第6話、ストレルカ襲来!

 オレンジ色の西空に溶けた日が落ちていく。薄い雲の下をカラスの影が飛んでいくのが見えた。まるで切り絵のような街の中を、子供たちが追いかけながら走っていく。人間が夜と認識する時間の始まり。この時間にようやく目を覚ますものがいた。


「ウガリー! 起きてる?」


 チャイムと同時にドンドンと遠慮なくドアを叩く音。牙狼がろうが叫んでいる。


 ここはとあるアパートの304号室、部屋の奥のひつぎの中で、ウガリはあくびをした。最高級コウヤマキの寝棺だ。小窓は開きっぱなしで、中からは天井がよく見える。ウガリは小窓を開けていないと寝られない。「なに、その豆電球つけてないと怖くて寝られない子供みたいな……」と牙狼には言われるが、クセなのでしかたがない。


 ウガリはゆっくりと起き上がって、棺の蓋を持ち開ける。立ち上がり、もう一度あくびをして、玄関のドアを開けた。


「寝てましたが、今、起こされました」


 不機嫌そうに言えば、ちょうど牙狼はぶえくしゅん! と大きなくしゃみをしたところだった。ぐじゅぐじゅしている鼻を押さえ、大げさに肩をすくめてみせる。


「今日は寒いねー」

「そうですか?」


 入って来た牙狼が抱えているのは紙の束。ウガリはドサと置かれたレシートと領収書の山から一枚ひょいと取り上げて見る。そのまま、首を横に振った。なんで猫ちゃんのふわふわ着ぐるみパジャマのレシートが入ってるんだ。牙狼の「何でも屋」のお金の管理はだいたいウガリがやっているわけだが、それにしたって、これは……。


「どー見ても経費で落ちないもの、持ってくるんじゃないですよ……」


 家計簿は自分でつけてくださいとウガリが言えば、牙狼は「違いますぅー」と口を尖らせた。


「迷子の猫ちゃん探すのに、着たんだよう。犬が嫌いだからって……わかんなかったら持ってきてっていったのウガリでしょ?」

「そういう意味では……」




 その頃、あわい荘の管理人、ひとしは、見回りがてら、共有スペースを掃除していた。102号室、牙狼の部屋の窓が直ったばかりだ。共有玄関前をホウキではいていると、むこうから小さな女の子が駆けてきた。見慣れない子だ。カバンと小さなおもちゃの木刀を持っている。その子は近づいてくると、アパートの前で止まってひとしを見つけた。


「こんばんは! お兄ちゃん!」

「は、はい。こんばんは」


 仁の目つきを怖がる様子もなく、七歳くらいの女の子は元気に挨拶をしてきた。えらいね。学校帰りでも塾帰りでもなさそうだが、どうしたんだろう。この「あわい荘」に用があるんだろうか。


「あ、あの……もう暗いよ? 大丈夫?」

「あのねー、あたし、お兄ちゃんを探しにきたの」

「お兄ちゃん?」


 ひょっとして迷子だろうかと仁が聞きかえしてみれば。


「ウガリお兄ちゃん」


 ウガリ……というと、このアパートの住人、吸血鬼ウガリのことだろうか。ということは、この子も吸血鬼? よくわからないけれど、たぶんそうだろう。ウガリがお兄ちゃんってことは、妹さんなんだろうか。


「あ、えと、ウガリさんの知り合い?」

「うん。あたしのおじいちゃんのお母さんのいとこがウガリお兄ちゃん」


 どういう関係か聞いてもパッとわからないが、まあちょっと遠い親戚ということだろう。そんな離れた親戚を探しに来たなんて、親しいんだろうか。でも、近くに親御さんらしき姿は見えない。


「ウガリさんは、ええと、このアパートに住んでるけど……お父さんやお母さんは?」

「んとね、みーんな迷子にしてやったの!」


 自分から迷子になって来たということだろうか。肝が太いというかなんというか。そういやこの子、俺のこと怖がらないな……。もうだいぶ暗いし、親御さんも探しているだろうし、まずウガリのところに行ってみるか。


