声が盛り上がるたび、季節が夏へと移行していくのを感じさせた。


 街頭にはふわふわと集まる小さな虫たちがちらちらと飛び交い、夜の空気がほんのりと生命感で満ちている。


 急いで起き上がり、まずはスーツを脱いで部屋着に着替える。


 服を抜くために屈んだためか、お腹がなった。


 思えば、今日の昼間からほとんど何も食べていない。冷蔵庫を開けてみても、あいにく食材はほとんど尽きていた。


 仕方なく、外で食べることに決め、再び、少しきちんとした服装に着替える。


 外の気配に誘われるように玄関を出ると、夜の街は心地よい活気に包まれていた。


「めんどくさいな、一人暮らしは」


 夜の空気は肌に柔らかく、外に出ると一層賑やかな虫の声が耳に響いた。小さな虫たちが草むらや木々の中で絶え間なく鳴き、その音量には初夏の到来を祝福するような勢いが感じられる。まだ春の名残があるとはいえ、空気の湿り気と虫たちの高らかな合唱が季節の移り変わりを確かに知らせているかのようだった。


 買ってもらったばかりの新しい電動自転車に跨り、ゆっくりと夜道を進む。涼やかな風が頬を撫で、ささやかに髪を揺らしていくのが心地よい。街灯が点々と連なる通りにそって、駅前にある馴染みのファミレスへと向かった。


 店内は夜遅い時間にしてはまだ少し賑わっていて、学生や家族連れが静かに食事を楽しんでいる様子が見えた。そこまでお腹は空いていない気がしていたため、軽く食べるつもりでサラダとスープを注文する。


 だが、いざ一口食べ始めると、眠りから覚めた体が予想以上に空腹だったことに気づき、次々に料理を追加で頼んでしまう。


 食事を終え、ゆったりとした気分でカバンから一冊の小説を取り出す。心地よい満腹感と夜の静けさの中で、ページをめくるたびに物語の世界へと深く引き込まれていった。読書は、ここ数年で自分の大切な趣味のひとつになっている。


 ゆったりと時間が流れる店内の照明に包まれながら、気づけば五十ページほど読み進めていた。


 ふと、再び眠気がじわじわと襲ってきて、瞼が重くなる。こんなところで眠ってしまえば迷惑になってしまうと、慌てて帰る準備を整え、お会計を済ませて店を出る。


 夜の空気が再び体を包み込み、さっきよりも深まった虫の音が耳にしみる。ゆっくりとペダルを漕ぎながら、街灯に照らされた自転車道を走っていく。


 遠くで響く電車の音や、どこかの家から漏れる窓明かりが、日常の静かな息遣いを感じさせてくれる。


 家路につきながら、来週から始まる授業や履修登録のことがふと頭をよぎる。


 しかし、それまでは少しの自由な時間が残されている。家でのんびりと読書を楽しむ、それだけでいいと今は思っていた。


 気がつけば、こうして日々の時間は緩やかに、けれど確かに過ぎ去っていくのだろうな。

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