5-4
カイたちは精力的に輸送依頼をこなし、ヴァルデック侯爵星系内の各惑星に次々と荷物を届けていった。
広大な星系に点在する工業地帯や農業コロニー、そして商業施設へと、物資を届けるのは大変な労力を要した。
だが、オベリスクという小型母艦の豊富な積載能力を駆使し、カイたちは各地へと迅速に荷を運び入れていった。
オベリスクに大量の物資を積み込み、カイの白鯨号を使って各惑星にピストン輸送を繰り返す。
大気圏を出入りしながら、一度に多くの物資を運搬できる効率の良さが、彼らにとって最大の武器となった。
フローラの的確なスケジューリングとキャロルの迅速な対応も加わり、カイのチームは日々の任務を順調にこなしていく。
結果、カイの顔と名前は星系内で次第に認知されていった。
各惑星での納品時、取引相手の商人や関係者たちは、カイの信頼性の高さを口々に噂し、その名前は徐々に広まっていた。
「……最近、カイ・アサミって名前をよく聞くわね」
「ああ、ちょくちょく見かける奴でな。いつも時間に正確で大助かりだよ」
勿論カイの他にも多くの独立パイロットが輸送依頼を引き受け、日夜働いている。
にも関わらずカイの知名度が上がるのには、時間に正確という以外にも理由があった。
「特に彼が来てくれると、海賊もついでに狩ってくれるからなあ」
「なんか凄腕の用心棒を引き連れているんでしょう?」
「しかも、すっごい美人らしい……いや、俺は見たことないんだけどな」
最近、このヴァルデック侯爵星系では海賊の台頭を許していた。
統治が行き届いているにも関わらず、多くの海賊が到来しており星系防衛隊はその対応で目を回している。
元々治安が良かったという背景もあって、防衛隊の規模縮小をしていたことが災いし、対応は常に後手に回っていたのだ。
そうした状況から、物資輸送を担う民間企業は海賊被害を恐れて運送業を縮小し、結果として物資が滞る事態となった。
これに危機感を覚えた各惑星の統治者である貴族たちは、物資不足を放置できず、対応に追われ始めた。
生活必需品から工業用の資材に至るまでの物資が届かなければ、領民の生活や産業にも影響が出る。それは自分たちの首を締める問題だ。
そこで、貴族たちはパイロット連盟に依頼を出し、減少した輸送業の穴埋めを試みることにした。
貴族たちの狙いは見事にハマる。
普段、輸送業務とは異なる依頼をこなす独立パイロットたちも、報酬額が普段より高いこともあり、物資輸送を積極的に引き受け始めた。
連盟を通じて集まる依頼は次々と割り当てられ、カイのようなパイロットもその一部に含まれていた。
しかし、事態は単純ではなかった。
海賊たちは増加の一途を辿り、ヴァルデック侯爵星系は混沌の様相を呈し始めていた。
防衛隊の規模縮小と後手に回る対応により、海賊たちはますます大胆になり、輸送ルートは常に危険にさらされていた。
貴族たちは防衛の強化を検討しつつも、依然として海賊の襲撃が続き、星系全体が不安定な状態に陥っていた。
そうした中で独立パイロットたちは、報酬の高さに惹かれつつも、常に命の危険と隣り合わせの仕事をこなしていた。
◇◇◇
その日もカイは疲れを感じながらも、精力的に配送に勤しんでいた。
本日の届け先は、ヴァルデック侯爵星系の第5惑星、メーレスクローネ。
第6惑星ヴァルトシュテルンの兄弟惑星とも呼ばれ、この星系で指折りのリゾート惑星だ。
その殆どを海に覆われ、豊富な海洋資源を有する。陸地部は僅かで、その多くがリゾート施設で埋め尽くされていた。
そんなメーレスクローネの軌道上を周回するオベリスクは、物資輸送の要となっており、惑星各所への配送作業で艦内は忙しなかった。
勿論、その管理を一挙に担うのがフローラだ。
彼女はオベリスクのメインパイロットシートに腰掛け、自身で作った管理ダイヤを元に手早くカイの白鯨号に荷運びを行っていく。
「今回も満載だなあ。積み荷は、日用品の他には食料か」
白鯨号のカーゴに次々と積み込まれる物資の山を見つめながら、カイは積み荷のチェックリストに軽く目を通す。
