三章-2 家で迎える昼
(そうして人々は自然の力の下に繁栄した。日々の糧を喜びとし日常を営んだ……)
本を閉じて、ふう、とテイワズは息を吐く。
あれからフォルティに教えてもらい、本をスラスラ読むことができた。
頻出するその言葉に、フォルティが首を傾げていた。
「火、水、大地……それぞれの魔術の要素、力のことをまとめて自然の力と読んでるんでしょうか?」
自然の力。すべてを統べる力。
「自然の力ですべてを治め……って、ことはまさか、三大要素をすべて持っているっていうことですかね……?」
ううむ、と唸ったフォルティはテイワズよりも深く思案しているようだった。
「自然の力を持つ王が統治する世は太平な世として栄えていった……と、ふーむ」
こっちの方がわかりやすいですね、とフォルティが叩いたのは赤髪の男性に勧められた方の本だった。
「しかし、なんで建国にまつわる古代の話や魔術の創生の本なんて読んでるんです?」
「ちょ、ちょっと興味があって……」
「ふうん。そうなんですか」
テイワズの言葉に、フォルティは引っかかった様子もなく頷いた。
「あの一緒に観に行った劇もそうでしたが、やっぱりこういった不作の年はみんな明るい夢のある話が読みたくなるんですね」
──そう、治安のよかったこの街で、しばしば物盗りが起こるようになったのはひとえに不作のせいだった。
天候不順による不作。人々はそれを王のせいにした。
領主が魔術を使うことにより、大雨時にも災害を防ぎ、害虫の発生も延焼させ対策し、地崩れも塞ぐことができるが──全ての作物を守れるには至らない。
日照りや豪雨は防げない。
大地の力は枯れた草木を甦らせるには至らない。
周りに天才と呼ばれ魔術の能力の高いルフトクスの大地の力でさえ、花一輪咲かせるのが精一杯。本来草木の成長までは操ることができない。
同じ大地の魔術を使うエイルでさえ、それをできない。とはいえエイルは地を揺らし割ることができ──破壊力という面では兄弟一番であった。
「一人で複数の魔術要素を持つとか、第四の元素があったとか……」
フォルティは読んだ本を撫で、観た劇を思い出し、テイワズに呟いた。
「人は夢を見るのが好きですね」
フォルティとの会話はそれで終わり、戻ってきた兄たちと食事をして寝支度を整え、そして寝室で一人で過ごす今に至る。
そうだ、夢みたいなできごとだった。目を閉じても残ってた疲れが現実だと教えてくれた。
(第四の元素──自然の力、それはきっと、風のこと)
その風の素養が自分にあるのだ。
今となっては出生さえも謎になった。それ故因果などわかるわけもなかった。
こうして魔術のことを知っても、自分の謎にまでは──きょうだいの謎にまでは届かない。
考えてしまうと夜は随分長かった。
(眠れない)
明かりをつけて本を読んで、朝を待とうと思った。
(血の繋がりのある兄は誰なんだろう? それでもお兄様たちと呼んでいいのか)
わからなくて。ぶつかると逃げてばかりだった。
いつか私は変われるだろうか。
名前を呼ばれて逃げられない状況で、まっすぐ前を向けるだろうか。
随分時間が経った。テイワズがカーテンを開いて窓の外を見ると、白い月が煌々と輝いていた。
(神々しい、白銀)
しばらく見惚れた。
それからカーテンを閉めると、同時にノックの音が飛び込んできた。
「おい」
「……ヘルフィお兄様?」
「おう」
こんな時間に。どうしたんだろうと思いつつもすぐに扉を開けると、ヘルフィがいた。
「どうしたんですか?」
月と同じ白銀の髪は、夜でもよくわかる。
扉の向こうにいたその顔は不機嫌だった。
「こんな時間にノックされて開けんじゃねぇよ」
「ええ……」
理不尽だ。
テイワズもヘルフィと同じ表情になった。
「俺様以外開けんじゃねぇぞ」
それでもヘルフィの理不尽も俺様も今までのことだ。──十何年。物心ついた時にはずっとそうだったのだ。今更不服とまでは思わない。
はいはい、とテイワズが流すと、ヘルフィは後ろ手で頭をかいた。
「あー……部屋……いや、外の方がいいな」
「話とかでしたら、部屋の中でも構いませんよ?」
話の内容は想像がついた。だからこそ人目を凌いだ方が良いかと思って言った提案だったが、ヘルフィは首を横に振った。
「やめとく。お前も男入れんな」