「……わかりました。ウガリさんのとこに案内するからね」




「ウガリさーん。ご親戚のかたなんですが……」

「はい。……はい?」

「ウガ兄ぃ〜!」


 不思議そうに顔を出したウガリに、小さな子はドンッと体当たりをした。そのままバシバシと彼の腹を叩く。遠慮がないというか容赦がない叩きかただ。ウガリはしばらくとまどって叩かれていたが、ようやく「誰」ということに思い至って彼女を見た。


「ちょ、なに、え……あれ、ストレルカ?」

「そうだよ! 久しぶり!」

「おや? ウガリの子?」

「まさか」


 牙狼も奥から出て来て、女の子を見てウガリに聞く。牙狼とウガリは親戚だと言っていたが、牙狼とこの子は面識がないらしい。親戚といっても広いもんなあ。親戚の親戚は知らなくても当然かもしれない。ウガリはぴょんぴょん跳ねているストレルカを押さえつけながら、仁と牙狼に説明する。


「この子は親戚のストレルカです。ちょっと前に、この子のおじいさんの葬儀で会ったばかりなんですが……すぐ、大きくなるものですねえ」

「ああ、よかった。ちゃんと親戚で」


 仁はほっと胸を撫で下ろした。まったく知らない子を勝手にウガリのところに連れて来たことにならなくてよかった。ウガリに聞いてから、必要があれば警察に……と思ったのだが、その心配はなさそうで本当によかった。


「そうです。この子はひいおばあさんが吸血鬼でして……八分の一吸血鬼の人間ですね」


 人間かあ。そういえば、吸血鬼と人間の間の子は吸血鬼なんだろうか人間なんだろうか。仁は漠然と疑問に思った。


 ストレルカは木刀を振り上げて、牙狼とにらみあっている。牙狼の足が動く。その瞬間、にっと笑って木刀が振り下ろされたが、牙狼は当然わかっていたとばかりに両手で白刃取りにした。ストレルカはキャイキャイと喜んでいる。


「ニンジャ! サムラーイ!! かっこいいー!」

「ふっ……まだまだ修行が足りないでござるな」


 またストレルカが木刀を構える。牙狼が前屈みに立って向かい合った。ストレルカが大上段に斬りつける。牙狼が左手で印を結んで右の手刀で受ける。ストレルカが牙狼と楽しげに遊ぶ横で、ウガリが頭を抱えていた。


「ストレルカ、ひとりで来たんですか?」

「そうだよ。空港から電車に乗って来たの」


 ストレルカはえへんと胸を張ってみせた。つまり、どこかの空港で親をまいてひとりでここまで来たってことか。……いや、これ、一大事だろ。親御さんは心配どころじゃないだろうに。冷や汗が出るのを感じながら、仁は言葉を失ったウガリを見る。


「ウガリさん、ご家族に連絡……」


 ウガリはため息をつき、スマホを手にして、指でスクロールを繰り返した。一生懸命何かを探していたが、やがて諦めたようにがっくりと肩を落とした。スマホの電話帳を見てみたが、目当ての名前は思った通りなかった。


「わたし、ストレルカの親の番号知らないんですよね……」

「なんで!?」

「遠い親戚なんてそんなものですよ」

「それは……まあ、そうだね……」


 仁もいとこ全員の電話番号や住所を知っているかというと、あやしい。多分実家の大きな電話帳にはあると思うけど。葬式などでたまに会うくらいの間柄だと、確かに知らなくてもおかしくはないだろう。


