人選ミスだ
こう
第1話
クエスチョン。
異世界トリップしました。
イケメンが求婚してきます。
あなたはどうしますか?
アンサー。
好みのイケメンだったら即答します! はいよろこんでぇっ!!
なんて、阿呆なやりとりをしていた私ですが。
「ナカバ! 私の妻になってくれ!」
「いやああああああああああああ!!」
念願のイケメンからの求婚に、拒否の悲鳴を上げていた。
心の底から絶叫した。
悲鳴だ。拒絶だ。全身に鳥肌を立てながら叫んだ。
「何故だ…! 私は一番人気の狼獣人だぞ…!?」
叫ばれた相手は涙目で、耳を押さえ、嘆いていた。
そんな顔もイケメンだな! 顔がいい!!
私は十数人の男達に囲まれていた。しかも囲っている男達はどいつもこいつもイケメンだった。
各種イケメン勢揃い。年代も幅広く、ショタからイケオジまで豊作揃い。
正直涎が止まらない。じゅるり。イケメン堪らねぇ。
「聞き捨てならない! 一番人気は猫だろう!」
私に振られて衝撃を受けた男の発言に、私を囲んでいた別の男が反応する。
その囲んだ男達も、次々と異議あり! とばかりに反応していく。
「いいや獅子だ! 百獣の王が一番に決まっている!」
「何が百獣の王だお前ら皆ネコ科で統一されるだろうが! ここは鳥だろ!? 猛禽類かっけーだろ!? そうだろ!?」
「格好いいだけ主張するなんてナンセンス! 今の時代可愛いだって主張しないと! そう、うさぎなんてどうですか!」
「すっこんでろ草食動物! 可愛いと言えば小さい生き物に決まってる! そう、齧歯類とか可愛いと思いません!?」
「小動物の分際でよくそんなことが言えたな!? 大型で可愛いと格好いいを両立させる馬とか如何です!?」
「なんだと!?」
やべぇこの連鎖反応、終わりが見えない。
(やめろ決着は着かないぞ! みんな違ってみんなイイだ!)
そう仲裁に入るべきだったが、入れない。私は動物論争を繰り返す彼らから離れ、そそくさとその場を離脱した。
早急に離脱しないと、私が辛い。
本当なら離脱したくない。あのままイケメンに囲まれていたい。
(異世界トリップ小説でよくあるイケメンに囲まれてもてすぎて困っちゃう~って状態なのに、美形に囲まれて私どうなっちゃうの~ってやってみたかったのに…!)
しかしできない。できないのだ。
「何でみんなモフモフなのよぉ~!」
人によっては嬉しい悲鳴。
そう、ここは獣人たちの棲まう国。
二足歩行で人間の服を着た、人の耳の代わりにケモミミのある、人によっては涎を出して大喜びな世界。
ケモミミ尻尾に立派な尾羽。動物好きだから、仲良くなってあのもふもふに触れるならばどれだけ歓喜したことだろう。
動物好きだから、その誘惑にはいつも唆されている。でもできない。できないのだ。
「あああああああアレルギーが憎いぃいいいい!」
私、
重度の動物アレルギーだった。
動物アレルギー。
それはモフモフしている動物に近付けない、呪いのような症状だ。
モフモフは好きだ。みていてとても癒やされる。
ふわふわした仔猫や小犬。長い尻尾を揺らして歩く猫や元気いっぱいな犬。ちょこちょこ駆け回る小動物に、もしゃもしゃ草を食む草食動物。
みんな違ってみんないい。過去の詩人は秀逸な名言を残してくれた。
そう、みんないい。みんなみんな、ふわふわもこもこで愛らしい。
しかしその愛らしい生き物に近付けば、くしゃみ鼻水痒みに襲われ、酷いときでは呼吸困難に陥るのが、アレルギーだ。
こんなに、こんなに愛らしい姿に魅了されているのに。
触れることも、近付くことすら許されないなんて…!