「男って」
変わらず不機嫌そうなその顔を見た。
「お兄様じゃない」
「……それでもだ」
その言い方がらしくなかったので、その話題はそこまでになって二人で家の庭に出ることにした。
「体は変わりねぇか」
「はい」
「……そうか」
月が二つあるみたいだ。ヘルフィの銀髪を見て、テイワズはそう思う。遮るものがない月下で銀髪はその返事と違って躊躇いなく輝いていた。
開けた家の庭。どれも閉められた部屋の窓はすべて暗い。月の光が照らす庭で、ヘルフィは指先に火を灯した。
「これ、消せるか」
「え」
指先の炎に、ヘルフィの赤い瞳が揺れる。
(試されてる)
テイワズの魔術の素養を。
(確かめられてる)
あの日の出来事が──夢じゃなかったか。
唾を飲んで、それから頷いた。
(逃げない、ごまかさない。私も)
──私も知りたいから。
呼吸を整えて、手を伸ばす。魔術の使い方なんてわからない。
(思い出せ)
確か、あの時は──。
「願うんだ。伝えるんだ」
ヘルフィが言った。
テイワズからは炎に揺れる瞳が見えて、ヘルフィからはテイワズの金髪が赤く照らされているように見える。
「俺様も毎回、火よ、って内心呼びかけてるぜ」
「……ありがとうございます」
悩んだ様子に気付いたような、絶妙なタイミングだった。
(お兄様は、優しい)
妹でありたい。家族でありたい。そう思う。
ヘルフィだけじゃない。五人の兄──全員に。
けれど彼らはそうじゃなかった。
(……今思い出しちゃダメね)
つい考えてしまった。
邪念を吹き飛ばすつもりで深呼吸を、一つ。
それからゆらめく炎を見る。
(お願い、風で……火を消して)
呼びかければすぐだった。
目に見えないそれは、テイワズの髪を撫でた。
それと同時に、ふ、とヘルフィの指先の炎が消えて庭が暗くなった。
「……間違いねぇなあ」
ヘルフィは炎の消えた指先を確認した。
「俺様の炎は自然の風じゃそうそう消えねえ。これは魔術の炎だ──鋭い風は魔術の風だった」
風が二人の間を逃げるように走った。
その風は掴めず、ただ金と銀。月の色を撫でただけだった。
*
「ティー。今日も図書館行くのー?」
ふわ、とあくびをしたルフトクスに釣られそうだった。うん、と頷くとロタが眼鏡を押し上げた。
「図書館ですか。いいですね」
「僕も行きましょうか?」
フォルティがテイワズに聞くと「あー、抜け駆けー」とルフトクスが指差して、下の兄二人の会話が始まる。
それを横目にロタがテイワズに紅茶のおかわりを淹れる。
「図書館であれば女性一人でも安心ですしね、変な輩もいないしいいでしょう」
そうですね、とテイワズが頷いたところで、眠そうな顔をしたヘルフィが入ってきた。
「おー……」
後ろ手で髪をかくヘルフィに四人はそれぞれ朝の挨拶をする。
「ヘルフィ、早く支度してください」
ロタが紅茶を渡して言うと、おう、と返事を一つ。それから砂糖を入れながらテイワズに言った。
「あんま出かけんじゃねぇぞ」
「え? なにー、兄さんったら過保護ー」
からかったのはルフトクスだ。
「一体どうしちゃったのー? 急にそんなこと言うなんて」
「……別に急でもねぇだろ」
うっせぇなあ、と言わんばかりの顔に、はいはいとルフトクスが流した。
誰も飲めないほど甘ったるい紅茶を飲むヘルフィにテイワズは笑いかける。
「大丈夫ですよ。図書館には親切な方しかいませんから」
今日、赤い髪の男性に会ったらお礼を言おう。
そう決めて、兄たちを見送って、テイワズは昨日借りた本を持って図書館に向かった。
「やあ。昨日の本はどうだった?」
かけられた声に驚いて、危うく本を落としそうになった。
「昨日の」
赤髪の男性だった。紫色の瞳を人が良さそうに細めて、相変わらず控えめだが質の良さそうな服を着ている。
「ありがとうございました。おっしゃる通りでした」
テイワズは微笑みながら答える。
「ああよかった」
丁寧な物腰と言葉遣いに、ある程度立場のある人なんだろうな、とテイワズは推測する。
「珍しいね。魔術の古にまつわる本を読むなんて──外に出てみるものだ。同じ物好きに会えるなんてね」
物好きなんてひとまとめにされた。
言葉に引っかかるものがあるとはいえ余計なことは言うまい。テイワズは薄く笑う。