配送業務が始まってからというもの、休む間もなく働き詰めだ。
フローラが管理する運行スケジュールは、一分一秒の遅れも許されない徹底したものだった。
「フローラさ、やっぱりスケジュールがキツすぎない? 少しずつ慣れてきてるけど、もう少しゆとりあった方が良くない?」
『あら、馴れてきたのなら問題ありませんわよね。そんな無駄口叩くなら、もっとギチギチに詰め込みますわよ』
相変わらず、ゆとりあるダイヤ改定は行って貰えず、むしろさらなる過労を盾に脅されればカイは黙るしか無かった。
だがカイの一番の問題は輸送依頼を終えた後の、フローラのストレス発散に付き合わなければならないことだ。
これが彼女一人だけなら、まだ良い。
だが、最近はそこにキャロルも加わったことで、カイの体力はいつも限界を超える寸前まで搾り取られていた。
浴場のマットの上で悲しみに暮れる日々から早く解放されたいと願ってやまない。
そんな余裕のない運行ダイヤに、カイは心の中でため息をつく。
「余裕というか余力が欲しいんだよな……俺の身にもなってくれって感じだよ……」
『何かおっしゃって? 積み込み完了しましたわ。発艦どうぞ』
「……なんでもない! 白鯨号、発進する!」
カイの意思とは無関係にスケジュールは容赦なく進行する。
荷運びが完了したのを確認すると、エンジンを点火し白鯨号を発艦させた。
広大な宇宙に飛び立つと、視界には無限に広がる星々が映り込む。カイはいつもこの瞬間、心の中が少しだけ軽くなる気がしていた。
だが、その安堵も束の間、コクピットに警告音が鳴り響いた。
カイは慌ててモニターを確認すると、視界の端に現れたのは、突如ジャンプアウトしてきた海賊船だった。
「マジかよ……こんなタイミングで……!」
『キャロル!』
海賊船はすでに白鯨号をターゲットにしており、逃げる間もなく迫ってきていた。
カイは操縦桿を握り締め、即座に回避運動と試みたが、カーゴを満載している白鯨号の動きは鈍く思うように動かなかった。
「うおおぉ、重い! ヤバイ……!」
焦りがカイの心に広がったその瞬間、レーダーに別の船の反応が現れた。
急接近してくる反応――それはキャロルのナイトフォールだった。カイの頭の中に安心感が広がる。彼女のタイミングは絶妙だった。
無線越しにキャロルの声が響く前に、彼女のナイトフォールから放たれたレールガンが海賊船を捉えた。
閃光が走り、一瞬で海賊船は爆発し、宇宙の闇へと散っていった。
『ふぅ、間に合ったー……ちょっと、お姉様! 監視はどうしたの!? ご主人様に何かあったらどうするの!』
無線越しにキャロルの激しい叱責が聞こえてくる。
それに対し、フローラは申し訳なさそうに応答する。
『ごめんなさい、見落としていたわ。けれど、変ですわね……デコイは機能している。偶然?』
『はぁ……何にしても、気を付けてよ? 引き続き哨戒に行くから、対空監視は任せたわよ』
カイは一連の出来事に疑問を覚えていた。
フローラが些細なミスをするとは到底思えなかったからだ。
彼女は優秀だ。伊達に特殊部隊のリーダーを務めていたわけではない。冷静沈着で抜けているように見えても、常に至る所に目を張り巡らせている。
この惑星の周回軌道へ入る前に、入念にデコイを散布しているのはカイも覚えていた。
軍用グレードのジャミング装置を使って居場所を特定できないようにもしていたし、レーダーの出力を上げ、広範囲で敵の存在を検知できるようにも調整しているはずだ。
そんなフローラの目を盗んで、海賊がジャンプアウトして来たのは、予めこちらの居場所を知っていたかのような気がしてならなかった。
「……こりゃ情報が洩れてるな」
カイは確信した。情報が何処からか漏れている。
そうでなければ、海賊たちがデコイの網を搔い潜り、ジャミングも諸共せずにオベリスクの近くへジャンプアウトしてくるなど不可能に近い。
すぐにでも対応を始めなければならないと感じていたが、一先ずキャロルが哨戒に出ているのなら多少の猶予はある。