どちらかというと重度なアレルギー反応が出る私は、モフモフへの執着を画像や動画で発散するしかなかった。流石情報社会。ちょっと検索かけるだけで豊富な動画が溢れていて余計涙を呑んだ。
猫を飼っている友人に付着する、猫の毛に反応してくしゃみが出るのだ。体調が悪いときは喉の奥が痒くなって掻き毟りたくなる。本当に駄目。
そう、アレルギーは命に関わる。
モフモフしたい欲求に従えば、全身が発疹だらけになって目も当てられなくなるだろう。
私は嘆いた。SNSで癒し動画を検索しながら嘆いた。
画面邪魔! でも画面がないとこの距離で眺められない! でも画面が邪魔!! これ一枚でどれだけの距離になると思ってるんだ。途方もないぞ!
通学時間も休み時間も帰宅時間も就寝まで隙あらばモフモフ動画を検索していた。私はモフに飢えている。モフが欲しい。MOFが欲しい。触れないのだからせめて画面越しに私を癒してくれ。
でも検索しすぎたのかもしれない。
泣きながらモフモフを求めていた私は、モフモフを求めていた影響からか、モフモフだらけの異世界へと召喚されてしまった。
そう、私が召喚されたのは、ケモミミたちの住む世界。
この世界では三百年に一度、召喚した巫女が神託を得て長を選び、世代交代が行われる。
様々な獣人の一族が暮す国では、巫女の選んだ一族が長となり国を統治する役割を担う。
なので三百年に一度の召喚の儀式には、様々な獣人代表たちが権利を求めて参加した。
そう、様々な、種類豊富なモフモフが、巫女を…私を待っていた。
動物アレルギーの私を。
モフモフが。
天国と地獄って共存できたんだ?
私は泣き叫んだ。
説明を受けながらくしゃみ鼻水痒みが止まらず、期待と困惑に満ちた視線を受けながら泣き叫んだ。
「人選ミスだよ神様ァ!!」
動物の国に、動物アレルギーの人を放り投げちゃいけない。
死ぬぞ。ガチで死ぬぞ。
巫女が死にそうだそうだぞいいのか神様。
(しかも歴代の長がほぼネコ科犬科だったから、最前列にいるのが全部もっふもふもっふもふもふんもふん!! かぁ――――っ撫で繰り回したいけしからんもふもふとイケメンの融合! うめぇ! 白米三杯どころか十杯は余裕だわ!! これが画面越しだったらなぁ!!)
生は駄目。(涙腺が)壊れちゃう。
こんなイケメンたちに見せられない酷い顔になっちゃう。そう、くしゃみを連発する乙女の顔なんて見せられないわ。泣いちゃう。目が痒いからとか以外の理由で、泣いちゃう。
私は苦しかった。本当に苦しかった。
最前列のモフモフしたケモミミと尻尾に五感を攻撃されながら、なんとかその場凌ぎに少しでもまともな人を探し…見つけた。部屋の奥、ひっそり佇む青年を見つけた。
ケモミミも、尻尾もない。人にしか見えない男性。
「あ、あなたに決めた――――っ!」
叫び、強烈な痒みから抜け出したくて走り出した私は。
目を見開いて驚愕する青年の胸に飛び込んだ。
それが何を意味するのか、深く考えもせず。
(でも、歴代の巫女もそうだったんじゃない?)
何処まで考えて相手を選んでいたのか不明だ。
だって今まで選ばれてきたのは、もっふもふの獣人たち。そう、私だってアレルギー持ちじゃなかったら大喜びで選んだだろう、ネコ科や犬科の獣人たちだ。
むしろ彼らが選ばれなかったのが前代未聞で、その後儀式会場は大騒ぎになった。
私を召喚した神殿の、選考期間は半年あるという言葉がなければ血を見ることになっていた。
モフモフ獣人たちは、自分たちが選ばれなかったのが間違いだと暴れる勢いだったので。
特に先代の長だった猫獣人一族の取り乱し様はすごかった。「こんなにしなやかで美しい私が選ばれない!? 何かの間違いだ!!」と、とっても真っ直ぐな目で叫ばれて虚無になった。
うん、お猫様。お猫様だった。
だが仕方がない。私はモフモフを選べない。
「あああああああああくしゃみ鼻水痒みが辛いいいいいい!」
「大丈夫だよナカバ。私の宮に彼らは入ってこないからね」
「びえええええシュランゲ! しゅらんげぇええええ!!」
私が泣きながら抱きついているのは、これまたイケメン。
耳の下で切り揃えられた黒髪に、赤い目をうっすらと細めて笑う細身の男。