「もし他にも気になった本があったら言ってよ。話ができると嬉しいんだ」
「ありがとうございます」
言葉はそれだけに留めた。社交辞令だろうし、社交の付き合いは今は控えたい気分だ。
淑女としては完璧なテイワズの笑みを見て、男性は笑顔を残してこの場を去った。
(紳士的な方だった)
歳は兄たちと同じぐらい──一番上のヘルフィと同じか少し上くらいだろうか。落ち着いているから上に思えるだけかもしれない。
不用意に他人を、特に男性を頼るのは少し気が引ける。
結局その日はそのままその男性とは話すことがなかった。
本を読んでも『風』にまつわる目新しい情報はない。
古い文献に僅かに『統べる力』『自然の力』と、『風』と思わしき言葉が並ぶだけだ。
(書いてない……)
博識なルフトクスも天才のフォルティも知らないのであれば、風の魔術を使う者は記録を残すほど数が多くなかったのか──それとも歴史的に隠されたものなのか。
(考えてもわからない)
テイワズは図書館を出ることにする。
まだ陽は高く昇っている。逆にこの力を家で試してみてもいいのかもしれない。
本を持って長い階段を降りる。他の人と同様、それだけ。
階段に脚を置いたその時、本を持つテイワズの手首が強い力で掴まれた。
「きゃっ」
突然現れた人影に掴まれて、手元から本が落ちる。引っ張られた手の先を見るとそこには体格的に男だと思われる人物がいた。
(なに!?)
黒い外套を纏う体に、フードは頭まで覆われていてわからない。
(誰なの!?)
掴むための先から敵意が漏れ出るようだった。強い力はテイワズの手首に食い込んで、その向けられた悪意に血の気が引いた。
(金品払いの物盗り?)
ロタといた日そんなことがあった。今年は天候が悪く農地は不作らしい。だからそう思ったのだ。
「テイワズ・オスカリウス」
呼ばれて背筋が粟だった。
(私を狙って──?)
その声は落ち着いた男性の声に思われた。テイワズの視線に答えず、手首を強く掴んだままその男は続けた。
「一緒に来てもらおう」
背筋に尖ったものが当てられたことに気がついた。容易にナイフが想像できた。
(どうして……なんで!? どうしよう)
大声を出すのは得策ではないと直感でわかる。掴まれた手首の力は有無を合わせるものではない。
何もわからない。目的も、どこに連れて行かれるかも。
(助けてほしい)
願いの宛先は家族だった。
(お兄様)
誰か一人の顔を思い浮かべたわけではないけれど。そう呼べば反応してくれる五人の兄を思い浮かべた。
(泣くな。何されるかわからない)
せめてしっかり立て。
屈辱に負けないよう、自らを奮い立たせると、背筋のナイフの存在感を色濃く感じた。
階下の御者は気付いていない。涙は我慢できても冷や汗までは我慢できない。顎下に冷たいものが伝ったとき、凛とした声が割った。
「離しなさい」
兄の声ではなかった。それでもそれはテイワズの助けに応える声だった。
テイワズが振り返るより早く、掴まれていた手首が離れた。
「ぐあっ!」
「やめなさい。女性の手を掴むものではないよ」
背筋から脅威が去った。手首から悪意が消えた。
自由になった体に状況を確認することができた。
先ほど図書館で話した赤い髪の青年が、黒い外套を纏う男を締め上げていた。
綺麗な服の腕に掴まれる男は呻き声をあげたそれから舌打ちすると、大きく鼻息を鳴らして赤髪の青年の腕を振り払った。
「邪魔が」
入ったな。
見た目同様、陰鬱さを引きずった声だった。
赤髪の青年が、待ちなさいと声を張り上げたけれど、黒を纏った男は舌打ち一つ残してその場から立ち去った。
「君、大丈夫だったかい?」
かけられた声に振り向いた。
「あ」
赤髪の青年が、紫色の目を心配そうに下げてテイワズを見ていた。
「はい、大丈夫です……」
「いや、大丈夫じゃないだろう。顔色が悪いよ」
テイワズの顔を見た青年が、階下に向かって大声を出した。
「おーい! この子の家の者は!?」
その声に気がついてオスカリウス家の御者が顔を上げる。
「いえあの、大丈夫ですから……」
御者に言われて仕舞えば、家族に伝わる。
兄たちに心配をかけたくなかった。
青年はテイワズの静止を聞かず、階段を駆け上がってきた御者に伝えた。
「先ほどこちらの女性が悪漢に襲われそうになっていたよ」