オベリスクのシールドは強力だし、キャロルのナイトフォールは迅速に駆けつけて海賊を駆逐できるはずだ。
カイは全員で協議する時間を作るためにも、今抱えている配送依頼を片付けることに専念するのだった。
そうと決断すると、カイは白鯨号を目的地の施設へと降下させていった。
大気圏外からメーレスクローネの青い星が視界に広がる。
上空から見渡すとほぼ全体が海で覆われたその惑星は、星々の光を反射し、まるで青い宝石のように輝いていた。
カイは手際よく操作を進め、シールドを強化しつつ、エンジン出力を微調整して降下に備えた。
白鯨号は少しずつ高度を落とし、まもなく大気圏へと突入する。
大気との摩擦が船体に伝わり、外部の温度が急上昇する。窓の外には炎のように燃え上がる赤い光が広がり、一瞬、船体が振動する。
「問題ない、シールドは正常だな」
カイは冷静にモニターを確認し、降下を続けた。
やがて大気圏を突破すると、視界は一気にクリアになり、広大な海洋が彼の目の前に広がった。
太陽の光が波間に反射し、海は煌めいている。
ほとんど陸地のないこの惑星は、豊かな海洋資源に恵まれており、一部のリゾートエリアが点在しているのが目に入った。
「こちら白鯨号、目的地への降下を開始する。管制官、着陸許可を願う」
カイは通信回線を開き、地上の管制官からの指示を仰ぎながら降下を進めた。
小さなリゾートアイランドや海上プラットフォームが点在するエリアを通過しながら、彼は産業区にある施設を目指す。
『着陸許可、確認しました。指示に従ってください』
管制官からの指示が通信越しに届く。
カイはその通りに操作を進め、白鯨号を慎重に着陸させた。
大気との摩擦による振動が徐々に静まり、やがて船が地面に安定して接地する。
「着陸、完了。さて、荷物を降ろすか」
カイはカーゴを開放し、地上の作業員たちが次々と物資を運び出していく様子を確認する。
メーレスクローネの美しい景観を背景に、配送任務を淡々とこなしていった。
カイが白鯨号を慎重に着陸させた場所は、メーレスクローネのリゾートエリアから程近い発着場だった。
太陽に照らされて輝くリゾート地の豪華な建物が遠くに見えるが、すぐ近くには全く異なる光景が広がっている。
そこには、無機質な倉庫群が整然と並び、作業員たちのための簡素な宿舎が立ち並んでいた。
リゾート地とは対照的に、作業員の宿舎は見すぼらしく、古びた外壁やくすんだ色彩が、厳しい労働環境を物語っていた。
「ここの設備、ほんとボロっちいなあ……」
カイはエンジンを停止させながら、窓の外の景色を見渡した。
倉庫の前では、すでに積んできたコンテナが積み重なっており、そこで何人かの作業員たちが忙しなく倉庫へと運び込んでいた。
コクピットの中で惚けた顔をしていると、地上で作業をしていた顔見知りの女性作業員から通信が入る。
モニターには顔見知りの女性作業員、ヘルガの姿が映し出された。
彼女はこの施設の管理者で、日に焼けた褐色の肌と肩に掛かるほどの赤いボサボサ頭が特徴だ。
いつものように作業着にタンクトップ姿で、悩ましいその胸が激しく自己主張していた。
『カイ、今日も忙しそうね。凄い荷物じゃない』
「ああ、目を回しながら配達してるよ。それよか相変わらずここの設備はボロっちいけど、ちゃんと回ってるのか?」
カイは今にも吹き飛んで行きそうな宿舎や管理施設を見て呟いた。
実際、数日前の嵐で一部の倉庫は屋根が吹き飛ばされた。
それを思い出してヘルガは軽く笑って通信越しに頷いた。
『まぁ、ボロいけど、なんとかやってるわ。けど海賊のせいで物資の不足が続いていて、直せないのよ。最近じゃ降下もしてくるようになったのよ?』
「うへぇ、地上にまで略奪の手が及び始めているのか。けど、各惑星には星系防衛隊が配備されているよな?」
『防衛隊は居るわよ? けど全く足りていないわ、人も装備も。ここにはリゾートがあるから、流石に戦力は備わっているわ。けれど、それ以外の場所は……』
星系防衛隊は星系統治者であるヴァルデック侯爵を最高司令官とした準軍事組織だ。