「とりあえず知っている親戚に連絡してみます……痛でっ!?」


 突然、ストレルカがウガリのスネを蹴っとばした。力いっぱいに。ちょうど痛いところに当たったらしく、ウガリは足を押さえてうずくまってしまう。


「ウガ兄ぃは、あたしがやっつけてやるの!」


 何が気に入らなかったのか、ストレルカは短い木刀でバシバシとウガリの背中を叩いて追い打ちをかけた。


「えい!えい!」

「突きはやめなさい!」

「なかなかの暴れん坊だねえ」


 牙狼がのんきなことを言っているが、ストレルカは今度は部屋のものにまで勝負を仕掛けている。


「待ってください、ストレルカ! 壁蹴らないの! ドンてしない!」


 暴れるストレルカをなだめながら十数分後。はあと肩で息をしながらウガリはスマホを握ってうなだれた。


「……連絡とれました。親とこの国に旅行に来たんですが、わざとはぐれたみたいですね」

「むうーーーーーー!」


 ストレルカはじだんだを踏みながら、その場でぐるぐると回った。じたばたと手足を動かし、行き場のない怒りを爆発させる。もうこうなると何も聞いていない。ただうなりながらぐるぐるとして、いらだった声で叫んだ。


「ウガ兄ぃ、あたしのこと嫌い?」

「いや、嫌いではないですが。そうではなく……」


 ストレルカは見てわかるほどに、ぶーと膨れた。肩を怒らせ、ドンドンと足踏みをする。下の階に人はいなかったはずだが、住人には後で謝っておいた方がいいかもしれない。


「お兄ちゃんのウソつき!」


 ストレルカはひとりでドアを開けて外に出てしまう。そのまま階段を駆け降りていき、夜の暗さに見えなくなってしまった。




「おーい、ストレルカー!」

「ストレルカちゃーん!」


 ストレルカを呼ぶ声が響く。ゾンビのロムや蛇髪のゲーアも駆り出されて探している。


「ロム、わざわざすみません。ありがとうございます」

「いいってことよ。十歳くらいの女の子だな?」


 そうですとうなずいた後、ウガリがぽつりとつぶやいた。


「『やっつけてやる』ですか……。やっぱり気にしているのですかねえ」


 ああ、そういえばストレルカは「ウガリをやっつけてやる」と言っていたな。ウガリの声があまりに心配そうだったので、仁は思わず聞いてしまっていた。


「……あの、なにかあったんですか?」

「あの子は八分の一吸血鬼の人間ですが……生まれた時に色々ありまして。吸血鬼のあいだでは恐れられているのです」

「どういうこと?」


 牙狼が鼻をヒクヒクさせる。それから、くしゅんとくしゃみをした。


「簡単に言いますと……白い羊膜をつけて生まれた子は吸血鬼を滅ぼすって伝承、いえ、迷信がありまして。人間でいう……『丙午ひのえんま』みたいなものですか。古い吸血鬼はいまだに迷信深いのですよ」


 つまり、吸血鬼の親戚と仲が悪いのだろうか。ストレルカは吸血鬼を倒すものだからって嫌われているのだろうか。それはなんだか……ひどいなあと仁は思った。ストレルカは暴れていたが、本当は吸血鬼をやっつけたくはないんじゃないだろうか。ウガリと仲良くしたいんじゃないか。だって、葬式で会った吸血鬼の親戚に、ひとりでわざわざ会いに来たわけだろう?


「ガル夫さん、匂いで追えないんですか?」

「ごめん。窓がなかったから風邪ひいちゃったみたいで……ちょっと鼻が詰まってて、わかんない」




 その頃、ロムが戻らないので、ミイラの少年ネヘブは外に出てみた。どうもウガリの親戚の子供が迷子になったので探すのを手伝いに行ったらしい。まったく面倒なことだ。アパートの裏庭に来て、ロムも牙狼もウガリもいないことを確認する。今日は配信がなくてよかったなとぼんやり思った。


 強い風が吹き抜けた。頬に涼しさを感じるが、はたして死んだ自分の感覚は生きている時と同じなのかと疑ってしまう。いや、そもそも、自分とはこの体が生きていたときと同一の存在なんだろうか。記憶はあるけれどはっきりしていなくて、わからなくなる。