白い肌はひんやりしていて、少し冷たい。だけど私が安心して触れ合える、数少ない人物だった。
彼こそが、私が選んだ今代の長候補のシュランゲ。
見た目は人間そのものだが、純粋な人間ではない。
彼は爬虫類の獣人だった。
「ううう…何回言っても分かって貰えない…アレルギーなんだってば、身体が受け付けないんだってば。お試しでどうにかなる症状じゃないんだってばぁ」
「自分たちではどうすることもできない理由で拒否されるとは思っていなかったんだろうね。むしろ毛並みは好かれる点だと思っていたから、ナカバの態度が信じられないんだと思う。我々にアレルギーという概念もないし」
「食べられない物のない動物とか最強じゃんね」
肉食は肉が好き、草食は草が好きという部分はあれど、だからってそればかり食べているわけではない。タマネギだって食べられる。
だからこそ、彼らに身体的に無理な理由が伝わらない。
「召喚の影響で巫女様に呪いがかかったのだと神殿の者たちが浄化の儀式を行ったから、今回ならいけると思ったのだろうね」
「むしろ呪いであればと私こそが思う!」
この症状から解放されるのであれば、呪いであってくれた方がよかった。
しかし呪いではなく体質なので、神殿がいくら神に縋っても症状は変わらない。辛い。
めそめそする私に、シュランゲが長い沈黙のあとに悲しげに呟いた。
「アレルギーが治るなら…ナカバは、私以外を選ぶのかな」
「え、それはないよ。シュランゲが一番まともじゃん」
やっとくしゃみ鼻水が落ち着いてきた私は手ぬぐいで顔を拭きながらシュランゲを見上げた。
彼は私が泣き喚いても迷惑がらず、縋り付いても振り払わない。滑らかな白い肌に、儚さすら感じる優美なご尊顔…そう、これが傾国顔。国を傾ける魔性の美しさ。
私に選ばれたいと押し寄せる男達は誰も彼もがイケメンだが、私の好みはちょっと影を感じるイケメンだ。亡国顔も好き。シュランゲは国を傾けて失った魔性の男みたいな顔をしている。最高かよ。
出会ったときは涙腺が壊れていて顔もよく見えなかった。最初はモフモフじゃないから選んだが、今ではそれも運命だったのではないかと思うようになっていた。
何故なら先程も言ったように、シュランゲが一番まともだった。
長いこと選ばれ続けたネコ科犬科の動物たちは、自然と権威に固執するようになっていった。強さだけでなく、知力でもなく、人間同様権力に固執するようになっていた。
まあ言っちまえ選民意識が強くなり、ば尊大になっていた。
長に選ばれた一族に求められるのは、支配ではなく調整。一族同士の軋轢を神の御名において冷静に、ときには過激に仲裁することを求められている。
にもかかわらず、最近では長に選ばれれば一族すべてを支配できると考える者たちが多いという。
しかしシュランゲは違う。制圧ではなく、和解させる能力がある。
(実際、他の一族同士で揉めたとき、暴力じゃなくて言葉で制圧したし)
揉めていた側は震えていたが、きちんと和解していた。これが血気盛んなモフモフたちだったら血を見ていたことだろう。
確かに彼を選んだことで多くの反対意見が出たが、同じくらい彼を支持する声も多かった。
長になる事なく、長い間見下されていた一族たちがシュランゲを猛烈に推しているのだ。
主に、毛のない動物…爬虫類や両生類。毛はあっても愛嬌のない動物の獣人たちが、こぞってシュランゲを推していた。
そう、それこそ「彼らではどうしようもできなかった」事情で顰蹙を買ってきたものたち。そういった者たちが、シュランゲに期待している。
彼ならば、今までの風潮を一掃してくれるのではないか、と。
同じ理由で、彼を選んだ私のことも大事にしてくれる。モフモフを選ばない巫女が珍しすぎて、これを逃せば二度と選ばれないと思っているようだ。
いろんな思惑はあるようだが、選ぶ立場の私は深く考えていない。
「そりゃ最初は勢いだったけど、今じゃシュランゲ以外考えられないよ。ただ私の場合、この症状がある限り外を出歩けないから、呪いの方がよかったってだけ」
そう、この国は獣人たちの国。半分以上がもっふもふなのだ。
そんな国で、動物アレルギーの人間が出歩いたらどうなる?