その構成は各惑星統治者である貴族たちの私兵であり、その多くは兵役によって徴集された領民たちだ。
基本的には星系の対応は、この星系防衛隊が担っている。帝国軍は外敵への備えであり、星系毎の問題にはクーデターでも起こらない限り手を出してこない。
しかし、この防衛隊の数が圧倒的に不足しているのだ。
「そんなに酷いのか……」
『酷いなんてものじゃないわ。カイ、海賊はこの世で最低な連中なのよ』
ヘルガは苦々しい表情で惨状を語っていく。彼女の声には、抑えきれない憤りが滲んでいた。
海賊は人口密集地を襲う事は稀だ。海賊側に十分な戦力が必要になるし、大規模な降下をすれば軍が動き、頭上を包囲され逃げ場を失う。
奴らは手頃な集落に降下して、略奪をする。
金目の物は何でも奪う。そして、人も標的となる。帝国では奴隷売買は合法となっているが、海賊たちが扱う奴隷は勿論違法だ。
そんな違法奴隷がどういう道を辿るかは言うまでもない。
奴隷として価値のない老人たちはその場で殺され、女たちは慰み者にされた後に奴隷として売られる。
もっとも価値の高いのは子供だ。
どこに隠れていようと探し出され、必ず連れ去られる。
『奴らが立ち去った後の集落は地獄よ……』
ヘルガの言葉は冷酷な現実をまざまざと見せつけるものだった。
カイは一瞬、言葉を失う。彼女の怒りと悲しみは、表面では軽く語られているように見えても、その深さは計り知れなかった。
『私の父も……目の前で海賊に殺されたわ。私は……運よく防衛隊が駆け付けてくれたから助かったけれど、あの瞬間、全てが崩れたわ』
カイは彼女の告白に、何も返すことができなかった。
強く生きるヘルガの背後には、あまりにも多くの犠牲と悲しみがあったのだ。
ただ静かに彼女の話に耳を傾けるしかなかった。
ヘルガはふっとため息をつき、少し間を置いてから口を開いた。
『カイ、折り入って相談があるの』
彼女の声は今までとは少し違う響きを持っていた。
カイは何か重い話が来ると感じ、注意深く聞く態勢を取った。
「な、なんだ?」
『あなたが運んでいる荷物、制約とかはあるのかしら? 例えば、何を運んじゃダメとか』
カイは一瞬、何を尋ねられているのか理解できなかった。
しかし、彼女の表情から、これが単なる質問ではないことを感じ取る。
ヘルガは真剣だった。そして、ただの物資ではない何かを頼もうとしているのだと。
「特にないけど……何を運びたいんだ?」
ヘルガは再び少しの間を置き、深い息を吸い込んでから答えた。
『武器が必要なの。海賊が地上に降りてくるようになってきた以上、私たちも自衛のために武装化しないといけないのよ。防衛隊だけでは対応しきれない現状では、それしか道はないわ』
ヘルガの言葉は、必死さを伴っていた。
日常的に海賊の脅威にさらされる環境で、彼女たちは自分たちを守る術を求めていたのだ。
カイはその現実を理解しつつも、武器を運ぶことの危険性を知っていた。
正しい目的があれば、武器を運ぶこと自体は何ら法に抵触しない。
だが、問題はその数だ。
ヘルガは"私たち"と言った。つまり、この施設で働く人々に対し十分な武装化を施したいということになる。
それは些か問題を孕む。
カイは一瞬、迷いを感じたが、彼女の目の中に映る強い決意を見て、無視することができなかった。
ヘルガは単に物資を求めているわけではなく、命を守るための武器を必要としているのだから。
「……わかった。三日ほどで揃えることができると思う。代金については、目途が立った時点で連絡するよ」
カイがその言葉を口にした瞬間、ヘルガの表情はわずかに明るくなった。
彼女にとって、それは希望の光だったのだろう。
『ありがとう、カイ。本当に感謝するわ』
ヘルガはそう言い、カイに微笑んだ。
カイも静かに頷きながら、作業が完了するのを待っていた。
彼はすぐに次の目的地に向かう準備を始めるが、その心には一つの重い約束が刻まれていた。
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