御者はなんてことだと叫んで青い顔をしてテイワズの身を慮った。
「むしろ、助けていただいてしまって……」
「いやいや、当たり前のことだよ」
お礼を、と言うと、赤髪の男性は微笑んだ。
「それでもまた、図書館に来てもらえたら嬉しいな。──隠れた名著とかあるからね、お勧めさせてよ」
「そんな」
さすがに命の危険を助けてもらったのだ。それだけでは引き下がれない。それでも青年は充分だと言った。
「物好き仲間として……わたしと話してくれたら嬉しいな」
*
「ティーが襲われただあ!?」
御者の首を掴んだのはロタだった。
「何やってたんだ!」
「おいやめろ」
苦しい表情で謝る御者の首を掴むロタの肩を、ヘルフィが乱暴に抑えて離す。
その勢いに眼鏡が落ちて、ルフトクスが拾った。
「んー、どうしてそうなったわけ?」
ルフトクスから受け取った眼鏡をロタがかけなおす後から、フォルティが現れる。
「ええ。一体どうして……なんでそうなったか気になりますね」
「あ、それは……」
テイワズの説明よりも、御者の申開きが先だと、兄四人は御者を問いただす。
銀。黒。茶。紫。四つの髪の色は並ぶと壮観だ。
赤。青。金。そして赤。三色の八つの瞳は強い光だろう。
突然のことだったと、御者は改めて状況を説明した。一通り聞いてから、ルフトクスが唸る。
「うーん、どうしてティーが狙われたんだろうね」
「世界一可愛いからに決まってるでしょう」
答えたのはフォルティだ。
「それはまあ、そうなんだけど」
ルフトクスが頷いて。
「あなたたち、ふざけないでください。──まあ、間違ってないですけどね」
ロタも諭しながら頷いた。
「あはは……」
まあいつものことだ──今まで通りのことだと兄たちの様子に苦笑する。
「物盗りでしょうか……いや、金品目的としてもティーは本しか持ってなかったわけでしょう?」
「おれたちに恨みがあったとかー?」
「無差別なのか、そうじゃないかすらわかりませんからね……」
ロタ、ルフトクス、フォルティが顔を合わせて唸り合う。
「僕ががずっと傍についてるべきでしたね……」
「おれとのーんびり過ごしてればよかったねぇ」
「自分がいればそんなこと許しませんでした」
兄三人の吐く重たい息と言葉が重なった。
(私の名前が呼ばれたと──言うべきなのか)
その横で、テイワズはこっそりとヘルフィを見た。
(なぜ知られたのかはわからないけれど──狙われたのは私……私の力。それ以外に理由がない)
ヘルフィと目が合った。頷いたわけではないけれど、お互いわかり合ってることが、視線だけでわかった。
(風の力が狙われたと思うのね)
ヘルフィが三人に視線を戻した。
「……とにかくだ、俺様たちの妹が狙われたのは間違いねぇ」
三男がヘルフィに視線を渡した。
「今後もあるかもしれねぇ。……俺様がしばらく付き添うことにする」
テイワズは顔を上げて兄の顔を見た。
(風のことは秘密のまま……ということね)
それは信頼してないという理由ではなく、きっと何もわからない今混乱に巻き込みたくないからだろう。
「ロタ。テメェしばらく俺様の代理で仕事頼めるか」
兄の言葉に、ルフトクスがえー、と口を尖らせた。
「ちょっと待って、兄さんそれずるくなーい?」
「ばーっか! ずるいとかそういうもんじゃねぇだろ!」
「そうですよ。……悔しいことに、あなたじゃないとできない仕事もあります」
ロタに言われて、ヘルフィがぐっと言葉を飲み込んだ。
「あっ、じゃあ兄様方はお仕事頑張っていただいて……僕がティーを守りますね!」
「そーそー! じゃあおれたち学生組にお任せくださーい」
団結した弟二人に、黒髪の兄は眼鏡を持ち上げて諭す。
「あなたたちも勉強が本文でしょう。天才だからって許されませんよ。学校でのオスカリウスの評判もあります」
「えー。じゃあ、どうするのさー」
口を尖らせたルフトクスを見て、それからフォルティを見て、ヘルフィを見て──最後に視線はテイワズに投げられた。
「折衷案です。一人ずつ順番に休むことにしましょう」
ヘルフィは、ロタのその言葉に舌打ちをしたけれど、異議を唱えることはなかった。
「それにしても、ティー……怖かったよねぇ」
ルフトクスがテイワズの頭を撫でて、その手で自分の肩に寄せた。
(ルフお兄様!?)