死ぬぞ。
大袈裟でも何でもなく、乙女として尊厳が死ぬぞ。
目と鼻は確実に、死ぬ。
だから私は、爬虫類の一族が住むシュランゲの宮から出られない。
私の事情を理解したシュランゲが、長候補として生活する自分の宮に爬虫類の獣人の使用人だけを集めてくれたのだ。
神子は神殿に滞在するのが基本らしいが、神殿もモフモフだらけである。モフモフにお世話になるなんて、私がまともに生活できるはずがない。
生命の危機を覚えた私は、シュランゲのご厚意に甘えて彼の宮に滞在している。
私が神殿ではなくシュランゲの傍を選んだのも、神殿が呪いだと言い出した原因だ。理由を説明しているのに理解しないのだから、どうしようもない。
本日押しかけてきた一団は、庭を散歩していたらうっかり遭遇してしまった。無理矢理押し入ってきた連中だったので、シュランゲが追い出してくれた。二度とないようしっかり叱ってくれたらしい。助かる。
本当に、シュランゲが助けてくれているから生きていられる。
「もうさぁ、私が檻で生活している気分だわ。世界が私に優しくない。ネットがないから癒しも乏しい。うう、モフモフ。みているだけでいいのに。実物は無理だからせめて写真。動画。画面が来いよぉ…っ」
画面が邪魔だと思ったことは数知れず。まさか画面が恋しくなる日が来るとは思ってもみなかった。
「うーん、ナカバ。顔を上げて」
「う?」
言われるがままに顔を上げた私は、ずいっと距離を縮めた美貌に目を見開いた。
私の鼻先で止まった彼は、子供のように首を傾げて微笑む。
「私の顔では癒やされない?」
「ときめきしかない!」
即答した。
残念ながらシュランゲで得るのはときめきであって癒しではない。わかるだろうかこの違い。
私の断言にきょとんとしたシュランゲは、吹き出すように笑った。
「君の望むモフモフに嫉妬していたのに、そう言われては何も言えないね」
「えっ」
「私の妻が、他の男の毛皮ばかり求めているんだ。嫉妬するのは夫として当然のことではない?」
「お、おーっと!」
不穏な台詞にすぐさま距離をとろうとしたが、気付いたらシュランゲの腕が私の胴体に絡みついていた。
そう、蛇のように。
「巫女が選ぶのは、三百年国を治める血族…兼、自分の夫」
「ふがっ」
「そう、巫女の血筋が三百年、この国を治める役割を担うんだ…そう説明したよね? 私の奥さん」
「ひぃい顔がいい! 声もいい! 絡みつく腕がエッチ! けしからん!」
「面白い子だなぁ」
おもしれぇ女いただきました!
そう、私がやけにモテているのは、私の夫が長になるから。
巫女の夫の血族が長となり、三百年間国を治める。
私が周囲の思惑とか、そんなことを気にせず自分本位に相手を選んだのは、調停役じゃなくて旦那さんを選んだつもりだったからだ。
旦那さんにするならさ!! 好みを追求するじゃんね!!!
ちなみに巫女の相手選びに期間があるのは相性を確かめるためだったりする。
三百年間調停する一族を選ぶのだ。夫婦仲が悪いと続くものも続かない。半年後の最終選考で、私は本格的に夫を決めることになる。
「半年後の最終選考まで、候補でしかないから手出しはしないけれど…だからって何もしないわけではないよ?」
「あああ吐息がエロい! 普段落ち着いたシュランゲのウィスパーボイスご褒美でしかない! 耳から孕んじゃう! この囁く十八禁! 私にはまだ早い!!」
「異世界人って耳から孕むの? ここじゃなくて?」
「えっちぃ!」
ヘソの下、ヘソの下は触っちゃいけません! お肉の付き具合も気になります!
