母殺しの悪魔と呼ばれた皇子は、死の宣告を乗り越え、英雄と成る
華火真夜
第一章
第1話:宣告
「カタノール・フォン・カナンに我らの始祖様のご加護があらんことを。」
低く威圧感のある声が王宮内の大聖堂に響き渡る。
大聖堂とは言うもののかなり質素な作りであり、建物の奥に皇族の始祖とされるアイザック・ハートドナルド・ユーベンの銅像が祀られているだけの部屋だ。
何も隔てるものが無いからなのか、この大聖堂での音はよく響くようになっているのかもしれない。
先ほどの声の主は、僕の父であり、このカタノール帝国の皇帝であるカタノール・フォン・クライナ。
この祝福の言葉は僕に向けて与えられたものだが、父の声に祝福をするような気持ちは微塵も感じられない。
それは父の顔を見れば、よりはっきりと分かるだろう。
今年で60近くになるはずだが、顔は非常に若々しく、威厳のある髭と2m近くにもなる巨躯が皇帝の権威を象徴している。
そして、その男の視線は鋭く、苦々しい表情をしながら、僕の方を向いているのだ。
父の姿を見慣れていない人であれば、卒倒しそうな表情と眼光である。
この表情から発せられる言葉に、僕のことを本当に祝福していると感じる鈍感な者はいないだろう。
父が祝福していないことを示すように、大聖堂に並んでいる椅子に座っている皇妃たちや僕の兄妹からは、拍手の音が聞こえない。
普通であれば、この言葉の後に、参加している家族から拍手の祝いがあるのが通例である。
しかし、参加している家族からは一切の拍手が起こらない。
僕も何度かこの成人の儀に参加しているが、兄や姉も全員拍手と共に、成人を祝福されていた。
(ここまで成人を祝われないなんて...)
父である皇帝からも、皇妃たちからも、そして血を分けた兄妹からも祝福されない現実は、15歳の僕にとって、かなり堪えるものがあった。
僕はこの光景を2度と忘れることはないだろう。
そんな想いにふけっていると、威厳のある低い声が僕を現実へと引き戻す。
「カナンよ、そなたは今日で15歳となり、成人する。
つまり、この帝国のために身を粉にして尽力することが求められるのだ。」
帝国では15歳から成人となり、帝国のために働くことが一般的であり、これは皇族も変わらない。
「では、発表する。
そなたは、本日付で第六騎士団への配属を任命する。」
その言葉と共に、後ろに座っている兄妹たちがざわついているのが分かる。
それもそうだ。
帝国には第一から第六までの騎士団があり、その中でも第六騎士団は、帝国の内の魔獣を専門に討伐する騎士団であり、6つの騎士団の内、最も死人が多く出る危険な部隊なのだ。
つまり、我が父は僕に「国のために、死にに行け」と言っているのに変わりないのである。
(ついに、この時が来てしまったのか...)
僕はこの命令に対して怒りを持つよりも、先に落胆してしまった。
これが僕が背負ってしまった罪なのだと。
「カナンよ。
我が帝国のために戦ってくれるな?」
威圧感に満ちた言葉が、僕に有無を言わせない。
「はい。しかと承りました。
第六騎士団の団員として、国を守護することに努めて参ります。」
皇帝は僕の言葉を聞いて、目を瞑り、小さく頷いた。
そして、参加者全員に聞こえるように、言い放つ。
「これにて、カタノール・フォン・カナンの成人の儀を終了とする。
カナンは本日中に、荷物の準備を整え、速やかに第六騎士団の宿舎へと移るように。
では、これにて解散。」
こうして、どよめきと共に僕の成人の儀は幕を閉じた。
◾︎◾︎◾︎◾︎◾︎
僕が成人の儀を終え、1人自室に向かうと、僕の部屋の前に大きなリュックを手にしたメイド服の女性が立っていた。
「カナン様、こちらに出立のご準備が整っております。
あとは自室にて、カナン様の私物のみ荷造りをお済ませください。」
「ありがとう。ハリファ。」
お辞儀する彼女に対して、僕は感謝の言葉をかけ、自室の扉を開いた。
僕の自室は、今朝起きた時に見た光景と違い、僕の机の周辺以外にあるものは全て片付けられている。
おそらく、先ほどの成人の儀の間に、僕の専属の世話係であるハリファが片付けをしたのであろう。
クローゼットまで、ものの見事に空っぽだ。
ちらりとハリファの方を見ると、ハリファは部屋の隅で人形のように立っている。
美しい顔だが、無表情なため感情がわかりづらい。
(ハリファも僕みたいな悪魔の世話係から解放されて、喜んでいるのかな...)
