祭神の覡

【10月14日 照魔機関 特設寮 屋上】


 屋上に飛来したヘリコプターの中から、おかっぱの少年が付き人を従えて降りてきた。十歳になったばかりだが、従者に気遣いを見せるなど、大人以上に落ち付いた雰囲気を纏っている。

 しかし、四辻と逢の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべて走り出した。


「よつじ~! あい~!」 


 四辻は片膝をついて両手を広げると、突進してくる少年を受け入れた。


「おや、鏡様が任務に同行してくださるのですか?」


 四辻がからかうと、かがみと呼ばれた少年は「本当は一緒に行きたいんだけど、皆に反対された」と、残念そうに首を振った。


 鏡を追いかけて、付き人が走ってきた。彼女は四辻にべったりくっついた鏡を見て苦笑すると、四辻と逢に一礼してから鏡を引き離した。


「鏡様、今日はおかんなぎのお仕事に来たのですよ。祭神様のお言葉を神無様と日暮様にお伝えください」


 機関で言う巫覡ふげきとは、神に仕える人間を指す。男の場合はおかんなぎ、女の場合はめかんなぎまたは巫女と呼ばれる。


 鏡は物心付かない内から先代巫女に教育された為、七歳を迎えるころには、神託を授かり伝える覡として申し分ない働きをするようになっていた。


 鏡は頷くと、軽く咳払いした。それを合図に、四辻と逢は跪いて頭を下げた。


「もう聞いたかもしれないけど、昨日K支部が管理・調査を続けている【みとし村】で異常現象が発生した。天井から行方不明者の遺体がぶら下がって、落ちたんだ。担当捜査官は妖怪から名前をとって、この現象を【天井下り事象】と命名。原因は現在捜査中」


 鏡はそこまで話すと言葉を区切り、「だけど」と続けた。


「祭神様が、私に神託を授けてくださいました——四辻と逢をK支部に向かわせるように——と。例の計画を実行に移す日が近いのかもしれない。次の神託が下るまで、二人はK支部で待機するように」


「仰せのままに」

 そう答える四辻の口角が上がったのを、逢は横目に見た。


「委員会から言伝を預かっております」

 付き人が口を開いた。

「待機中は暇でしょうから、支部の仕事を手伝っていただいても構わないとのことです。しかし、委員会の許可なしに、みとし村に入る事は禁止だそうです。■■が村の神に見つかったら、何が起きるか分かりませんので……。ですので、お二人には、天井下り事象の捜査権は与えられておりません」


 逢は首を傾げた。今、鏡の付き人の言葉に何か聞き取れない単語が混ざった気がしたが、逢を残して三人の会話は進んでいく。


「遠回しに、支部の雑務を手伝えと言われたような?」

「職員の補充はどこも間に合っていないようです。当機関は性質上、大規模な募集をかけられませんので……」


 四辻が苦笑すると、付き人は肩を竦めた。


「苦労かけるね」


 仕事を終えたと判断したのか、鏡はそう言って四辻と逢の手をギュッと握った。


「引き受けてくれてありがとう。でも二人にはまた不便な思いをさせてしまうかもしれない。祭神様は、滅多なことじゃ四辻の封印を解いてくれないから……」


「鏡様が気にする事じゃありませんよ」


 四辻が微笑むと、鏡は悲しそうに下を向いた。


「四辻と逢が所属する未特定怪異特別対策課は、機関の中でも手におえない怪異に対抗する為に作られたんだってね。機関の最期の砦だから、皆は悪鬼羅刹を滅する願いを込めて、クワバラと呼ぶのだと先代様から聞きました。でも、私はね……二人に危ないことをしてほしくないよ」


「ありがとうございます、鏡様」


 逢が両手で鏡の手を包み込むと、鏡は静かに頷いた。


「私にできることがあれば、何でも言っておくれ。逢も四辻も、不死身じゃないんだから、無茶しちゃ駄目だよ。絶対無事に帰ってきてね」


「でしたら、一つお願いが——」

 四辻は鏡に耳打ちをした。

 鏡は何度か目を瞬かせたあと、意味を理解したらしくニコッと笑った。


「もちろん。引き受けるよ。動きやすくしてあげる」


「何ですか?」

 逢が小声で聞くと「あっちで上手くやれるように、友人からアドバイスを貰ったんだ」と、四辻は簡単に答えた。


 付き人が刺すような視線を四辻に向けたが、鏡はそれを片手で制した。


「四辻と逢は私の大切な部下だ。上司として支部長によろしく伝えるのは当然のことだよね?」


 ほどなくして、照魔機関特設寮から、未特定怪異特別対策課(通称:クワバラ)の捜査官、神無四辻と日暮逢を乗せたヘリコプターがK支部に向かって出発した。今回の派遣では委員会により、みとし村内で発生中の天井下り事象を除く、K支部で発生した全ての怪奇現象に関する捜査権がクワバラに与えられた。

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