クスクス笑ったシュランゲは、きゅっと私を絞めた。ほぎゅわっつ。
「檻みたいだとナカバは言うけれど、その通り。君にとってここは檻だよ。君が安心して生活できるように、私がすべて整えた檻だ」
ひんやりした頬が私の額に触れる。滑らかで、鱗のように煌めく肌が。
「可哀想なナカバ。尊い巫女なのに、私にしか縋れない可哀想な女の子」
そのまま柔らかな唇が、私の額に触れる。
ちゅ、と響くリップ音。ちろりと舐める舌がとても淫靡。
「でも、君が自分から私を選んで、私の巣穴に飛び込んだのだから…君は私のものだよね」
言いながら、どんどん腕の締め付けが強くなっていく。
まるで、蛇が絡みつくように。
「飛び込んできた君のために何でもするから、私なしでは生きられない君でいてね」
麗しい傾国顔の男は、まさしく楽園で女を誑かした蛇のように、私へ囁いた。
「…だ、堕落させられる…!」
アレルギー問題で本当に他で生活できない私は、好みの男にデロデロに口説かれて腰が抜けた。
大蛇に絡みつかれて身動きできない獲物のように、丸呑みされるそのときを待つしかなかった。
ちなみにシュランゲは本当に半年、私が最終的に夫を選ぶまで、手を出すことはなかった。
まあ、手を出す、の意味を問い質したくなるくらい、ネチネチされたけど!!
半年後。
…他にも、アレルギー反応の出ない獣人はいたけれど。
私はシュランゲを夫に選び、この国の長が決まった。
それから、一族同士の諍いが起きる度、シュランゲの…蛇一族の強烈な睨みを受けて恐怖を植え付けられて、強く出るものはいなくなった。
威圧に屈しない血気盛んな者たちは、蛇一族の細身なのに強烈な握力で、手足を砕かれることになったという。
…あれっ? 結局暴力??
いや、言葉が通じない相手にはそれしかないけれど。見た目より強い、ということで今まで選ばれていたモフモフたちだけでなく、他の一族も発言できるようになっているらしい。
それには私も一役買ったつもりだ。
アレルギー反応の所為でシュランゲの
生命の危機故に、彼の作る檻から出られなかった私だけど、依存して頼り切るのは怖いから、色々できることはしなくちゃだよね。
しかしその指南書の所為で「巫女様は呪いの所為で私達を選べないが本当は私達が大好きなんだ!!」と微妙に間違っている理解をされ、婚姻後も関係を迫る男が数知れず、私の引き籠もり監禁ライフは度々くしゃみ鼻水痒みに襲われることとなる。
やっぱり人選ミスだよ神様ァ!!
※
この国では、毛皮のない獣人は地位が低い。
それは、調停者を選ぶ神子が毛皮のない一族を恐れ、疎むから。
初代の巫女は毛皮を持たぬ獣人の本性を知り、青ざめた顔で気絶したらしい。目を覚ましてからも恐ろしい、悍ましいと逃げ回った記録がしっかり残されていて、毛皮を持たぬ一族はそれだけで発言権を持たぬ畜生と成り果てた。
排斥されながらも巫女が召喚される場に爬虫類…蛇の獣人であるシュランゲがいたのは、二代前の巫女が「差別よくない」と毛皮を持たぬ獣人を排斥する風潮に顔を顰めたからだ。
彼女が選んだのは狼の獣人だったが、亀の獣人を友人として重宝していたらしい。そのこともあり、立場が回復傾向にある爬虫類の獣人も儀式の場に立つことを許されていた。
それでも、彼らが選ばれるはずがないと誰もが思っていた。
そういうシュランゲだって、自分が選ばれるなど思っても見なかった。
別に、能力で劣っていると思ったことはない。蛇の一族は一度絡みつけばどんな猛獣だろうと逃がしはしない。牙には毒が潜んでいて、一度噛みつけば生きて帰れない。そのことから毒舌の一族とも言われているが、吠えるだけしか能のない輩に何を言われても響かない。
シュランゲは、蛇の一族だからと下に見られることが多かった。それでも、能力で劣っているつもりはなかった。
しかし漠然と、自分は巫女に選ばれないと思っていた。
なぜなら巫女は、毛皮を好む生き物だと、そう思っていたから。
だから毛皮を持たぬ自分は、そもそも巫女のお眼鏡に適うはずがなかった。
儀式で現れた、うら若き乙女。
手も足も小さくて、すぐにコロリと転んでしまいそうな小柄な少女。ふわふわした長い黒髪は柔らかく広がり、白い頬ももちもちしていて美味しそうだった。