さっきの成人の儀の拍手のない静寂が僕に嫌な想像をさせる。
(はぁ、今はとりあえず片付けをしよう。)
そう思い、僕は荷造りを始めた。
30分ほど時間が経っただろうか。
僕は荷造りを終え、15年使っていた自室に別れを告げる。
よく見ると所々汚れがあった。
いくら王宮で毎日世話係たちが掃除しているからと言っても、新品の部屋のように保つことは難しいんだな。
普段ならそんなことを気にもしないはずなのだが、さっきの成人の儀のこともあり、どこか自分がいた証を確認したかったのかもしれない。
「カナン様、外に馬車をつけておりますので、向かいましょう。」
そうハリファが伝えてくれる。
「あぁ、わかった。」
僕は馬車に向かうために、ハリファと共に王宮を歩き始めた。
馬車をつけている場所に行くためには、皇族が自室として使用している場所を離れ、貴族が働く職場の近くを通る必要がある。
正直今は、あまり人の目につきたくないので、多くの貴族が働いている職場の近くを通りたくない。
今までも陰口や疎まれたりしてきた。
さらには、先ほど父に死を宣告されたばかりである。
そんな中、貴族たちに陰口を叩かれたり、嘲笑されるような目で見られると、自分の存在意義が薄れていき、自我を保てなくなりそうだ。
だからこそ、誰からも会うことなく、ひっそりと旅立ちたい。
ただ、そんな想いとは裏腹に、歩いていると誰かしらの声が聞こえてくる。
恐らく王宮で働いている貴族たちだろう。
「おい、聞いたかよ。
カナン様が第六騎士団に配属されることに決まったらしいぜ。」
「あぁ、今王宮内はその話題で持ちきりだしな。」
「まぁ、仕方ないよな。
母殺しの悪魔だし。」
「おい、あんまり大っぴらにそんなこと言うなよ。
誰が聞いてるかわかんねーぞ。」
僕は思わず足を止めてしまった。
だが、その貴族たちの話はまだ止まらない。
「大丈夫だって。
こんな王宮の隅っこで誰が盗み聞きしてるって言うんだよ。
第一、カナン様は皇帝や皇妃様方、果てには、ご兄弟からも疎まれてるんだから、ちょっと陰口を叩いたぐらいじゃ、誰も不敬罪で罰しようとは思わねーよ。」
「まぁ、そうだな。
カナン様は唯一不敬罪が適用されない方だもんな。」
「皇帝も悪い人だよ。
いくら厄介払いしたいからと言って、死の宣告をするとはね。」
「まぁ、特に寵愛していた王妃様を殺されているんだし、牢獄に繋がれてないだけありがたいってことなのかもね。」
「そうだな。ってそろそろ仕事に戻らないと。
ちょっと喋りすぎてしまったな。」
そう言って、貴族たちは僕がその言葉を聞いているとも知らないで、職場に戻っていった。
いつもならこういった陰口を聞くと、「僕は母を殺していない!」と心で否定するのだが、今はその言葉が僕の心にスッと入ってきてしまう。
成人の儀で、自分には存在価値がないのだと、そうはっきりと突きつけられ、それを受け入れてしまっている。
自分を保てないと思っていたが、死を受け入れてしまえば、精神を保つなんて簡単なのだと思ってしまった。
そうして、立ちすくんでいる僕を置いていくように、ハリファが私の遠く前におり、僕の方を振り返る。
「カナン様、どうしましたか。
馬車に向かいますよ。」
先ほどの貴族の会話を聞いていたはずなのに、まるで聞こえていないみたいな声でハリファは私に話しかける。
ハリファの声がいつもより無感情に聞こえる気がするのは、僕の感情に呼応してのことなのだろうか。
そう思いながら、僕はハリファの元へ早足で歩き出し、共に馬車へと向かう。
そして、ハリファに告げた。
「第六騎士団の宿舎に行く前に、寄りたいところがあるんだ。」
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