小さな町のしがない牧師の俺。剣の道を志す女から鍛えてくれと言われていつの間にか一緒に住むことになったんだが、ちなみに俺、剣握れないんだけど?

綾瀬桂樹

第1話 小さな町の牧師

 「団長……お、お見事です!」


 剣身についた紫色の血を振り払ってから鞘に収めようとしていると一人の男が大きな声をあげていた。


 「いや、こんなのは大したことではないよ、みんなが一緒に戦ってくれたからだ」


 自分の目の前には一回り以上ある巨体が白い煙を立てながら倒れていた。


 「いえ、団長がいなければ全滅もあり得る事態でした……!」

 

 そう言って男は姿勢を正し、すぐに体を直角に曲げていた。


 「シグナス団長がいればこのアグスタ騎士団は不滅です!」

 「そんなことないから、いくら何でも持ち上げすぎだよ」


 自分の言葉に他の男たちは笑い合っていた。

 

 ——この時は、こんな日が続くと思っていた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「シグナス先生、起きてください! 朝です!」


 耳に突き刺さるような声がすると同時に目の前が真っ白になった。


 「……頼むからあと5分だけ寝かせてくれないか? 昨日は夜が遅くて」

 「ダメです! そもそも夜遅かったのはお酒を飲んでただけじゃないですか! そもそも神に仕える身でありながら……って寝ようとしないでください!」


 布団の中に潜り込もうとしたのが見つかり、体温がたっぷりと染み込まれた布団が剥ぎ取られてしまう。

 窓も空いているためか、冬の乾いた風が部屋の中へと忍び込んでいた。

 眠い目を擦りながら渋々、体を起こすと先ほどから大声をあげている人物の顔が視界に入った。

 朝日を浴びてキラキラと輝いていている見える栗色の肩まで伸びた髪にクリっとした大きな明るい青色の瞳。

 一見、少女にも見えなくもない背丈だが、確か年齢は18歳だと以前話していた。

 

 「先生、起きていますか?」

 

 この子の名前はカレン。

 この教会で俺と一緒に働く女性牧師だ。

 牧師の衣装とも言える法衣やベールを身につけておらず、動きやすい身軽な服装をしているからさっきまでいつもの日課をこなしていたのだろう。

 さっきの言動やこういう真面目さが町の人たちからこの真の牧師と言われる所以なのだろう。


 「起きてるよ、こんないい天気ならもう少し寝ていたいけど」


 寝起きで脳が完全に起きていない状態でも思っていることをカレンに伝えると困り顔が一瞬にして怒りの形相へと変化した。

 

 「早く顔洗って法衣に着替えてください、もうすぐ朝のお祈りのお時間ですよ!」


 そう告げたカレンは部屋に置かれた時計へと指を指す。

 彼女の指に引き寄せられるように時計へと目を向けると朝のお祈りと決めている時間になりかけていた。


 「わかったわかった……」


 欠伸で大きく開いた口元を手で抑えながらベッドから降りた。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「あら、シグナス先生おはようございます」


 洗顔や着替えなど諸々済ませてから礼拝堂へと向かうと既に数人が横長の椅子に腰掛けていた。

 ここにいるのはこの教会がある田舎町トライアンフに住んでいる人たちだ。

 真っ先に声をかけてきたのは酒場を経営しているアドレス夫人。

 壇上にあがりながら彼女に会釈をすると、笑顔で手を振っていた。


 「先生、時間ですよ……」


 俺の横でヴェールと女性用の牧師服を纏ったカレンが小声で話しかけてきた。


 「ありがとう」


 返すと同時に俺は聖書を開いた。


 「おはようございます。まずは素晴らしい朝を迎えることができたことを神に感謝いたしましょう」


 そう告げてから両手を組み、ゆっくりと目を瞑っていった。




 「ふわぁぁぁぁぁ〜」


 朝の礼拝が終わり、来ていた町の人たちが帰ったことを確認してから外へ出た刹那、欠伸がでる。

 顔洗ったのはいいが、礼拝中ずっと我慢していた。

 礼拝中、何かの節に欠伸なんてした日にはカレンの小言を言われるだけでは済まないだろう。


 「先生、はしたないですよ」


 そんなことを考えていると、声をかけられた。

 呼んだのは誰でもないカレンだ。

 先ほどまでは牧師服を着ていたが、今は俺を起こした時と同じ動きやすい格好で右手には練習用の木剣が握られていた。


 「そう言うなって、さっきまでアドレス夫人の長話を聞いていたんだから」

 

 礼拝前に手を振っていたアドレス夫人はこの町でも長話で有名な方だ。

 礼拝が終わると必ずと言っていいほど、俺に話しかけてくる。

 何か悩みがあるのだろうと思って話を聞いているのだが……。


 「今日はどんなお話でしたか?」

 「基本的には変わらないな、旦那さんへの愚痴だったりご近所の噂話だったり」

 「またですか、飽きないですね……」

 

 カレンは顔を抑えながら大きくため息をついていた。

 

 「あとは、この辺りに野盗が出て、食材の搬入が遅れてるとか言ってたな」

 「……なるほど」


 何故か考え込んでしまうカレン。

 何か思い当たる節でもあるのだろうか?