「やめやめ、かーえろ」


 どうでもいいことにしたくて、ネヘブはくるりと外に背を向けた。


 ドンッ。


 ネヘブがアパートに帰ろうとした時、何かがぶつかってきた。つんのめって振りかえってみれば、それは女の子だった。


「なんだ、おまえは。……ん?」


 その女の子は泣いているようだ。ぐずぐずと鼻をすすって、涙を拭っている。見ない顔だ。小学生くらいの子だが、ここらの子ではないだろう。ネヘブはめんどうくさそうにしながらも、ロムたちが出かけた理由を思い出した。


「ああ、あいつらが探してる子供っておまえか」


 なんだ、アパートのすぐ近くにいたではないか。灯台下暗しというやつだ。女の子は泣きながら、地面を蹴りつけるようにしてぐるぐるとその場で回っている。自分ではどうにもならないことをなんとか誰かに伝えようとするように。けれども、ネヘブにそれはわからない。わからないし、興味もないが、一応聞いてみる。


「どうしたんだよ」


 今度は、女の子はネヘブを叩きはじめた。痛いわけではないが、かんしゃくをおこされて、むやみにぺしぺしと叩かれるのは気分が悪い。ネヘブはいいかげんいらいらとして、手を振り払って怒鳴りつける。


「叩くなって!」

「ゔ〜!」

「ストレルカー!?」


 女の子――ストレルカは自分を探す声にビクッとして縮こまった。ネヘブは嫌そうな顔をしながらも、ストレルカの肩を押してアパートの影へと連れていく。植え込みの影に二人してしゃがみ、呼ぶ声が遠ざかっていくのを待った。


「なあ、騒ぐと見つかるぞ。黙ってろ」

「……うん」


 ストレルカは袖でぐしぐしと顔をぬぐって答えた。銀の髪に青い目。どちらもきれいな色だ。それがべそべそと泣いているのでネヘブはモヤモヤとしてしまって、ポケットティッシュのひとつでも持って出ればよかったと思った。ネヘブは鼻水が出ないからわからないが、きっとあったほうがいいだろう。


「で、おまえがストレルカなの?」

「うん。ウガリお兄ちゃんの……いとこの子の孫。たぶん」

「ウガリの? ふーん。で、ウガリに会いに来たのか」

「うん」

「じゃあ、なんで逃げてんだよ」


 そう聞けば、ストレルカはむーっと口を引き結んで黙ってしまった。ほんとうに嫌になると、ネヘブは無視する。すると、小さな声でストレルカがこぼした。


「ウガ兄ぃのこと、別にやっつけたくなんかないもん……」

「やっつける?」

「あたしは吸血鬼をやっつけるんだって。そんなの嫌。でもみんなそうだって言ってる」

「みんなってなんだよ」

「吸血鬼のひいばあちゃん……」


 ストレルカが消え入りそうな声で言った。


「あたし、どうしたらいいかわかんないの」


 そのどうしようもない気持ちの結果があのグルグルだったらしい。ネヘブはなんと言ったらいいかわからなくて、彼が言うことなんかなくて、じっとそれを聞いていた。ストレルカもしばらく何も言わなかったが、やっとネヘブを見て聞いた。


「……ねえ。あたしは吸血鬼倒さなきゃダメ?」

「しらないよ。僕に聞くな。おまえのばあさんだって勝手に言ってるだけだろ」


 また無言。ネヘブはいたたまれなくて、ストレルカに指を見せた。両手を人差し指だけ出す。


「これ、知ってる? 五になったら負け」


 右手の人差し指を左の人差し指に当てる。すると、左手の指が二本になる。それを見てストレルカは答えた。


「知ってる」

「じゃあ、やろ」


 じゃんけんをしてストレルカが勝ち。ストレルカは右の人差し指でネヘブの指を叩いた。ネヘブの指が一と二。今度はネヘブが一本の指を一本の指に当てる。これでストレルカの指が一と二。