大きな目を見開いて、ぽかんと小さな唇を開けて…チラリと覗く白い歯が、赤い舌先が、全く尖っていないことからとても弱い生き物に見えた。
「うそ。じゃあ私、かえれないの?」
そんな彼女が、滂沱の涙を流す。
説明を受けた彼女は自分の運命を知り、なんとかならないかと神殿のものに必死に訴えて…それが叶わぬと知って滂沱の涙を流した。
そんな彼女に、神殿のものは容赦せず選択を強要する。
「この世界を三百年調停するに相応しい一族。あなたの夫を選んでください」
この国の獣人達の本性は獣だが、人の心のない要求だと今でも思う。
呆然と涙を流す彼女は周囲を見渡し、ますます困惑と焦燥に身を焦がし…シュランゲと、目が合った。
必死に助けを求める真っ黒い目が、シュランゲを見つけた。
このとき、実は他にも毛皮のない獣人はいた。
シュランゲは蛇だが、それこそ亀の獣人もトカゲの獣人もいた。毛皮を持たぬ獣人は、数こそ少ないがシュランゲだけではなかった。
それでも。
「あ、あなたに決めた――――っ!」
泣いている女の子にそう訴えられて。
心動かさぬ男は、この世界にはいないだろう。
少女はナカバと名乗った。
動物アレルギーで、モフモフとは共存できないのだと悔しそうに訴えてきた。
悔しそうに訴えるナカバの言動から、巫女の世界では毛のある動物が癒しで、可愛がられていたことを知る。
つまり、毛皮の一族が選ばれていたのは、能力ではなく完全に見た目が重視されていたのだ。
「全員がそうだったとは思わないけど、多分そこまで深く考えてなかったと思うよ? モフモフ可愛い。可愛いんだから情がわく。つまり好きになる。単純にこれだけじゃない?」
ナカバもアレルギーがなければ愛でていたと言っていたので、能力ではなく見た目で判断されていたのだと知る。
ナカバのように召喚されてすぐ相手を選べと言われたのなら、見た目で選ぶのは当然と言えば当然のこと。
そこまで考えれば、自然と結果は見えてくる。
(最初は伴侶ではなく、愛玩動物として選ばれていたのでは?)
そんな考えに行き当たって笑いが止まらなくなった。
力自慢の彼らも、巫女からすればただの愛玩動物であったのだ。
勿論選定期間内で愛情が芽生えたからこその三百年の調停が成立しているわけだが、毛皮の一族が主張する権威が愛玩からきていると思えば笑ってしまう。調停の能力ではなく、愛らしいモフモフとして選ばれたのだ。
そしてナカバは、シュランゲの元でないと満足に生活できない身体だった。
モフモフを愛玩として求めていても、それが許されぬ身体。
「シュランゲの傍じゃないと私が(乙女として)死んじゃうー!」
そんなことを言われて、ただ慰めるだけの男だと思われては困る。
生きていけぬのなら、囲うしかない。大歓迎だ。自分の傍でないと生きられないなんて、なんていじらしく愛しい生き物だろうか。
(それこそ檻で囲って愛で続けよう。清潔さを保って、人の出入りを制限して、外を恐れる彼女を私だけの庭で育てよう)
召喚された巫女は二度と帰れない。
そう告げられてから、ナカバは毎日親が恋しいと泣いている。シュランゲの腕の中で、一人にしないでと泣いている。
(ああ、なんて可哀想で…愛おしい)
明るく振る舞っても、弱さは隠せない。その弱さをあっさりシュランゲに晒して、付け込まれて、彼女はシュランゲの用意した檻から逃げ出せない。体質的なこともあるし、単純に異世界ではじめて自分で選んだ、シュランゲの傍を離れることを恐れている。
強要されても、自分で選んだ。
その事実が、ナカバがシュランゲに固執する要因の一つになっている。
なんていじらしくて、愛らしいのだろう。
(もっともっと、私なしでは生きられない君になって欲しい)
元気な彼女も好きだから、やり過ぎてはいけないとわかっている。
誘惑と戦いながら、シュランゲは今日も自分だけの特別な巫女を愛でていた。
それこそ珍しい愛玩動物を可愛がるような、歪さで。
しかし彼はまだ知らない。
愛玩動物は、大事に育てれば育てるほど、家族と同等の…それ以上の存在となることを。
飼い始めたばかりの彼は、まだ知らなかった。
人選ミスだ こう @kaerunokou
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