第7話 先輩の背中
祐介の勤務が始まって1か月が過ぎたころ、ICUでの緊張感にも少し慣れてきたものの、自分の未熟さを痛感する日々が続いていた。そんなある日、高橋美咲と一緒に褥瘡(じょくそう)リスクが高い患者のケアに入ることになった。
「祐介くん、今日は私と一緒に体位交換をやりましょう。ただ姿勢を変えるだけじゃなく、皮膚の状態も確認しながらやるのよ。」
美咲が柔らかい口調で言う。
褥瘡は、長時間同じ体勢でいることで皮膚や筋肉が圧迫されて壊死する状態のことだ。ICUでは寝たきりの患者が多く、看護師がその予防に力を入れている。祐介は授業で学んだ知識を頼りに体位交換に取り組むが、思った以上に手際が悪い。
「ちょっと待って、ここにしわがあると圧が集中するわよ。」
美咲が祐介の手元を指摘した。祐介が驚いて謝ると、彼女は優しい笑顔を浮かべた。
「いいのよ。最初から完璧な人なんていないわ。大事なのは、患者さんの体にどういう影響が出るかを考えること。しわ一つでも、放置すると痛みに繋がることもあるからね。」
その後も美咲は祐介に指導を続けた。患者の皮膚を丁寧に観察し、少しでも赤みがある箇所には保湿剤を塗り、クッションで圧を分散させる。彼女の動きは一切の無駄がなく、すべてが患者のためを考えたものだった。
「この部分、少し赤みが出てるわね。どう対応するべきかしら?」
美咲が祐介に尋ねる。
「えっと、保湿剤を塗って、クッションで圧を分散させる……ですか?」
「その通り。でも塗るときの摩擦にも気をつけてね。皮膚が弱い部分は、それだけで傷がつくこともあるから。」
祐介は美咲の指示に従い、慎重にケアを進める。その真剣な眼差しに、彼女の看護師としての責任感を感じ取った。
ケアが終わると、祐介は大きなため息をついた。
「高橋さん、いつもこんなに細かくやっているんですか?」
「もちろんよ。この人たちは自分で動けないから、私たちが代わりに気をつける必要があるの。」
祐介はその言葉にハッとした。看護師としての責任の重さが、今まで以上に胸に響く。
「でも、僕がやると時間がかかりすぎてしまって……」
祐介が自信なさげに言うと、美咲は微笑みながら答えた。
「最初は誰でもそうよ。でも、時間を気にするより、患者さんにとって何がベストかを考えることが一番大事。慣れたら自然と早くなるわ。」
その日の夕方、祐介は自分なりに患者の皮膚の状態を確認し、体位交換の計画を見直していた。その姿を見た美咲が静かに声をかけた。
「祐介くん、あなたのいいところは、患者さんのことをちゃんと考えられること。それを忘れないで。」
祐介はその言葉に胸を打たれた。そして、美咲のような看護師になるためにもっと努力しようと決意を新たにしたのだった。
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ここまでお読みいただき、ありがとうございます。もしこの作品を楽しんでいただけたなら、ぜひ評価とコメントをいただけると嬉しいです。今後もさらに面白い物語をお届けできるよう努力してまいりますので、引き続き応援いただければと思います。よろしくお願いいたします。
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