第5話



「―――久しぶりだね」



 彼女に会うのはあれ以来だった。



「ようやく来れた……時間かかってごめん」



 あれからどれくらい経ったんだっけ。



「13年……もかかっちゃった」



 13年……そんなにも経ったのか。



「ね……もうすっかりおじさんになっちゃったね」



 おいおい同級生。

 俺がおっさんならお前は……って言わせたいのかよ。



「……ごめんね……好きな人が出来たの」



 何で謝るんだよ。

 こっちからすると、やっと言ってくれたのかって話なのに。



「……その人ね……実はあなたも知ってる人なんだ……」



 知ってるアイツだろ。



 かつて俺の親友だったヤツ。



 その時、彼女の後ろに1つの人影が見えた。



 何だ一緒だったのか。

 お前も来てくれたんだな。

 似合わない花なんて持っちゃって。



 でも2人はお似合いだよ。

 それが何よりも嬉しい。



 それだけが心残りだったから。



「……怒ってるよね、きっと……私のせいでこんな事になったのに」



 何でそう思うんだよ。

 怒ってるワケねえだろ。



 やっぱり俺たちはもっと話し合うべきだった。

 語り合うべきだった。

 彼女が俺を理解してくれるように。

 俺が彼女を理解出来るように。



「怒ってるワケないよ。コイツはそんなヤツじゃない」



 って、さすがだな親友。

 お前は俺の誇りだよ。



「君を守って逝くなんて、コイツは俺の誇りでしかない」



 ……やめろや照れる。



 でもありがとう。



 ―――あの日。



 俺が別れを口にした日。



 てっきり彼女もそうだと思ってた。

 お互いにうんざりしてると思ってた。

 そうなる事を望んでると思ってた。



 だけど違った。



 外はゲリラ豪雨の真っ最中だった。

 なのに彼女は飛び出した。



 慌てて追いかけた俺は、豪雨に視界を奪われた車から彼女を―――



 ―――墓地が、ゆっくりとオレンジに染まって行く。



 そして、ヒグラシが鳴き始める。



「結局……聞きそびれちゃった」

 しゃがみ込み、手を合わせながら彼女が呟く。



「何を?」

 その隣に同じようにしゃがむ親友。



「ヒグラシの鳴き声がね……嫌いだったんだって」


「え、コイツ?」


「うん……あ、違うか。嫌いなんじゃなくて好きじゃないって。その理由をね……結局聞けないままだった」



 俺だって言いたかった。

 言えば良かった。



「あぁ、それな。寂しかったらしいよ」



 ってお前―――



「え?寂しい?」


「そう。ヒグラシが鳴き始めるとさ、暗くなって来るじゃん。みんなが家に帰り始める」


「……うん」


「そうなると君も家に帰ってしまう」


「…………」


「それがコイツ、寂しかったんだよ」



 そういえば一度お前には話した事あったっけ。

 良く覚えててくれたなあ。



 ―――やっとお前がいなくなって2人きりになれるのにさ、あっという間に家に着いちまう。寂しいじゃん


 ―――何それ惚れてんなぁ


 ―――惚れてるよ、悪ィかよ


 ―――知ってるけどな



「……そんな話、知らなかった」



 おいコイツ泣かせんじゃねえよ。



「無口だったもんなあ。俺らに甘えてさ」



 ……だよな。



 いつでも察してくれるお前らにずっと俺は甘えてた。

 わざわざ口に出さなくてもわかってくれるって。



「私はヒグラシの鳴き声、大好きだった……だって鳴き始めると―――」



 ―――2人っきりになれたから。



 親友が柔らかく微笑む。



 あれからの年月は確実に親友を大人に成長させて、彼女を穏やかな空気に包み込む。

 目尻の笑い皺が少しだけ深くなった彼女も、幸せそうにその空気に飲み込まれて行く。



「君はヒグラシに夜の始まりを感じて、コイツはヒグラシに昼の終わりを感じてたんだな」


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