4-4

 オベリスクの艦内で、カイたちはディスプレイに映し出された航路図を見つめていた。

 スター・バザールへの道は、単純に目的地に向かうだけではなかった。

 予め案内状で指定された航路を通り、その道程にあるナビゲーションビーコン、それらにアクセスしなければならない。

 すべての情報を収集して初めて、バザールの座標が明かされる仕組みだ。

 カイたちはアストリアステーションを経ってから、4つ目のナビゲーションビーコンへアクセスしていた。

 残るビーコンの数は3つ。


「まったく、会場へ行くだけなのに手間がかかる……」


 カイは肩をすくめながら、複雑に入り組んだ航路を確認した。

 各星系に散らばるビーコンの位置が、まるで星々の罠のように彼らを試しているかのようだった。


「この航路、何かしらの意図があるのは確実ですわ」

 

  フローラは航路図を睨むようにして、冷静に言葉を紡ぐ。

  彼女の分析力には信頼が置ける。

  カイはフローラの言葉に頷いてみせた。


「単なるビーコン巡りじゃないよなあ、絶対。篩に掛ける目的があるのかもな」


 カイはディスプレイを操作しながら、航路図に示された各星系について軽く調べ始める。

 とは言え、そう簡単に分かるはずもなく。指定された航路上の星系は、特に紛争状態にあるとか、飢餓状態にあるといった暗い話題は見当たらなかった。


 一方、キャロルはその緊張感をよそに、星々を見つめて笑みを浮かべていた。

 

「でも、なんだかワクワクするね! こんなに色んな星系を巡るなんて、ただの航行とは違う感じ。次はどんな場所かしら、ご主人様!」


 カイはそんなキャロルの能天気っぷりを見て、若干の不安を覚えた。

 スター・バザールは幻の市場と呼ばれているだけあり、道中で何らかの試練が待ち受けている可能性もあった。

 少なくともカイは、直感的にそのことを感じ取っていた。

 次のビーコンの座標をセットし、航路を再確認する。すべてが順調に進むとは限らない。

 自分たちは、ビーコンを巡ることで実力を試されているのかもしれない。

 その不安が、カイの心の奥底で静かに膨らんでいた。


 カイは次のビーコンの座標をセットし、航路を再確認していた。

 その時、フローラが不意にディスプレイから目を上げ、眉をひそめた。


「カイ様、後方に艦がジャンプアウトしてきました。……先ほどのビーコンでも見かけた艦ですわ」


 フローラは緊張した面持ちで、モニターに映る艦のデータを素早く確認した。

 カイもすぐにその艦に目をやる。


「……追跡されてるってこと?」


 カイはディスプレイに映るその艦をしばらく見つめ、状況を整理するように考え込んだ。

 しかし、その艦の動きは今のところ問題ないように見える。カイは肩をすくめる。


「うーん、怪しさは感じられないなあ。偶然じゃないのか?」


 艦の動きに怪しいところはなく、ビーコンへアクセスして星系地図を入手しようとしているだけのように見えた。

 だが、フローラは手元の端末で照合をかけながら首を横に振った。


「いえ、同じ艦が2度も近づいてくるのは不自然ですわ。いま、スキャンしてIDを取得しましたわ。もう少し調べてみます」


 フローラは迅速に情報を分析し、艦の登録データを確認する。

 犯罪歴はなく、登録されているパイロットも独立パイロットとして特に問題のない人物だった。しかし、フローラはどこか腑に落ちない様子だった。


「データ上は何も問題ありませんわ。パイロットもカイ様と同じく、独立パイロットです。ただ……あまりにタイミングが良すぎます」


 カイは再びディスプレイに目を戻し、その艦の動きをじっと観察した。

 フローラの指摘には一理あった。

 これまでも彼女の勘が鋭く、外れたことは滅多にない。

 カイは腕を組み、少し考え込む。追跡されているかどうかはまだはっきりしないが、もしそうであれば、次の行動を慎重に選ぶ必要があった。

 

「キャロルが出撃して、突っついてみる?」

「いや、何の落ち度もない相手に攻撃を仕掛けたのなれば、こちら側が犯罪者扱いになる。それはダメだ」


 実際、キャロルのいうように攻撃して、その反応を見るというアイデア自体は悪くない。

 しかし、それには少しばかりの下準備と、都合の良い場所が必要になる。

 ナビゲーションビーコンのような、交通量の多い場所で攻撃をしようものなら、即座に星系警備隊が駆け付け犯罪者扱いだ。

 逆に言えば、条件さえ整えれば良い。カイは一先ずこの問題を先送りにすることを決める。

 何にせよ、まだ情報が足りない。相手が追跡してきているという確信に至れば、その時にまた考えよう。

 そうして、カイは次のジャンプ先を入力してオベリスクのハイパードライブを起動させたのだった。

 


 

 ◇◇◇


 

 

「レーダーに感あり。艦影照合……先ほどと同じ艦。これは確定ですわね」


 フローラはディスプレイに表示されたホログラフィックマップを見て、再び先ほどと同じ艦が出現したことを確認する。

 オベリスクは無人星系に到着した。宙域は静かで、暗い空間には何もない。こんな場所へ目的があるとは思えない。

 カイたち全員が、確信した瞬間だった。


「やはり来たか……」


 カイはつぶやき、拳を握りしめた。

 すでに決断は固まっていた。ここで一度、追跡者の正体を暴き、その意図を明らかにする必要がある。

 だが、無防備でいるわけにはいかない。


「フローラ、ヒュージマルチキャノンを展開しろ。システムを戦闘モードに切り替える」


 フローラは冷静に頷き、即座にシステムを操作し兵装を展開させる。

 オベリスクの巨大なヒュージマルチキャノンが、重々しい音を立てて姿を現す。圧倒的な火力を誇るその武器が、空間に静かな威圧感を漂わせる。

 艦内に広がる緊張感が、カイの肌にじわりと伝わってきた。

 カイは通信チャンネルを開き、ディスプレイに映し出された追跡艦に向けてメッセージを送信する。


「こちらはオベリスク。あんた、俺を追っているな。目的は何なんだ?」


 しばらく無言を貫いていた相手だったが、カイたちが一歩も動かないのを見て、ようやく観念して口を開く。

 