 そうしていって、ストレルカが二と三、ネヘブが四と四になった。ストレルカは三本の指で四を叩く。ネヘブの四が繰り上がって二になる。ネヘブがすぐさま二で三を叩いた。これで五、ストレルカの負けだ。


「ああ〜!」


 ストレルカが悲鳴のような声を上げる。涙のたまった目が、笑いの形に細められた。


「ストレルカ?」

「ほら、もういくぞ」


 向こうからストレルカを呼ぶ声があり、ネヘブはストレルカの手を取って立ち上がる。植え込みの影から出て、そこにウガリを見つけた。


「おい、ここにいる」

「え、ネヘブ?」


 ウガリが慌てて走って来た。ネヘブの横にストレルカを見つけ、ようやく胸を撫で下ろした。


「ストレルカ、よかった。ネヘブといたのですか?」

「……うん。ごめんね」




「あのね、吸血鬼のばあちゃんはあたしが強くなって吸血鬼を倒すんだって思ってる」


 部屋に戻った後、ストレルカはブラウスの裾をギュッと握って答えた。


「ストレルカ。気にするものではないですよ。何を言われたとしても、あなたがしたいようにすればいい」

「うん。ね、ウガ兄ぃ、また来ていい?」

「もちろん。でも、今度は親に言ってからですよ」


 ピロピロピロ……。ちょうど電子音が鳴って、ウガリがスマホをとった。


「ああ、大丈夫です。ここにいます。……はい。今、東城とうじょうですか」


 いくつか言葉を交わした後、ウガリはちらとストレルカを見て答えた。


「いいですよ。明日の朝、吾郡あごおり駅まで」


 はあ、とウガリは今日何度目かもわからないため息をついた。


「わたし、あなたのひいばあさま苦手なんですよねえ」

「ひいばあちゃんはね、あたしにかっこいいヴァンパイアハンターになれって言うの……」

「え、そっち!?」


 横で聞いていた仁が驚いた。てっきり吸血鬼の敵だと遠ざけているのかと思いこんでいた。


「それでサンザシの木刀を作ってくれたんだけど……」


 木刀はひいばあちゃんにもらった宝物だけど、ヴァンパイアハンターになるのは嫌だということらしい。


「いや、でも、ヴァンパイアハンターって……」

「人間にも悪い奴がいるでしょ? 吸血鬼もそう。だからヴァンパイアハンターは特に悪くは思われてないよ」


 牙狼がのびをしながら当然のことのように言った。仁はいまいちわからなかったが、そういうものなのだと思うことにする。本当にここに来てから驚くことばかりだ。自分の知らないことがこんなにあるだなんて思ってもみなかった。


「まあ、昔はいろいろあったみたいだけどね」

「そうなんだ……」


 再度ため息をもらしながらも、ウガリはしゃがんでストレルカを抱っこした。


「ともかく、ひいおばあさまの期待どおりにはしなくていいですよ。ストレルカ」




 ストレルカはあわい荘で一晩寝て、翌朝、ウガリが吾郡あごおり駅まで送っていくことになった。仁や牙狼、ロムとネヘブも見送りに出てくる。ストレルカは相変わらず木刀を持ち、全員に手を振った。


「じゃあね! ありがと!」

「元気で!」


 ストレルカはウガリに連れられてアパートを離れた。バスに乗って駅まで行き、吾郡駅で家族と待ち合わせるらしい。なんやかんやあったが、家族はさぞほっとすることだろう。その背が角を曲がって見えなくなり、手を振っていたネヘブが、寂しげに手を落とした。その後ろから、ロムが肩を叩く。


「どうしたネヘブ」

「なんでもない」


 約三百年前、薬として外国から連れてこられたこのミイラは、なぜか動き出してしまった。この時代のどこにも家族はなく、知り合いもいない。


 ロムがあっけらかんと声をかけた。


「そか。帰ってお茶でも飲む?」

「……飲む」

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