よしよし、と自分の胸元に寄せたテイワズの頭を撫でて言う。
「だーいじょうぶ、これからはおれたちが守ってあげるからねぇ」
「あっ! ルフ兄様ずるいですよ!」
フォルティがテイワズの肩を反対側に寄せ返す。
「こら、あなたたち」
ロタが立ち上がり、テイワズの座る席の後ろに回った。テイワズの肩の二人の手を振り払い、自分の手を置いた。
「ティーを困らせないって、最近話したばかりでしょう」
そして、テイワズの頬を持ってその顔を上げさせた。
(ロタお兄様!?)
顎が上がり、ひっくり返ったテイワズの視界に、ロタが映る。
「もう安心してください──そんなやつ、オレが見つけてどうにかしてやるから」
余ったよりも獰猛な青い瞳に、テイワズが目を丸くした。その様子に騒ぎ出すフォルティとルフトクス。
騒々しくなった空間に、ヘルフィが吠えた。
「だーっクソ! テメェらうるせぇ!」
そう言ったヘルフィは弟妹に言い聞かせようだった。
いいか、とにかくだ──。
そう言葉がテイワズに向けられる。
「テメェは俺様達に守られろ。ぜってぇ守ってやっから」
*
その日の夜飛び込んできたノックの音は意外ではなかった。
「どうぞ」
「すぐ開けんなって言っただろ」
テイワズが扉を開くと、そこにいたのは銀髪のヘルフィだった。
不機嫌そうな顔に、テイワズは思うままに返事をする。
「だってお兄様だとも思ったから」
「そーいうのが悪ぃんだよ……」
「何が悪いんですか」
「あー、もう、クソッ」
そう悪態をついて、人差し指を立ててテイワズの額を軽く突いた。
「だーかーら……アイツらは調子に飲んだよ、ばーっか」
もう、と膨れて、小突かれた額を手で抑える。
それから数拍間があって、テイワズがヘルフィの顔を覗くと、赤い目は真っ直ぐテイワズを映した。
「襲われた時──怪我とか、なんかされたりとか……ほんとになかったんだろうな?」
あまりにま真剣な顔だった。
攻撃的な赤い目は眦が少し下がっていて、テイワズはそこから滲む感情をひしと感じた。
「はい」
だから、笑った。
「大丈夫でした…………名前を呼ばれただけで」
「呼ばれたのか!?」
聞いた途端、目を開いてテイワズの両肩を掴んだ。
(強い力だ)
掴まれた肩の力は、雄の獣に抑えられたかのように、強い。
ヘルフィは少し戸惑うテイワズの顔を見て手を離すと、すまん、と小さく謝った。
「は、はい……」
「確実に狙われてるってことかよ……」
チッとされた舌打ちに、テイワズは視線を床に落とす。
(やっぱり、風の素養よね……)
同じことを考えたいるだろう兄の眉間には、皺が寄せられていた。
「とにかくだ、テメェはもっと警戒しろ。外でも……家でもだ」
「家でもですか?」
「本当は」
首を傾げたテイワズに、ヘルフィの返事は早かった。
「本当は……俺様がずっとついてるべきだと、思ってる」
赤い瞳がテイワズを映す。
暗い部屋の廊下。ヘルフィはテイワズの部屋の中に入ろうとはしない。
「何かあったらすぐに言え。知らせてくれ──お前は……俺様の……」
テイワズは続く言葉を黙って待った。
開く口元からは、牙が見えた。
「……俺様の、妹だからな」
なんでそんな顔なのかわからなかった。
「ありがとうございます……お兄様」
それでも、返事はこれで正しいはずだと、テイワズは思った。
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