『あー、まあ、バレちまってるなら話は早いか。俺の狙いは、お前さんの想像した通りだよ。

あるルートで、お前が特別な案内状を持っていると知った。ちょうど、俺もそこへ用事があってな? 悪いんだが、道中一緒に連れて行ってもらいたいのよ』


 相手方の返答はカイが予想した中では、比較的まともな方だった。

 これがエクリプス・オパール狙いの方だったとすると、今後の道中で嫌と言うほど海賊や同じ類の連中に付け狙われるだろう。

 とは言え、スター・バザールへの案内状を持っているというだけでも、付け狙うには十分すぎるわけだが。

 すでに情報が漏れ出している事実を鑑みるに、道中の移動は手早く行わなければならなそうだ。

 カイは頭の中で、そう結論付けるとフローラに合図を送る。

 

「なるほど。今更知らないフリは通用しないようだな。案内状には定員の指定はないからな、もう1隻同行者が増えても問題はないだろう」

『お、それじゃ……』

「で、いくら出す?」

『はあ!? 金取るのかよ!』


 そう、金だ。

 カイはその振る舞いが当然といった風に、追跡者に金をせびる。

 確かに案内状には定員の指定は無い。しかし、だからと言って無償で連れて行ってやる道理はない。

 相手は情報を得るのに幾ら払ったのかは知らないが、納得のいく金を出してくれるならば、多少は考えても良いとカイは思っていた。

 

「時間が惜しい、交渉は一切なしだ。そうだな……500万クレジットで手を打とう」

『なっ!?』

「加えて、これ以上の同行者は増やさない。連れて行くのはお前だけだ。まずは半分、残りの半分は到着してからでいい。悪くない話じゃないか?」


 連れて行くだけで、500万クレジット。実に悪くない稼ぎだ。

 それだけ払うのであれば、彼の覚悟を認め、同行させるのも吝かではない。

 カイはシートに深く腰掛け、相手の出方を窺っていた。先方の出方次第では、即座に開戦となる。

 ジワリと背中に汗が滲むのを、カイは感じていた。 

 やがて、追跡者から返答が来る。

 

『まあ、仕方ねえ。分かった、その要求を呑むぜ。改めて名乗らせてもらう、俺はチャンだ。この船の名はフェンホワだ』

「分かって貰えて嬉しいよ。知っていると思うが俺はカイ、この艦はオベリスク」


 カイはその返事を聞いて一先ず胸を撫で下ろした。

 これで戦闘にならずに済んだ。避けられる戦闘は避けるに越したことはない。

 カイはすぐに通信端末に手を伸ばし、キャロルへ指示を飛ばした。


「キャロル、戻ってこい」


 カイがそう伝えた瞬間、レーダー上に新たな反応が浮かび上がった。

 フェンホワのちょうど後方、まるで影のようにキャロルのナイトフォールが出現したのだ。

 それは、無音駆サイレント・ランモードで潜伏していた艦が、ついにその存在を明らかにした瞬間だった。


『な、何だと!?』


 チャンは驚きの声を上げた。

 彼の愛機フェンホワのすぐ背後に、全く気付かぬままナイトフォールが潜んでいたことにショックを隠せなかった。


 キャロルはチャンがジャンプアウトしてくる前にオベリスクから発艦しており、相手の動きを探るために無音駆サイレント・ランモードで潜んでいた。

 いつでも攻撃できる位置に潜伏し、カイの指示を待っていたのだ。


『おいおい、まさかもう一隻潜んでたなんてな。危なかったぜ』


 チャンの声には戸惑いが混ざっていたが、カイは微笑を浮かべた。


「いやいや、保険だよ。けど、もう必要ない。そうだろう?」


 キャロルはナイトフォールを慎重に操作しながら、カイの指示に従い、フェンホワの追跡から離れつつあった。

 彼女の攻撃準備は解除されたが、油断はしていない。戦況が変われば、すぐに対応するつもりでいる。


「これで取引成立だ。まずは、250万クレジットだ」

『ッチ、仕方ねえ。ほらよ、確認しな』


 カイが端末を確認すると、ちょうどチャンから250万クレジットが入金されていた。

 デジタル表示された数字が即座に更新され、取引が成立したことを示している。

 カイはデータを確認しながら、問題なく取引が進んだことに内心安堵した。


『さて、それじゃ案内頼むぜ』

「了解だ。次の星系はHR 5523だ」


 カイはチャンに次の座標を告げると、すぐにキャロルのナイトフォールを収容し、ハイパードライブを起動する。

 その瞬間、オベリスクの周囲の空間が微かに歪み、星々が一瞬で細い線のように引き伸ばされていく。目に見えない力が空間を裂くかのように、艦は光速を超えた速度で次元の壁を突き抜けた。


 その場に取り残されたチャンは、通信を切るとディスプレイを見つめ、ゆっくりと舌打ちをした。


「500万ね、随分と吹っ掛けて来やがって……」


 フェンホワの操縦席に座りながら、一人呟くように言うと、続いてハイパードライブを起動して後を追うのだった。

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