 「耳にしてるとは思うが、自警団にも念の為伝えて——」

 「——先生」

 「……うん?」


 話を遮るようにカレンは俺の名前を呼んだ。

 それに反応するように彼女の方へ向くと、


 「はっ!!!!」


 すぐさま、カレンは握っていた木剣をを勢いよくこちらへと薙ぎ払ってきた。


 「うおっ……!」


 突然のことで俺は思わず変な声がでてしまう。

 カレンの木刀はそのまま俺の体を向かっている。

 被害を抑えるために手を目の前にだすが、このままいけば手ごと斬りつけられてしまう。

 木剣とはいえ軽い傷では済まない。

 

 ——だが、体に触れる直前でピタッと動きが止まる。


 「……やっぱり敵いませんね」


 カレンはため息混じりに声を上げると、何事もなかったかのように木刀を自分の元へと戻した。


 「そのまま止めなければ傷を負わすことも可能だったと思うけど?」

 

 俺がそう告げるも、カレンは頭を小さく左右に振る。


 「……まだまだ鍛錬が必要ですね」


 カレンは小声でで何か呟くとその場を去ろうとしていたがすぐにこちらへと振り返った。


 「どうしたんだ?」

 「先生、今日は近隣の村への見回り礼拝の日ですがいつごろ出発されますか?」

 「……すっかり忘れてた」


 俺の返答にカレンはやっぱりと言わんばかりに呆れた表情をしていた。

 

 「やはり言っておいて正解でしたね……」

 「助かったよ」


 申し訳なさそうに返すとカレンはしっかりしてくださいと言わんばかりの顔でこちらを見ていた。


 見回り礼拝というのは、トライアンフから少し進んだ山岳地帯にあるキムコという小さな村があるが、そこには教会がなく、基本的には年配の方が多いため礼拝に出席することが難しい。

 そのため、週に1回こちらから村に出向いて礼拝を行なっている。

 また、最近この辺りにも野盗が多くなっているので、様子を見にいくのも兼ねている。


 「そ、それじゃ今すぐにでも出発しようか! い、今から行けば昼頃にはあちらに着くし」

 「そうですね、荷物持ってきますので、少し待っていてください」


 そう告げるとカレンは教会の中へと入っていった。

 そもそも荷物とはなんだろうか、基本的には聖書だけあればいいはずなんだが……


 「お待たせいたしました」


 少しして教会の入り口の扉が開くと牧師服姿のカレンが出てきた。

 そして、彼女の手には革製のトランクバッグ。


 「……どうかしましたか?」

 「いや、バッグの中身が気になってな」

 「聖書に着替えに……あとは野営に必要な道具ですね」


 中身を聞いて唖然としてしまう。

 たしかにキムコ村までは山道ではあるが、野営が必要なほど距離ではない。

 

 「先生、早くいきましょう」


 そう言ってカレンは歩き出していった。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 

 「少し前までは葉がいっぱいあったのに、あっという間になくなってますね」


 出発してから30分ほどで目的地へと続く山道に入るとカレンが話し出した。

 俺たちがいる山道は様々な木々に囲まれている。

 暖かい時期には果実が実り、少し前までは葉の色が変わったりと季節によって様々な姿を見せている。

 今は寒くなってきたため生い茂っていた葉が全て落ち、寂しい雰囲気を醸し出していた。


 「そういう季節だからな、また春になれば賑やかになるから気長に待つしかないな」

 「そうなんですけど……せっかく先生と一緒なんですから」


 さっきまでハキハキと話していたのにカレンだったが突然声が小さくなっていった。

 

 「どうした? もしかして寒かったか?」

 「そ、そんなことはないです!」


 慌てた素ぶりでそう告げるカレン。

 若干顔も赤いような気がするが、大丈夫だよな?


 「そ、それよりも時間おしてますので急ぎましょう!」


 カレンはそう言って早足で山道を進んでいく。


 「……カレン、ストップ」


 そんな彼女を制止させる。

 その直後、木の影から男たちが姿を現した。

 数は5人、男たちの手には小さなナイフが握られている。


 「おい、おまえら殺されたくなければ持っているもの全部置いて行きな!」

 「お、よくみたらキレイなのをつれてるじゃねーか!」


 カレンを見ながら、下品な笑いを浮かべる男たち。

 

 「先生、もしかしてこいつらが……」

 「最近この辺りに現れる野盗だろうな」


 何で自分たちの時に遭遇するんだと自分の運の悪さを呪ってしまう。

 いや、むしろ俺たちでよかったかもしれない。


 ——自分たちなら対処できるしな。


 「先生どうしますか?」

 「……どうするってすでに行動移す気満々だろ、スカートから剣の柄が見えてるぞ」

 「やはり先生にはバレていましたが……けどスカートを覗こうとするのはいいこととは思えませんよ?」

 

 カレンはイタズラをする子供のような表情で俺を見ていた。

 

 「……ま、先生になら中身を見せてもいいですが」


 すぐに小声で何かを言うと同時に剣を抜いて男たちへと向かっていった。


 「聖職者なんだから殺めるのはダメだからな……!」


 俺はカレンに大声で告げると同時に無事を祈ることにした。


 ——野盗5人が無事に生き残れることを。


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【あとがき】

お読みいただき誠にありがとうございます。


カクヨムコンに参加いたしました!

受賞目指して頑張りますのでこれからどうぞ、宜しくお願いいたします!

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