【01-1】最初の事件(1)
〇〇県警捜査一課に、その事件の第一報が
当初事件は、県道を走行していた車の自損事故として、110番通報されたのだったが、車内から変死体が二体発見されたことで、俄然事件の様相を帯びてきたのだ。
事件の現場は、県を南北に貫く片側二車線の幹線道路で、飲食店などの大型店舗が密集した地域から、三百メートルあまり北上した場所だった。
県警捜査一課熊本班から、班長の熊本達夫に率いられた刑事五名が現場に到着した時、現場周辺には所轄署の交通係によって規制線が張られ、多数の警官が慌ただしく動き回っていた。
熊本班所属の
車の周囲では、鑑識の制服を着た数名が、あちこち調べて回っている。
鏡堂はその中の一人、小林鑑識官に声を掛けた。
「小林さん。ガイシャは溺死だと聞いたが、それはマジなのか?」
その言葉に振り返った小林は、困惑した表情で答える。
「うーん。解剖結果を待たにゃならんが、遺体の状況を見ると、その線が濃厚だな」
その答えに、鏡堂も困惑した表情を浮かべた。
「それは溺死体を二体、車で運んでる途中で、事故を起こしたということかい?」
その至極まっとうな推論に対して、小林は首を横に振る。
「それがな、鏡堂さん。
ガイシャはそれぞれ、運転席と助手席に座ってたんだよ。
ご丁寧にシートベルトもしっかり締めて」
鏡堂は益々不審な表情を浮かべる。
「何だってそんな面倒なことを…」
その時、背後から声が掛かった。
「県警の方ですか?」
鏡堂が振り向くと、細身のスーツ姿の女が立っていた。
「〇山署の、
ガイシャのご遺体を検死に出してよろしいでしょうか?」
「ああ、所轄の人かね。
鑑識の検分が終わってるなら、運んでもらっていいよ」
そう言って小林を見ると、彼は黙ってコクリと頷く。
それを見た天宮刑事は鏡堂に軽く会釈し、車の脇の草地に置かれた、ブルーシートの近くに立っている、制服警官に近づいていった。
そして被害者の遺体は、彼女の指示に従って、既に現場に到着していた遺体搬送車に運び込まれた。
それを見届けた鏡堂は、事故車両の検分に移る。
車は3ナンバーの白のセダンで、最近発売された人気車種だった。
県道沿いのガードレールに衝突して止まった車は、左前の部分が完全にひしゃげて、見るも無残な状態だった。
相当のスピードで、衝突したものと思われる。
車の近くにいた所轄署の刑事に状況を訊くと、事故当時周辺を走っていた車から、かなりの目撃情報が取れていた。
事故車は現場手前にある、ファミリーレストランを出た後、急に蛇行し始め、猛スピードでガードレールにぶつかったようだ。
今、所轄の刑事の一人が、ファミリーレストランに情報収集に向かっているらしい。
鏡堂が車の内部を覗き見ると、中は水浸しの状態だった。
シートや床だけでなく、天井部分まで濡れているようだ。
――どうなったら、こんな状態になるんだろう?
鏡堂は、首を捻らざるを得なかった。
車が水没すれば、これと同じ状況になると想像がつくが、もちろん周囲に河川や池などはない。
そもそもこの車は、県道を走っていてガードレールに衝突したのだ。
「なあ、あり得ないだろ」
鏡堂の後ろから声が掛かった。
声の主は、鑑識の小林だった。
「去年の豪雨災害の時に、アンダーパスを通過中の車が水没して、死人が出た事故があっただろう?
覚えてるかい?」
鏡堂は彼の言葉に肯いた。
その事故のことは全国的に話題になったので、よく覚えている。
「あの時検分した車の中が、こんな感じだったけどな。
空調の排気口から、水がエンジンルームまで流れ込んでたよ。
この車も多分そうだ」
「中っていうのは、どういう意味だい?」
鏡堂は、その言葉に引っかかり、訊いてみた。
「ああ、あの水没した車は、当然だが外側も濡れてたよ。
タイヤとか、ガラスの周辺とかね。
でもこいつは、その形跡がない。
昨日今日と雨は降ってないから、はっきり分かる」
「それはつまり、この車は中だけが水没したってことか?
あり得ないだろ」
鏡堂は即座に否定する。
さすがに小林もそれに同調した。
「まあ、あんたの言う通り、そんなことはあり得ないわな。
だが車の中が水浸しだったというのは事実なんだ。
事故を目撃した車の運転手が、ガイシャたちを救出しようとしてドアを開けたら、中から大量の水が溢れ出したらしい。
俺たち鑑識が来た時も、車の中の床の部分には、かなりの水が残ってた」
その事実を聞いて、鏡堂は難しい顔で考え込んでしまった。
中が相当濡れていたというのは、事実として認めるとしても、こんな場所で車内が水没するというのは、どう考えてもあり得ることではない。
それにガイシャ二人の死因が溺死というのは、車内が水没したという推論と、あまりに整合性が取れ過ぎていて、かえって信憑性が低いと思われた。
――しかし、一体どんな手段を用いれば、こんな状況を作り出せるのだろう?
――これが他殺だとするなら、こんな状況を作り出すことで、犯人に一体どんなメリットがあるのだろう?
取り留めのない考えが、鏡堂の脳裏を駆け巡っていく。
その時、背後から掛かった。
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